子連れ奇行子珍道中 ~反則移動手段~
皆様、ご機嫌如何でしょうか。
わたくし、ミレーゼ・エルレイク(8)は今日も、
………………機嫌の善し悪しとは遠いところに意識が飛びかけております。
事の発端は、本日も……常の事ですが、お兄様にあります。
ええ、お兄様以外の理由など見当たりませんわ。
ですが今朝、わたくしの身に起きたことは『極め付き』でしたの。
……朝、目が覚めると空の上でした。
繰り返し申します。
空の上でした。
決して比喩でもなく、『遥か高い巨峰の上』や『雲を突き抜ける大木の天辺』などではございません。
今までにも寝ている間にお兄様に運ばれ、目が覚めると現在地の標高が極端に変わっていた、という経験はございますが、今回はかつての比ではありません。
文字通り、言葉通りの意味で『空の上』にわたくし達はおりましたの。
空を、飛んでいました。
……眼下には、日の光を弾いて金色に煌く水面が遠くに見下ろせます。
あら? あの大きなイキモノは……図鑑で目にしたことのある生物にとても酷似しておりますわね?
広い背中から、銀色にキラキラと日をまぶした水滴の噴出が……
鯨でした。
……鯨がいるのでしたら、海ですわね。
見渡す限りの青い世界。
深く底知れない青い海。
遠くを眺めても陸地の見えない現在地。
海に墜ちたらいっかんの終わりですわね。
「ど、どういうことですの……?!」
「あれー? あ、お目覚めかいミレちゃん」
「お、おおおおおお兄様おはようございます!?」
「おはよう、ミレーゼ。よく眠れたかい?」
「快眠できたか否かということでしたら、たった今睡眠に対する全ての感想が葬り去られたばかりですわ! 目覚めの状況が衝撃的過ぎて微睡の記憶など消え果ましたわー!」
「あは。ミレーゼは今日も朝から元気だね」
「元気の一言で片づけてしまわないで下さいませー!」
目が覚めたら空の上という非常事態。
十中八九原因と思われるお兄様は……今の今まで眠っていたわたくしや、クレイを抱えるようにして何かをしています。している、と申しますか……。
わたくしとクレイと、お兄様。
3人の体は、何と表現したものでしょうか……大小沢山の歯車と骨組みによって構成された木馬? のようなナニかに、頑丈なベルトで固定されております。
……こんなにしっかりとベルトで固定されていて、どうして今まで目覚めなかったのかしら。
クレイは未だ寝ているようです。
木馬(?)のようなモノは木材で作られている訳ではなさそうですが、では何で作られているのかと問われると返答に困ります。わたくしの知らない、未知の素材で作られているように思えるのです。(→ 材料:飛竜の骨、飛竜の皮)
木馬に跨ったお兄様の足元、木馬の両脇に当たる部分には足を乗せて固定し、なおかつ足の動きに合わせて回転する部位があり……お兄様は、テンポよく軽快に高速回転させているようです。
お兄様の足の動きに連動し、木馬に取り付けられた……風車の羽? のような大小3つのナニかも回転しています。これ、何なんですの。
木馬の左右に大きく広がった羽(飛竜の皮膜製)が、風を受けて圧迫感のある音を立てておりました。これ、何なんですの。本当に。
「お、お兄様……? 何をなさっていますの?」
「空の旅?」
「どうして疑問形ですの。この、ええと、木馬のようなナニかで飛んでいますのよね? これは空を飛ぶ乗り物なのですか……?」
「そうそう。昔、ちょっと友達と共同制作したやつでね。ちょっとうちから遠いところに乗り捨てたまま放置してたのを、昨夜回収できたから」
「そのお友達を恨みますわ。ですが空を飛べる乗り物ですの……画期的な乗り物ですけれど、世間には普及しておりませんわよね?」
「乗れるの、僕しかいないからね!」
「どういうことですの!」
「これを飛ばすにはちょっと乗り手への体力と持久力と身体能力に要求する基準が高くなり過ぎちゃってね。試作段階で僕しか満足に飛ばせなかったから、ひとつしか完成させてないんだ。でも万人向けの簡易版は領地で普及させてるはずだよ?」
「……『風の翼』! いつの間にかエルレイク領で流行り出した、『風の翼』の事ですわね」
「察しが良いね、ミレちゃん」
「お兄様が起こした事業でしたのね……」
「事業って程でもないよ。運営は共同開発した友達がやってるしね。共同開発者ってことで、なんか毎年何割かの売上金は僕の懐に転がり込んできてるみたいだけど」
「資産運用はしっかり把握していて下さいませ! 金銭にだらしないのは駄目ですわ!」
「ミレーゼはしっかりしているねぇ」
「感心したように仰らないで下さいませ! お兄様がしっかりしていないだけですわー!」
お兄様とお話していると、どうしてかしら。
どうしても、調子を崩されてしまいます。無念ですわ。
目覚めたばかりの衝撃で、わたくしは混乱していました。
ええ、とても、混乱していましたの。
ですので当然問い詰めるべき、重大事項をこの時には見落としてしまっていたのです。
そう、重大な事。
………………わざわざ空を飛び、しかも現在は海の上。
お兄様、貴方はわたくし達を連れて……一体、何処に行かれるおつもりなのですか?
海の上という極限状態で、水と食料と休息地の心配が必要だとわたくしが思い出したのは、2時間後の事でした。
水と食料はある程度積んであったようですが、この乗り物は人力……いえ、お兄様力で動いております。幾らお兄様と言えど不眠不休で空を飛び続けることは…………あら? 不可能ですわよね? 何故か一瞬、お兄様なら可能なような気も致しましたが、一応は人類の範疇に入るお兄様にもきっと体力の限界がありますわよね。ええ、きっと。
この乗り物はいつか海に落ちるのでは。
わたくしが不安を募らせていますのに、お兄様は呑気に鼻歌を歌うばかり。
……以前、同じ経路で空を飛んで移動したことのあるお兄様は、万事抜かりなく休息と補給の出来る小島の位置を記憶されていたみたいですけれど。
心当たりがあるのでしたら、せめて先に教えていただきたかったですわ。
お兄様、ついに空を飛ぶ。
弟妹を連れて、お兄様はとうとう伝説の地へ――!?




