第1話 知らない私
はじめまして。
西洋風の恋愛ファンタジーが好きで、この物語を書き始めました。
ノーラの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
目を開けると、見知らぬ天井があった。
あれ……ここ、どこ?
海野紗代子は、ゆっくりと身体を起こした。
ふかふかの大きなベッド。天井から垂れ下がる薄い布。窓には立派なカーテンがかかっている。
どう見ても、自分の家ではない。
えっ……何ここ……ホテル?
いやいや、こんな豪華なホテル泊まった覚えないんだけど。
紗代子はベッドから降りた。足元には柔らかな絨毯。見たこともない家具が並んでいる。
ふと、テーブルの上に目が止まった。
えっ……あれ、私の買い物かごじゃない?
紗代子はテーブルに近づいた。中にはじゃがいもや玉ねぎなど、買ったばかりの食材が入っている。
間違いない。私が持っていた買い物かごだ。
でも……なんでこんなところにあるの?
紗代子は首をかしげた。
とりあえず、食材が傷むようなものじゃなくてよかった。
……って、そんなこと気にしてる場合じゃないでしょ!
自分で自分に突っ込みながら、部屋の中を見回した。
そして、部屋の隅にある大きな姿見に気づいた。
何気なくその前を通りかかった時、紗代子は足を止めた。
あれ? 誰……?
姿見には若い女性が映っていた。
長い髪。白い肌。見覚えのない顔。
思わず振り返る。けれど、後ろには誰もいない。
もう一度、姿見を見る。女性もこちらを見ている。
そっと右手を上げてみた。鏡の中の女性も右手を上げた。
えっ……うそ……
紗代子は自分の頬に触れた。鏡の中の女性も同じように頬に触れる。
これ……私?
その時だった。
カチャリ。
扉の開く音がした。
「お目覚めになりましたか」
振り返ると、メイド服を着た女性が立っていた。そして、にこやかに声をかけてきた。
「エレオノーラお嬢様」
えっ⁉️ 今、なんて言った?
エレオノーラ? 誰それ?
紗代子は思わず辺りを見回した。けれど、部屋には自分とメイドしかいない。
「あの……私のこと?」
メイドは不思議そうな顔をした。
「はい、エレオノーラお嬢様」
エレオノーラ……どこかで聞いた名前……
ん?
エレオノーラって……あの小説のノーラ⁉️
うそでしょ! 私、あの子になっちゃったの⁉️
紗代子の頭に、読んでいた物語が浮かんだ。
西洋風の恋愛小説。その中に登場する伯爵令嬢、エレオノーラ。愛称はノーラ。年齢は二十歳。
挿絵では後ろ姿ばかりで、顔までは分からなかった。
でも……名前が同じ。部屋の雰囲気も、まるで小説の世界。
いやいやいや、そんなことあるわけないでしょ。
小説だよ? 作り話だよ?
夢……そうよ、きっと夢だわ。
「お嬢様、いかがなさいましたか」
メイドの声がした。
「あ……いえ、何でもないの」
思わず答えてしまった。けれど、自分の声までいつもと違って聞こえる。
どうなってるの……
紗代子はベッドの端に腰を下ろした。
落ち着こう。とにかく落ち着こう。
昨日は何をしていた?
いつも通り家のことをして、それから……
買い物に行った。そうだ、買い物に行ったんだ。
買い物を終えて、家に帰ろうとして……
そこまで思い出した時、頭の中に一瞬だけ光景が浮かんだ。
車……そうだ、車が……こっちに向かって……
その先が思い出せない。
事故? 私、事故に遭ったの?
でも、痛いところはない。それどころか、身体が妙に軽い。
紗代子は自分の手を見つめた。いつもの手じゃない。若くて、きれいな手。
さっき姿見に映っていたのも、間違いなく自分だった。
夢なら、そろそろ覚めてもいいはずなのに……
もしかして……これ、夢じゃないの?
その瞬間、紗代子の胸に別の不安が広がった。
待って……家族は?
私がいなくなったら……みんな困ってるんじゃない?
買い物に行ったまま帰ってこないなんて、絶対おかしいと思うよね。探してるかもしれない。
帰らなきゃ……
でも……どうやって?
ここが本当に小説の世界なら、元の世界に戻る方法なんてあるの?
そもそも……私の身体はどうなったの?
紗代子は両手で顔を覆った。
分からない。何も分からない。
「お嬢様、本当に大丈夫でございますか」
メイドが心配そうに声をかけた。紗代子は慌てて顔を上げた。
「あ……大丈夫よ」
そう答えながらも、頭の中は大混乱だった。
エレオノーラ……ノーラ……
あの小説の世界にいるってことは……
そこで紗代子は、はっとした。
そうだ……私、この小説を最後まで読んでる。ノーラがこの先どうなるのかも知ってる。
ノーラには婚約者がいた。
でも……その婚約は破棄される。
ちょっと待って。
それって……
今の私が婚約破棄されるってこと⁉️




