069 第零配分盤の席
中枢棟の中央には、円形の石盤が据えられていた。
卓というより、席だ。
周囲へ六つの立ち位置が刻まれ、それぞれの前に細い溝と書き込み板がある。
中心の石盤には放射状の線が走り、谷の街区や外の街道へ繋がる記号がびっしり刻まれていた。
「ひとりの机じゃないんだな」
ニコが石盤の縁を見回す。
「相談を持つ人、量を見る人、療養を見る人、戻りを計る人……席そのものが分かれてる」
つまり第零配分盤は、偉い誰かが独断で命じる盤じゃない。
複数の視点を同じ場所へ揃えるための席だ。
わたしは自分の前にあたる溝へ、白霧港から持ってきた写し板を置いた。
食糧、播種、療養、返却。そこへさっき見つけた「待機」「代替路」の欄を手書きで足す。
南三番畑は残り十一日。
王都近郊の診療院は熱病持ち七。
崖向こう共同畝は播種可、返却計画あり。
海側支庫経由で出せる迂回便あり。
書き込みながら、自分でも驚くほど迷いが少なかった。
この盤が求めているのは、古代の言葉ではなく今の現況だ。
保存魔法を薄く通す。
写し板の文字が中心の石盤へ吸い込まれるように沈み、放射線のいくつかが淡く光った。
次の瞬間、盤の縁に刻まれた文字が浮かび上がる。
『第零配分盤 暫定運用』
『現況受理』
石盤の上に、細い光の線が走った。
白霧港から南三番畑へ。白霧港から王都近郊の診療院へ。海側支庫から崖向こう集落へ。
もう一段薄い線は、まだ札の来ていない灰の土地へ伸びている。
「線が二種類ある」
ニコが身を乗り出した。
「濃いのが今出してる便で、薄いのが……来そうな相談?」
「待機地でしょう」
わたしは頷く。
「不足はまだ見えてなくても、帯の途中にある土地」
盤の端に、小さな記録板がせり上がった。
触れると、また文字が出る。
『物を守るのみでは、飢えは順を争う』
『順を留め、責を留め、戻りを留めよ』
息が、ゆっくりと胸の奥へ落ちた。
王都で地味だと笑われた保存魔法は、食材を長持ちさせるだけの力じゃない。
こうして判断を腐らせず、先に崩れる土地から順に繋ぐための力でもあったのだ。
「リーゼ」
カイル様の声で振り返る。
彼は盤の別の席に立ち、辺境伯家の管理札を置いていた。
「責任名を入れると、線の色が変わる」
本当だった。
管理札を置いた区画だけ、光がぶれずに定まる。
誰が引き受けるかが決まって初めて、配分はただの希望から運用へ変わる。
出発前にニナが持たせてくれた青札の控えを、わたしは返却計画の欄へ重ねた。
すると、戻る形が書かれた土地だけ、先の線が途切れずに伸びた。
盤は量だけを計っていない。
待機できる日数、代替路、責任名、返却の見込み。そうした曖昧で崩れやすい条件を全部いったんここへ留め、遠くの不足同士が食い合わないようにしていたのだ。
それは、まるで大きな保存魔法だった。
物のための保存ではない。
順番のための保存。
盤の中央で、小さな光点がひとつ脈を打った。
白霧港の位置だろう。
そこから少し離れたところに、もうひとつ細い点が灯る。
『零番灯 搬出可』
「持ち帰れるんですか」
ニコが目を丸くする。
中心の縁へ埋め込まれた掌大の灯板が、するりと浮き上がった。
軽い。
けれど表面には、今見えている線の一部がそのまま縮んで刻まれている。
「本盤そのものはここへ残す。でも零番灯があれば、白霧港側で待機と代替路を写せる」
わたしは慎重に両手で受け取った。
「盤全体を独占させないための持ち出し札なんでしょう」
その作りに、古代の人たちの警戒心が見えた。
中枢は一つでも、運用は一つの町に閉じさせない。
外で、風穴の奥から低い風鳴りがした。
長く居れば居るほど、この場所の存在が漏れる気がする。
「必要なものは持った」
カイル様が言う。
「戻るぞ。白霧港へ繋いでからが本番だ」
わたしは零番灯を布で包み、胸の前へ抱えた。
これで終わりじゃない。
失われた保管都市は、やっと白霧港の現在へ接続できる入口をくれただけだ。




