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「役立たず」と雪の辺境に捨てられた保存魔法令嬢は、眠れる古代倉庫をひらく  作者: 小竹X


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067 風穴の門札

 裂け目の奥は、洞穴ではなく石造りの前室だった。


 風の通り道として掘られたらしい細い天窓が上にあり、外の光が白く落ちている。

 壁面には扉らしい継ぎ目があるのに、取っ手も鍵穴も見当たらない。

 代わりに、胸の高さへ薄い溝が四本、横一列に刻まれていた。


「札差しだな」

 ヨナスさんが低く言う。

「大倉の記録補助棚より太いが、考え方は同じか」


 わたしは写し板を床へ広げた。

 ここへ来るまでに風で端がめくれないよう、何度も紐を締め直してきた板だ。

 食糧、播種、療養、返却計画。

 白霧港のいまを、そのまま小さく持ってきた。


 壁へ保存魔法を通すと、霜が淡く走り、古代文字が浮かぶ。


『不足地未記入』

『戻り見込未記入』

『責任札未記入』


 思わず笑ってしまう。

 やっぱりだ。


「古代の人も、行き先のない配分は開けなかったんですね」

「そりゃそうだろう」

 カイル様が短く答えた。

「開けた先が広域配分の起点ならなおさらだ」


 ニコが写し板から赤札を拾う。

「これ、南三番畑」

「うん。食糧不足十一日」

 次に緑札。

「崖向こう共同畝。播種可、返却計画あり」


 わたしは四本の溝を見た。

 食糧、播種、療養、返却計画。その順は、白霧港の板と同じだ。

 なら、ここへ差すべき札も同じなのだろう。


 赤札を一本。

 緑札を一本。

 青札を一本。

 それから、カイル様が辺境伯家の管理札を差し出した。


「責任札はこれで足りるか」

「たぶん」

 わたしは頷く。

「誰が守るかも、古代の仕組みには要ったはずです」


 四本の溝へ順番に札を差し込む。

 最後に、わたし自身の保存魔法を薄く重ねた。

 札の文字を凍らせるのではなく、崩れないよう留める。

 不足の度合いも、返却の予定も、今だけの生きた情報だ。強く閉じれば死ぬ。


 鈴のような音ではなかった。

 もっと低い、遠くの板が一斉に噛み合うみたいな音が、石の向こうで鳴った。


 古代文字が書き換わる。


『風穴門 暫定開放』

『零番前庭 接続』


 壁の継ぎ目へ、まっすぐ光が走った。

 ゆっくり左右へ割れた向こうから、乾いた冷気が吹いてくる。


 門の先には石段ではなく、緩い坂路が伸びていた。

 その左右の壁には、区画名らしい文字が薄く残っている。


『南帯食糧待機』

『内陸播種控』

『療養包み風抜き棚』


「棚じゃない」

 ニコがぽかんと口を開けた。

「道がもう配分の名前してる」


 わたしも同じことを思っていた。

 倉庫へ入る門だと思っていたのに、開いた先はすでに運用の続きだった。

 坂路の途中途中に、小さな張り出しがある。荷をいったん置く場。相談札を書き換える場。風で湿りを抜くための石棚。


 町の入口というより、板書きがそのまま地形になったみたいだ。


 奥へ進んだところで、右壁に半分埋もれた細い盤を見つけた。

 表面へ保存魔法を通すと、短い一文が浮く。


『門を開く鍵は権ではなく、現況である』


 権ではなく、現況。

 血筋や古い札だけでは駄目で、いま困っている土地と、いま戻せる筋を持ってこそ開く。


「……いい仕組みですね」

 思わずそう言うと、カイル様がこちらを見る。

「独占しにくい」

「はい。欲しいだけの人には開かない」


 その言葉が少し嬉しかった。

 失われた古代の力が、特別な人だけの扉じゃないと分かったからだ。


 坂路を抜けた先で、視界が一気に開けた。

 雪に埋もれた谷の底へ、石造りの街区が幾重にも眠っている。

 倉庫の棟ではない。広場、通り、低い塔、風抜きの回廊。

 けれどどの建物にも、区画名と流れを示す札差しが付いていた。


「これが……保管都市」

 ヨナスさんが低く息を吐く。


 町そのものが、配分路の器だった。

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