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「役立たず」と雪の辺境に捨てられた保存魔法令嬢は、眠れる古代倉庫をひらく  作者: 小竹X


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036 港を置いていく日

 王都からの出頭状が届いた日の夕方、白霧港では荷より先に不在札が並んだ。


『管理官出張中』

『主桟橋 鐘一打で停止』

『海側支庫 黒札荷優先』

『湾内氷橋 橋番確認後通行』


 詰所のまとめ板へ新しい欄を書き足したのは、わたしではなくニコだった。

 字はまだ少し大きい。でも、どこを見るべきかはちゃんと分かる字だ。


「これで抜けない?」

 板の前で胸を張るニコに、わたしはひとつずつ目を走らせる。

「抜けてません。黒札荷の残数欄まである」

「ヨナスじいが要るって」

「要る」

 横からヨナスさんが即答した。

「帰ってくる頃に、どこで詰まったか分からんと腹が立つ」


 その隣で、ニナは診療所向けの包みと控え紙を束ねている。

 熱さまし草の残数。灯油の回り。崖向こうの戻り札。

 全部、わたしが持っていく凍結帳の写しだ。


「持ってく紙、多くない?」

 ニナが呆れ半分に言う。

「多いです」

「よかった。自覚はあるんだ」

「でも減らしません。王都は、見ていないものをなかったことにするので」


 持っていくのは帳面だけじゃない。

 海獣で止めた時刻。氷橋を開いた時刻。崖向こうの子どもの熱が下がった戻り札。

 白霧港が実際に回っているという事実そのものを、紙の形へ直して持っていく。


 わたしは最初、港のことを全部言い置いてから出ようとした。

 黒札荷の回し方。鈴のタイミング。主桟橋と支庫の札の順番。

 けれど夕方の詰所を見回して、途中でやめた。


 もう、わたしが一から全部言わなくても動く。

 ニコは板を書き、ヨナスさんは残数を見る顔をして、ニナは診療所の必要分を先に外している。

 白霧港はようやく、わたしひとりの手の中から少し外へ出た。


「二人で行く」

 カイル様が言った。

「兵は最小。道中の証人が要る」

「白霧港を空けすぎませんか」

「空けすぎない人数で行く」

 そこでわずかに眉を動かす。

「お前は、港ごと背負って王都へ行く気か」


 図星だったので、返事に少し詰まった。

 そのかわり、カイル様は机の上の束を指で叩く。


「持っていくのはこれでいい。港そのものは置いていけ」

「……はい」

「置いていけるようにしたのは、お前だ」


 その言い方は、命令みたいでいて少しだけ優しかった。


 出立の朝、主桟橋には思ったより人がいた。

 見送りというより、普通に仕事へ来た人たちが、そのついでにこちらを見ている顔だった。

 それが白霧港らしい。


 北の漁村の船長が、乾いた魚札を一枚よこす。

『海獣時も寄港可 鐘合図確認済』

 春商隊の女商人は、小さな控え紙を差し出した。

『白霧港の控えは王都帳面より分かりやすい』


「こういうのも持っていくのか?」

 カイル様が訊く。

「持っていきます。外で見た人の言葉なので」

「お前らしいな」


 馬車へ乗り込む前、ニコが駆けてきた。

 手には、いつもの札じゃなく小さな木片がある。


『港は回す』


 たった四文字。雑な字。

 でも今ほしい言葉としては、十分すぎた。


「預かります」

 受け取ると、ニコは大きく頷く。

「帰ってくるまで、鐘も橋も残数も、ちゃんと見る」

「お願いします」

「うん。王都のやつらに、白霧港は止まってないって言ってこい」


 馬車が動き出す。

 振り返ると、主桟橋の板書きも、海側支庫へ回す黒札の箱も、もう朝の流れへ戻っていた。

 見送りより仕事が先に立つ。

 それでいい。


 白霧港を離れるのは、追い出された時以来だ。

 けれど胸の重さは、あの日とは全然違う。

 今度は捨てられて行くんじゃない。

 北で回り始めたものを、王都の机の上へ突きつけに行く。


 数日後、灰色の屋根が連なる王都が見えた。

 春前の空の下で、石造りの街は相変わらず煤けたまま整っている。


 嫌な匂いのする場所だと思った。

 でも、もう飲まれはしない。


 わたしは膝の上の革筒を押さえる。

 中にあるのは、白霧港の数字と、わたしたちが回した手順だ。

 あの日この街を出た娘とは、持っているものが違う。

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