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「役立たず」と雪の辺境に捨てられた保存魔法令嬢は、眠れる古代倉庫をひらく  作者: 小竹X


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015 白霧港の台所番

 最初の銀貨を受け取ってから二日後、共同炊事場の朝は、わたしが指示を出す前に動き始めていた。


 水を汲む人。豆を戻す人。白札の箱を開ける人。火床の灰を払う人。

 誰かが怒鳴らなくても、鍋が順番にかかっていく。


 入口で立ち止まったまま見ていると、ニコが両手に札束を抱えて走ってきた。


「リーゼさん、見てろよ」


 彼は炊事場の中へ飛び込み、得意げに声を張る。


「緑札の粥は先に診療所! 白札の刻み魚は第二鍋! 干し果は五日目ぶんだから勝手に食うな!」


 最後だけ完全に私情だと思う。

 でも、流れは合っていた。


「今日は口を出さなくていいかもしれませんね」

 後ろから来たカイル様が言う。

「少し寂しいです」

「お前でもそういうことを思うのか」

「現場が自走すると、嬉しいのと同時に、少しだけ手持ち無沙汰になります」


 その感覚は久しぶりだった。

 前世でも、新人が帳票の順番を間違えなくなった時に似ている。自分がいなくても回る仕組みになった証拠だ。


 昼前には、共同炊事場の壁へ新しい板が掛かった。


『台所番当番表』


 書いたのはわたしだけれど、言い出したのは町の人たちだ。

 朝番、昼番、火番、配達番。家の都合に合わせて入れるよう、三日ごとの持ち回りにする。


「台所番なんて、たいそうな名だね」

 鍋をかき回していた女が笑う。

「名前をつけたほうが続きます」

 わたしが答えると、バルトが鼻を鳴らした。

「最近そればっかりだな」

「効果があります」

「否定はしねえ」


 彼はもう、共同炊事場へも平気で顔を出すようになっていた。

 燻製小屋から届く魚の量も、仕込み板のおかげでぶれが少ない。職人が機嫌よく働く現場は、それだけで強い。


 昼の配膳が終わったあと、ニナが緑札の帳面を持ってきた。


「相談がある」

 その顔を見て、少しだけ背筋が伸びる。

 仕事の顔のニナは、だいたい次の不足を連れてくる。


「崖向こうの小集落で、冬の熱が増えてる。粥はこの台所で回せるけど、薬草が足りない」

「診療所の春箱だけでは回し切れませんか」

「熱用の束が減るのが早い。港の中ならまだしも、外へ持ち出すぶんまで考えると厳しい」


 食卓が少し安定したから、今度は別の細り方が見える。

 足りない場所は、いつだって一箇所じゃない。


 わたしは大倉で見つけた薄板のことを思い出した。

 港の外へ伸びる支庫の印。まだ開けるには早いと判断していたけれど、もしあれが薬草保管に関わるなら話は変わる。


「食べ物は運べます」

 わたしは小さく言った。

「でも、薬まで切らさず運べる仕組みは、まだ足りない」


 ニナが頷く。

「次に欲しいのはそこ」


 夕方、広場ではいつものように鍋の湯気が立っていた。

 子どもたちは献立板の前で明日の干し果の日を数え、働き手たちは自分の当番を確かめ、共同炊事場の女たちは「今日は火が扱いやすかった」と笑っている。


 少し前まで、白霧港は守られるだけの町だった。

 今は違う。倉庫番がいて、札係がいて、燻製役がいて、台所番がいる。

 保存したものを人の手で繋げる役が、町の中に増えてきた。


「リーゼ」

 カイル様が、広場の湯気の向こうで呼ぶ。

「いい顔をしているな」

「現場が回っているので」

「それだけじゃないだろう」


 たしかに、そうだった。

 嬉しい。でも同時に、足りない場所が次にはっきり見えている。

 仕組みが回り始めると、次の穴がよく見えるのだ。


「次は薬です」

 わたしは答えた。

「冬の食卓が繋がり始めたなら、今度は診療所の備えを町の外まで伸ばします」


 ニコが近くでそれを聞きつけ、目を丸くした。


「じゃあ、また新しい札が増える?」

「増えるかもしれません」

「やった」


 喜ぶところそこなのか、と思う。

 でも、少しだけ頼もしかった。


 白霧港の台所は、もうひとつの鍋やひとりの善意で回っているわけではない。

 役割になり、当番になり、明日の予定になりはじめている。


 なら次は、その流れを薬草へ繋ぐ。

 湯気の向こうで笑う人たちを見ながら、わたしは次に開けるべき棚を、もう決めていた。

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