013 七日ぶんの献立板
燻製小屋の仕込み板が増えた次の日、わたしは詰所の机でさらに大きな板と睨み合っていた。
大倉にある豆の量。共同炊事場で煮られる鍋の数。燻製小屋の火床が空く日。診療所が柔らかい食事を必要とする人数。
見えてきたからこそ、今度は別の問題が浮き上がる。
皆、今日のぶんは食べられる。
でも明日のことが分からないから、少し余るとすぐ抱え込み、逆に気が緩むと一気に使う。
飢えの長い町では当然だ。分かっていても、流れはそれでまた乱れる。
「今日は何と戦ってるの」
湯気の立つ椀を手に、ニナが向かいへ腰を下ろした。
「不安です」
「倒せるの?」
「見えるようにすれば、少しは」
わたしは板へ、七本の縦線を引いた。
「一週間ぶんの献立を書きます」
「……献立?」
「はい。今日は鰊の薄燻しと豆の粥、明日は根菜の煮込み、明後日は干し魚のほぐし汁。何をどれだけ出せるか、先に見せるんです」
「明日も食べられるって分かれば、今日奪い合わなくて済む」
「その通りです」
昼前、広場へ大きな板を立てた。
上には『七日ぶんの献立板』。下には日ごとの鍋の名前と、赤札、白札、緑札がどれだけ使われるかを簡単に書いてある。
最初に集まったのは子どもたちだった。
「読めねえ」
ニコが胸を張る。
「おれが読む!」
彼は板の前に立ち、指でなぞりながら声を張った。
「一日目、鰊の薄燻しと豆粥! 二日目、根菜のとろとろ鍋! 三日目、干し魚ほぐし汁!」
読まれるたび、人の顔が少しずつ変わる。
豪華な料理名ではない。でも、明日も明後日も空白ではないと分かるだけで、肩の力が抜けるのだ。
「リーゼさん」
ニナが緑札の欄を指した。
「診療所のぶん、衰弱した人向けにもう少し柔らかい日がほしい」
「三日目の汁を先に煮崩しましょう。あと、北の漁村の船長が置いていった干し果がありましたよね」
「ある。熱の子に少し戻して出せる」
吹雪の夜に助けた船が、礼として置いていった小さな袋だ。
林檎に似た干し果を湯で戻し、少しだけ甘みを足すと、薬湯しか飲めなかった子どもでも口をつけやすくなる。
派手ではない。けれど、こういう一口が人を次の日へ繋ぐ。
午後、共同炊事場では献立板に合わせて鍋の順番が決まった。
バルトが燻し終えた魚を白札の台へ置き、ヨナスさんが豆の量を量り、ニコが「明日のぶんに触るなよ」と子どもたちを追い払う。
「お前、完全に倉庫の小僧だな」
ヨナスさんが笑う。
「小僧じゃない、札係兼配達係だ」
「出世したなあ」
夕方、献立板の前に立っていた老女が、ぽつりと言った。
「明日の鍋が先に分かるなんて、ずいぶん久しぶりだねえ」
その声は小さかったのに、妙に胸へ残った。
食べ物そのものだけじゃない。待てることも、人には必要なのだ。
診療所へ向かう途中、カイル様が板の前で足を止めた。
「見に来る人が多いな」
「倉庫の中身を全部公開するわけにはいきませんが、食卓の予定は見せたほうが安心できます」
「数字より鍋の名前のほうが効く、と」
「生活はそのほうが分かりやすいです」
彼は板の三日目を見たまま、低く言った。
「町の顔が違う」
「空腹の顔ではなくなってきましたか」
「少なくとも、『今日を越えられるか』だけの顔ではない」
広場では、子どもたちがニコに「干し果の煮たやつはいつだ」と詰め寄っていた。
ニコは得意げに、五日目だと告げている。
たぶん明日には、五日目まで頑張れば甘いものが出る、みたいな妙な目標が町に生まれるだろう。
悪くない。
備えというのは、数字と同じくらい期待で回る。
だったら次は、その鍋の向こう側まで考える。
白霧港の食卓が安定したなら、今度はそれを町の外へ持ち出せるはずだった。




