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別れの言葉など




完全に掌握された一同の背後で、ナギサはただぼんやりとそのやりとりを眺めていた。

エルリックとブランドンを残して、こちらの他の護衛達はすでに周囲の警戒に戻った。


──それ一体何を警戒しているのだろう。


地に臥すバーガンジーの集団を前に、ベリメールとランベルトも腕組みをして、ただ顔に困惑を浮かべている。


「貴様ら獣人がっ我が父を殺害したのは調べがついているっ明白な国家犯罪だ!!」

「なんのことか、こちらには全く預かり知らぬことだ」


バーガンジーのリーダーらしき男の言うことには、彼の父は以前カイル達が言っていた人間の魔法教師らしく、連絡が取れなくなって久しく、捜索の結果その首だけが[トレハンツ獣王国]に接する〈魔領域〉である[クワイエットフォレスト]で見つけられた。と。


「我が子息らに危険思想を植え付け、国家間の亀裂を産んだのはそちらの方。コチラはその対処として我が国への再入国禁止を宣言して[森への追放]と処分したまで。その後のことなど知らぬ」


カイルの父親である虎獣人の高位貴族は、ナギサの〈威圧〉の後遺症か、脂汗を顔に浮かせて身動き取れずにいる。それによりそうカイルも、その顔に困惑の表情を浮かべている。


代わりに話しているのは犬獣人。エドとアル兄弟の養い親だとか。

アルはナギサのそばにいるが、エドは大人達に混ざって話を聞いている。


──もう危険は無いんだろうか。


空虚に視線を彷徨わせ焦点の定まらぬナギサをよそに、襲撃が私恨による全くの無関係だったベリメールも[木の根]の拘束を解くわけにもいかず、どうしたものかと考えあぐねているようだ。

ここでは彼が、ただの善意の()()である立場は周知の事実らしい。

ナギサは、そんな一同の“茶番”を前に、さらに周囲に警戒を張り、アルを抱える手に力を込めた。眉の下り切ったアルがナギサを見上げる。


「戯言を! 父は目を潰され、口を縫われた首だけの亡骸でみつかったぞ! どこが森の獣のせいかっ」


襲撃者のリーダーの訴えに、ランベルトの顔が歪んだ。

確かに森の魔獣に所業では無い。それは[ウハインハイツ聖国]の背信者に対する制裁の様式だ。


息を飲む一同の沈黙に、たたみかけるように襲撃者のリーダーは言った。


「貴様の息子も同じ目に合わせてやる! その子供をよこせ!」


周囲の魔素がグラリと揺れる。

ランベルトは慌ててナギサを止めた。


「待て待て待て! ややこしくなる! オマエはひとまず落ち着けって!!」

「グギャッ!」


地面にめり込む襲撃者のリーダーの間に入り、ランベルトがコチラに向かって手を振るが、ナギサの目には何も映ってはいない。

ゾッとしたランベルトが叫んだ。


「アル! ソイツを宥めてくれっ!」


アルがその耳元で「キュンキュン」と喉を鳴らしながら、ただぼんやりしているように見えるナギサの背を撫でると、襲撃者のリーダーはやっと顔をあげて「ブハッ」と口から土を吐いた。


「どうしたものですかねぇ。そのバーガンジーの制服は[アイクラ国]の国家魔法師の物でしょう? ()()()()の私としましても、あまり手荒な真似は避けたいのですが」

「平民風情がっ! カークランド侯爵家に対する明確な暴力行使は開戦事由になるぞっ! 今すぐこの拘束を解け!」


どうやら襲撃者は高位貴族らしい。

今更お為ごかしを。と言うは容易いが、平民が他国の貴族に仇なす代償を大商人のベリメールはわかっているだろう。しかし。


硬直する三すくみの沈黙を破って、カイルが口を開いた。


「とうさま、カークランド先生を、殺したの?」

「なっ、内政干渉と外患誘致、正式な処分をしたまでだ」

「・・・・・」


この期に及んで虎獣人は「殺した」とも「殺してない」とも口にしなかった。


カイルは、いまだ動けぬ親から離れ、ゆっくりと襲撃者の前に歩み出ると、膝をついて俯いた。


「カークランド様ごめんなさい。どうぞ先生と同じ()()を僕に下してください」


その瞬間、ナギサが瞬間移動したように飛び込んでカイルに覆い被さった。

同時に襲撃者を拘束していたベリメールの[木の根]から、無数の細い枝葉が伸びて、その目と口を顔ごと覆う。が、その意識はそれより前にナギサのなんらかの魔法によって刈り取られていた。


完全に沈黙した襲撃者()を前に、ランベルトが眉間にシワを寄せた。


「殺したのか?」


ナギサは応えない。

ただガッチリとカイルの頭を抱き抱え、その瞳はやはり空虚を見つめている。


「息は、あります」


ブランドンが襲撃者のリーダーの首元に触って確認すると、立ち上がって次々と襲撃者達の確認をして回った。

ランベルトが「フゥゥッ」と安堵の息を吐く。


肩をすくめたベリメールが手を一振りさせると、襲撃者達を拘束していた[木の根]は解け、地中に帰っていった。


「まぁ、そちらで連れ帰っていただくのが妥当でしょう」


そのまま懐からなんらかの書類を出すと、驚愕の表情を浮かべる犬獣人達に淡々と何やら告げつつペンを渡す。

犬獣人が言われるがままに書類にサインを済ますと、ベリメールは至って事務的に任務の完遂を告げた。


慌ただしく獣人達が動き出す。

意識のない襲撃者達を担いで何処かに運び出す間、カイルは無言のナギサに抱きしめられたまま、されるがままになっている。


ブランドンがそっとナギサの手に触れたが、その手は硬く動かない。

エドと、泣いているアルが駆け寄りナギサの背中をゴシゴシとさすると、やっとナギサはその泣き顔を瞳に映し手を緩めた。


しかし、カイルがナギサの胸から離れた途端に、強風の渦がナギサごとカイルを覆う。

カイルの前に立ったエドが固く握った拳を上げると、その風の渦に、アルの展開した炎がまとわりつき、凄まじい炎の竜巻が轟音をたてて空まで立ち昇る。


「なっ!?」

「これ、は、エドとアルの魔法かっ!?」


なす術なく無防備に空を見上げる犬獣人達のあげた声に、エドは振り上げた拳をおろした。


「カイルは、ナギサを泣かせた」

「許さないぞっ」


声に怒気をこめたエドと、涙と鼻水で顔をべちょべちょにしたアルがカイルに向かって凄む。

風と炎の中心で、いつのまにかナギサは両手で顔を覆って泣いていた。


「ごめんなさい・・・わぁぁぁん、ごめんなさいナギサっごめんなさいぃっ」


カイルの悲鳴のような謝罪と、3人の子供に泣き縋られて、ナギサもただ、呪文のように「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝罪の言葉を繰り返した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ごめんねみんな。私、一緒には行けないわ」


地面に膝をつき、両手で顔を覆って別れを告げるナギサの顔は見えない。

カイル達は「なぜ」を問わずに、素直に頷いた。


エドがひとり、背後で待つ獣王国の使節団の元に駆け寄ると、何かを手にしてナギサの元に戻る。


「これ[カカポート]住む場所が決まったら手紙を書いて」


ナギサは黙ったまま、手渡された小鳥の形をした白い小石を受け取った。


「返事を書くから」

「約束だよ」

「待ってるよっ」


アルが、名残惜しそうにナギサから離れ、3人は背を向けて使節団の元に帰っていく。


「必ず[グリフォンの羽ペン]を届けるからっ待ってるから!」


途中振り返ったカイルが叫び、ナギサはやっと顔を上げたが、情けない事にかける言葉が見つからない。


「待ってるからねっ」


離れていく3人を無言のまま見送る。


──だってなにも約束できないじゃないか。


ナギサは、硬く目を瞑って項垂れた。


「・・・さて、なんのお咎めもないと良いのですが。我々も帰りますか」


ベリメールが号令をかけると、護衛達が移動の準備を始めたが、ナギサは動けなかった。

ランベルトが、ナギサの肩に手を置き促す。


「行くぞ」

「行かない。行くわけがない」

「何言ってんだ」


「あぁ〜・・・もぉ放っておいてくれないかなぁ!」


苛立ちを含み一瞬の〈威圧〉を込めてナギサが叫ぶ。


ブルヒヒーンッ!!


全ての龍馬達がいななき激しくリアリングする。ここから一刻も早く離れたいようで、護衛達が必死に暴れる龍馬の手綱を引っ張っている。


「なっ!? バッ!?」

「もういいでしょう!? 私の事なんて放っておいてよっ!!」


「放っておけるかっ!!」


ランベルトは思わず怒号をあげた。


「さっきまでの戦闘でっ! ただでさえここは魔力が溜まってるんだっ! オマエのっ! わけのわからん魔法のせいでっ!!」


ランベルトは、眉間に深い皺を寄せると、気持ちを落ち着かせるように「フーッ」と大きく息を吐き、そっと胸にナギサを抱き寄せた。


「もう陽が沈む。ここにいる全員っ、泣いてる女をこんな状況でひとり置いて行けるわけがない。ききわけろ」


ナギサは、されるがまま俯いて、ギリリと音がするほど奥歯を噛んだ。


「・・・たのむよ」


ランベルトに耳元で小さく請われ、ナギサはその胸の中で「もうイヤだ」と呟く。

自分でコントロールできない感情が、涙になってとめどなく諾々と溢れ出てくる。


──わかってる。わかってるよ。


何も考えたくない。何も選択したくない。どうしてとか、なんでとか、もう疲れた。もう何も聞きたくないし、誰とも話したくない。


──独りになりたい。


一度大きくズズッと鼻をすすると、ナギサはフラフラと歩き出し、大人しく荷馬車に乗った。


ベリメールが「やれやれ」とため息をついてブランドンを呼び寄せる。


「目を離さないように」


言葉少なに命令すると、護衛達は安堵の空気を漏らし、一行は[シタデル]の常宿に戻るべく馬を走らせた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


子供達はもういないので、テーブルもイスも出していない。

もう寝てしまおうと思ってから、どのぐらいの時間が経ったのか。

ベット以外何も無い宿の部屋は、お揃いで作ったAラインパジャマに着替えたナギサひとりには寒々しく、ぽっかり空いた胸の穴の色を濃くした。


ナギサを乗せた荷馬車が[シタデル]の街についたときにはすっかり陽も落ち、「あれだけのことがあったのに」と、何事もなく帰れた事を護衛達が喜び合っていた。

普段から街道を行き交う隊商の護衛達が、そう言っているんだ。壁の外が安全であったわけがないのだと、ナギサはまたしても自分の甘さ加減に苛まれた。


さっきの戦場で、国家レベルの魔法師集団を一瞬で沈黙させた魔法。自分にもわけがわからないが、あの力があれば独りで生きていくなど容易いのではないか。と、そう思えたらどんなに良かったか。


現にあの後、ランベルトの抱擁を払い除けることもできず、今もこうやってグズグスと別れた子供達の体温を思い出し、喪失感に胸を焦がしている。


ナギサは、なんの言葉もかけられずに別れてしまった事を悔いた。だがどう考えてもなんの言葉も思いつけなかったのだ。ただの一言も。


──消えてなくなりたい。


そんな事ばかり考えている自分が、カイルのあの選択に何が言えると。そう思い()()()()()()()自分に失望した。

そんな愚かな人間が、子供達の前で大人ぶる資格などあるわけがない。


ナギサは、広くなったベットに座り、天蓋枠に身体を預けて寄りかかる。

照明のない真っ暗な部屋に、窓から差し込む月明かりがやけに眩しく、目の奥が痛んだ。


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