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折られた鼻っ柱




「泣いています、ひとりで」


眉をひそめたブランドンが、定宿の窓の下、月明かりの中庭でひとり、俯いて肩を揺らすナギサを見下ろしながらベリメールに報告する。


「は? ひとり?」

「エルリックは、ナギサ殿を残して部屋に戻ったようです」


視線を中庭から離すことなく続けられた言葉に、ベリメールの横で聞いていたランベルトが立ち上がった。


「ったく、エルリックのやつ」

「あ、待ってください」

「なんだ?」


ブランドンは、右手を挙げてランベルトの行動を制すると、耳をそばだて隣の部屋を指差した。


「頼りになる騎士達が向かったようです」

「・・・そうか」


ブランドンは、そのまま中庭を凝視している。

ランベルトは、ドカリと音をたてて再びベリメールの隣に座り直した。


「[カーサ]に第二王子がいたぞ。[シタデル]までついてくる気じゃないだろうな?」

「まさか。今回の件は[トレハンツ獣王国]と我が国の諍いではないのです。パイシス国の王族がしゃしゃり出てきても話をややこしくするだけですよ」

「その辺はわきまえているだろうが、なんでこのタイミングで[アルレシャ]に・・・」


ベリメールは否定したが、第二王子とはいえ王族だ。当然コチラが獣人の子供を運んでいる情報ぐらい掴んでいるだろう。

王や王太子と違って[聖女召喚]に関わっていない分、暇つぶしに余念がない昼行灯気取りの第二王子だ。


「第二王子の自己犠牲も困ったものです。今回も自らの命を粗末に扱っていたのですか?」

「生き残りどものガス抜きのつもりらしいがっ」


ベリメールに愚痴ってもしょうがない。と、ランベルトはその先を口には出さなかった。

“第二王子が殺された”なんてことになったら、それを理由に更なる殺戮に嬉々として乗り出す輩がいることぐらい、この目の前の男はわかっている。

むしろそうやって潰し合い、1人でもこの国の王侯貴族が消えるのを望んでいるのかもしれない。


ベリメールの目が弧を描いて細められ、射るような視線にランベルトは眉間のシワを深くした。

笑っているのかいないのか、その表情で見られるとひどく胸がざわめく。


「このような生活をなさっていても、可愛い生徒のことは心配ですか?」

「・・・もっと建設的な方法で役に立てってんだ」

「いっそランベルト()がお立ちになればよろしいのでは?」


「・・・・・」


ランベルトは、ベリメールから向けられた愉快そうな視線に舌打ちを返すと、ため息混じりに呟きを漏らす。


「それが簡単にできるなら、夜中にたった1人で泣く女も減ることだろうよ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ナギサがひとりで絶望している夜中の中庭に、エドとカイルがアルを引き連れてやってきた。

アルはまだ眠そうで、グラグラとその小さな頭を揺らしている。

ナギサがは慌てて涙を拭い「起きちゃったの?」と笑顔で応える。


「ナギサ、もう泣かないで」


あぁ、ダメだな。暗くてでも即バレしてしまうほど、今の自分の顔は酷いらしい。


「やっぱりランベルトに酷いことされたの?」

「違うよ。勝手に泣いてんの。オジサン達は何も悪くないよ」

「じゃあどうしてそんなに傷ついているの? ナギサが泣いていると僕も苦しい」

「子供には教えてくれないの? 教えちゃいけないこと? 大人になったらわかる?」


なんてこった。


ナギサは、子供達の純粋な優しさに打ちひしがれた。泣いている場合じゃねぇ。と堪えるが、目からはとめどなくアホみたいな感情が溢れ出てくる。

思考を戻して精一杯虚勢を張る。嘘や誤魔化しではなく、大人でも泣くことがあるのだと、それだけわかってもらえれば、彼らの不安は払拭できるかも知れない。


「ごめんね。知らなかった事を知って、しまって、どうすればいいかわからなくなってしまったの。もう少し泣いてもいい?」


情けない事だがと、ナギサは子供達に抱きつくと、その柔らかい頭髪に顔を埋めて「今だけ今晩だけ」と存分に甘えさせてもらう。


「・・・良いよ」

「たくさん泣いたら、ナギサも元気になる?」


「ごめんね。すぐに元気になるからね」

「すぐにならなくても良いよ」

「思いきり泣いたら良いよ」

「ナギサが泣き止むまで、僕が背中をさすってあげますからね」


カイルとエドの言葉に続けて、最年少のアルまでも、泣く子をあやすように一生懸命伸ばした。

自分はこの世界を救う聖女なんかじゃない。むしろ討伐される側の魔女だ。──それなのに。


抱え込んだ子供達から感じる体温に、ナギサはとうとうしゃくりあげて泣き出した。


「知るって苦しいね。辛いっ、苦しいっ、苦しいよっ」


絞り出すように、誰のせいでもないのよ。と、選んだ言葉を漏れこぼす。

月明かりに照らされた子供達の小さな手は、ナギサが泣いている間ずっとその背を撫でさすり続けてくれた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


子供達と共に朝食を宿の食堂で済ませて、部屋に戻って身支度を整え宿を出る。

宿屋の前ではすでに、荷の積み込みを終えた荷馬車が並んでいた。


朝食を共にしなかったランベルトとベリメールの姿は見えず、愛馬をひくブランドンだけが何か言葉をかけた気にコチラを気にしていたが、ナギサはあえてみないふりをしてやり過ごした。


すっかり関わりを持つのが嫌になってしまった。


カイル達を親元に帰したらこの隊商ともお別れしよう。という思いだけが強くなり、だったらもうこれ以上なんの想いも寄せたくない。と、この世界にこれ以上関わりを持ちたくない。と、詮無い思いが身をやつす。

そう思っていないと、きっともう何もできない。今はとにかくこの目の前の子供達を安全に、これ以上の問題なく速やかに別れなければ。と。


ナギサは、ブランドンの視線と、自分のどうしようもない考えの矛盾にため息をついた。


楽になりたい。搾取されたくない。そう思っていた。

それなのに『自分にならなんとかできるのではないか』という思い上がった鼻っ柱を見事にぶち折られた現実に打ちひしがれた。


「ナギサ、大丈夫?」

「もう大丈夫。たくさん泣いたからね」


優しいカイルのエスコートで荷馬車に乗り込む。


──情けない。


ナギサは、定位置に座り両手で額を抑えた。


あとから乗り込んできたベリメールとランベルト、エルリックまでも何も言わなかった。


ナギサは小さく息を吐く。こんな思いのまま、この世界の人間と一緒にいるのは無理だ。

クソみたいな世界と罵っていた異世界で、この世界に生きる人達の、他者を気遣う優しさが骨身に染みて身を焦がす。


──それでも、元いた世界に帰りたいとは思えないのだ。


元の世界に居場所のなかった人間は、どこに行ったって自分の居場所など見つけられないのかもしれない。どこに居たって自分の孤独は誰にも癒せないのだ。自分の選択すらもなんの意味もない。自分はこの世界でもただの異物に過ぎないのだから。

28歳にもなっていつまでもウジウジクヨクヨと、人生を変えるような目にあっても同じことの繰り返し。


──もう疲れてしまった。


ナギサ達を乗せた馬車がゆっくりと進み出す。

次に目指すは[トルクラー]そこから[アルフェルク]を介して、やっと最終目的地の[シタデル]だ。おおよそあと5日。たったその5日間が恐ろしく長く感じる。先は長い。



2度の夜営を挟み、つつがなく隊商は[トルクラー]についた。

ナギサはその馬車移動の間、子供達としか会話しなかったので、荷馬車内は大変に重苦しい空気が充満していた。


最初の狩りでの[フォレストボアの肉]が十分に[収納]にあったので、夕飯の[ロールキャベツ][ミートボールのトマト煮]と、材料には事欠かなかったこともあり、“次”の討伐は希望しなかった。ただ肉を狩って戻ってきた護衛達に頼まれもしない〈回復〉の魔法をかける。

[豚肉の生姜焼き丼]は大絶賛で、みな大喜びで2杯目3杯目と腹一杯食べた。


ナギサは、モリモリ食べるエルリックにただ目を細めるばかりで、何も言葉をかけなかった。


お互いかける言葉がない。


結局[トルクラー]でも、ナギサは大人しくしていた。

ナギサからいっときも離れようとしない子供達も、特に不便はないようで終始機嫌良さげにナギサと戯れあっている。


隊商の最終折り返し地点である[アルフェルク]に向かう道中で、狩に同行しないのに食事を提供し続けるナギサに、とうとうベリメールが堪えきれず話しかけた。


「いったいナギサ殿の[収納]は、如何ほどの容量を要しているのですか!?」


ナギサは、そのいかにも商人らしい質問に「フッ」と笑みを漏らす。


「それは『ステータス』の開示を意味する質問ですか?」


ランベルトが半目になってナギサを見やる。

ナギサの応えに、ベリメールは「ウグっ」と言葉に詰まった。


「私にもわからないんですよ。私の[収納]は[亜空間収納]らしいです。際限がないとは思いませんが、強いて言えばこの世界と同じだけ? というところでしょうか?」


ナギサはすんなりと答えた。

暗に「これ以上きいてくれるな」と突き放した答えに、驚きはありつつもオジサン達はおし黙る。


「私も『わからない』んです。私にどれだけの力があるのか」

「試してみたりしないのですか?」

「どうやって?」

「それは、そう、ですね・・・」


「なんなんでしょうね。どんな意味があるんでしょう」


ナギサが(くう)を見つめると、カイルがそっとその手に触れる。

アルが眉を下げナギサに縋り付き、エドはキッとベリメールを睨んだ。


「もう、知りたくもない」


ポツリと、漏らした言葉にランベルトは眉間のシワを深くしたが、ベリメールもそれ以上会話を続けなかった。


[チャーシュー丼]と[麻婆豆腐]を経て、隊商はつつがなく[アルフェルク]に到着し、ナギサはホッと息を吐くと荷馬車から降りる際「明日は皆様とお別れですね」と、やっと自ら話しかけた。


「それで本当によろしいんですか?」


ベリメールだけが返事をした。


「それが当初からの目的でしたから」


ナギサは表情のない顔でそう答えると「子供達が無事で本当に良かった」と、それだけ言って定宿に入って行った。


「重症だな」


ランベルトはそう言ってエルリックをこづく。

エルリックは口を尖らせて「なんで俺?」と頭をさすった。


「さて、明日も、何もなければ良いのですがねぇ」


ベリメールが目を三日月にして2人に笑いかける。

国境の街[シタデル]には、獣人の国[トレハンツ獣王国]の使者達が、さぞかし首を長くして待ち構えていることだろう。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


真夜中、子供達を風呂に入れ、完璧に磨き上げてから寝かしつけた。

耳の良い彼らを出し抜いて、そっと部屋から出る。

定宿の中庭でナギサがひとり煙草をふかしていると、半身を血まみれにしたエルリックが訪ねてきた。

慌てて煙草の火を消したナギサに、エルリックは朗らかな笑みを向けて言った。


「ポーションちょうだい」

「・・・この街にも[賭博場]があるのね」

「あるよ。でかい街ならたいてい。どこにでもある」

「そうなの・・・」


ナギサは、それ以上は何も言わずに[ポーション]を手わたした。

エルリックは左手でそれを受け取ると、齧り付いて口でコルクの栓を抜く。


「右手がっ・・・」


違和感に気づいたナギサが胡乱な瞳を向ける中、エルリックは一切の躊躇なく頭から[ポーション]をかぶると、動くようになった利き手ごと両手でごしごしと顔を拭った。


「スッゲー効き目!」


ナギサは、そっと手を伸ばして〈浄化〉の魔法をかけ、こびりついた血糊ごと汚れを落とす。


キラキラと月の光を反射させる濡れた髪をかき揚げ、ニコニコと笑顔を向けるエルリックの若い顔に胸が締め付けられる。

このコは、この美しい子供は、いつまでこんなことを繰り返すのだろう。本当に死ぬまで続けるつもりなんだろうか。そう思ったら言葉がついてでた。


「ランベルトさんは止めないの?」

「止めてたよ『もうやめとけ』っていつも言われてた」

「やめれるのね?」

「やめないよ。ランベルトも、もう言わない」


目だけで笑って、エルリックは淡々と言う。


「代わりに『娼館に行ったほうがましだろ』って言う」

「・・・ダメな大人だな」


ナギサは、[収納]の中から[チェリー味の飴の缶]を取り出すと、その場で例の鋳潰した金から糸を紡いで〈浄化〉の魔法陣を描き、缶に[付与]した。

それを[収納]し直して数を増やすと、手に持てるだけエルリックに押し付ける。


「病気がうつらない飴あげる。でもほどほどにしなよ。妊娠させるかもしれないんだから」

「妊娠はしないよ。俺は()()()拾われた移民だからな」


「・・・そう、なの」


──消えてなくなりたい。


視線を外したナギサが、新しく煙草に火をつけると、エルリックは言った。


「それ、俺にもちょうだい」

「100年早いわガキが」

「なんだよケチだな」


ケタタッと笑い声をあげると、エルリックも視線を夜空に向けて言った。


「ベリメールさんとランベルトは絶っっ対に教えてくれないだろうから、俺が良いコト教えてやるよ」


エルリックは、まるで星を掴もうとしている子供のように、利き手を夜空に伸ばしてグーパーと動きを確認しながら、コチラを見ることなく言葉を続ける。


「オマエ、あのガキンチョどもと一緒に[トレハンツ獣王国]に行くんだろ? そこで[ポーション]を売れよ。〈身体強化〉のせいで、獣人達には〈ヒール〉の魔法が効きにくいんだ。金持ちになれる」


「そっか・・・良いこと聞いた。私、ほんとに何にも知らないんだね。ありがとね」


エルリックは少年の顔のまま、ナギサの礼には応えない。

ただずっと黙ったまま、伸ばした手の向こうを眺め続けた。



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