日清戦争 -69 戦場兵站
鴨緑江 10月10日 第10旅団
鴨緑江に一番乗りを果たしたのは第10旅団指揮官の立見尚文である。そこに…臨時気球部隊が随伴している。修理された気球が交流してからの立見はこれを待ち伏せ防止に使う。どうせ数千の兵を前進させている以上、目立つ気球があろうとなかろうと待ち伏せに合う。それでも、清国軍は全力敗走で組織的抵抗ができるよりはなかった。逃げ遅れとの散発的戦闘に終始している。
「敵は塹壕構築中です。防備は手薄です。川がなければ仕掛けていましたか?」
気球の配置は…司令部のそばではない。砲兵隊のそばになる。まだ砲兵の据え付け工事中だが、気球はそこを定位置にしている。一応気球を目立つ。司令部のそばにあって一撃されるのは避けたい心理だ。
ただ立見はよくここにきている。ここ以上に敵陣の様子がわかる場所はない。
「川がなければこちらがやられておるわ。敗残兵といっても1万はいる。こちらは支援兵含めても3000じゃ。」
「では後続が来るまでしばらく待ちですな。」
後方、輸送部隊
「落とすな!!乱雑に扱うな!!」
後方の輸送を担う輜重は苦境にある。当時の朝鮮半島には鉄道はない。また、道路も貧弱。人馬による輸送に頼るしかない。
これに投入されたのは 現地の朝鮮人や日本人、内地から連れてきた日本人の労働者。そして兵士である。
当時の軍隊の進出において現地調達は前提であるが、平壌―鴨緑江の地域は清国軍の進出・敗走…2回も略奪による焦土を受けている。これでは現地に日本軍が徴発できる物資はほとんど残されていない。史実ではその中で徴発して多大な現地民の犠牲を生んだ実質3度目の焦土が生じたが、この世界では日本が十分救援を実施したために余裕のある食糧事情、それに伴う軍需輸送労働者を手に入れ、鴨緑江に進出している。
それでも鉄道がない苦境は変わらない。
「作戦に間に合わせないといけないのだ!!」
架橋部隊
「届いたか。」
師団所属の架橋部隊 彼らは目の前に川があればそれを超えるための浮橋を作るのが仕事だ。史実では輸送人員の不足で架橋資材の到着が作戦ぎりぎりになっていた。しかし、この世界では輸送人員を避難民から出せたために一部資材が早期に到着している。
「状態の確認をするぞ 野戦病院では薬瓶すら割れていたと聞くからな。」
史実では状態確認をする間もないほどの到着の遅れだった。
「歪んでやがる。」
史実では確認不足から、架橋資材の歪みに気が付くのがおれた。作戦当日にに架橋の遅れが出るようなゆがみが出ていた
「間に合う機材から歪みの修正にかかる。工兵隊にも協力を求めてくれ。」




