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日清戦争 -64 港湾臨検

 病院船『操向』

「カーク殿ですね。ようこそ」

 迎えるは婦長である。50にはならないがそれなりに歳の言っている女性だが、英語で案内している。

(病院船に女性を載せているだと…偽装か?)

 日清戦争当時、世界的に病院船に乗るのは男性ばかりの時代だ。女性の乗船はほぼない。しかも、応対するということはそれなりの立場にいるということである。

(にしても堂々としているのはなぜだ?軍用糧食運搬という戦時国際法違反を犯しているのになぜ堂々とできる!!)

「これだけの食糧を積んで…国際法違反ではないか?」

 率直に聞いた。婦長は近くの机に向かうと、紙の束を渡す。英字新聞だ。

「病院船が戦地に向かう往路では多少の医療関連物資…野戦病院への供給の食糧はそれに含まれます。この膨大な食料…通常の軍用野戦病院では過剰なのは事実ですが、今回の場合、通常の野戦病院ではないのですよ…。」

 新聞 それを目を見開いて驚いた表情で読む カーク。 

「清国による国際法無視の焦土戦術…これに対抗するにはこれしか手がないのです。」

 

牛昶昞 威海衛軍港管理官

 威海衛軍港にはこの時、統一した指揮官がいない。軍港の管理をする牛昶昞、3つの砲台群を指揮する3人の将軍。 その4人の上に立つ人間がいないのだ。史実では丁汝昌が敗走する艦隊が入港して初めて統一した指揮権の確立に成功した。それでも艦隊の指揮と兼務だったが。

 しかし丁がこの世にいないこの作中では便宜上、軍港の管理をする牛昶昞…武官ではない人間が指揮をしている。

「木造船の曳航か…しかも老朽の和船。このまま威海衛に停泊させようものなら中身が保存できない。陸上の倉庫に移動させよ。」

「そのような脆弱な船、停泊中に損傷で壊れるのでは?」

「停泊中の損傷は…不可抗力だ…。その点、法的に問題はない。」

 部下を安心させると、部下を下がらせる。

「副官を呼べ」

 部下が退室する前に命じる。部下はその命令を受領して下がる。

「機会だな。」

 誰もいない部屋で牛は不気味な笑みを浮かべることになった。


 ジェームズ・カーク 威海衛要塞 病院医師長

「非難できないだと!!」

 カークは報告のために牛昶昞を訪ねたが、彼は面会を断った。その次に頼るべきは張文宣 威海衛要塞中枢の劉公島の要塞防衛指揮官である。彼はこの戦争で戦っている北洋軍閥のトップ 李鴻章の甥である。

「病院船の聴取で得られた情報は食料の過剰な積載には明白且つ合理的理由が存在しています。咎めることはできません。」

 カークは日本側の情報を素直に受け止めた。カーク自身はまだ外との連絡を取って情報が正しいかの判断はつかないが、日本側の説明にウソがあるとは思えない。嘘があればすぐにばれるようなものだ。

「噂には聞いている。焦土作戦か。確かに進軍を遅らせることには有効だ。しかし、現地を飢えさせる規模は…利敵行為だ。食料さえ与えれば彼らは日本のために動く。」

「止められませんよ。いや止めてはいけません。すぐに開放すべきです。」

「しかしな…『済遠』艦長の『裁判要請』の署名もある。裁判前に開放は…」

「裁判をするまでもないということです。餓死という医学的死因を防ぐための食糧です。あの物資は明白な医療物資。そしてその餓死者の原因を生んだのは清国の焦土作戦です。過剰な積載も必要食料量と比較すれば軽微です。」

 カークは吠えている。完全に日本に飲み込まれている。義を重んじる人間にはこの状況を座視できない。しかし、それを打ち破るは駆け込んできた兵士だ。彼は命令書を手渡す。

「牛昶昞閣下より命令です。病院船の食糧を陸上倉庫に移送するために兵を貸せとのことです。」


 病院船『操向』

「なぜ食料を運び出すのですか?その必要はありません!!」

 婦長が兵士に叫んでいる。彼らは牛昶昞直属の兵だ。装備は古い。接近戦用の矛などだが、非武装の人員には十分だ。叫ぶ人間にはそれを近づけるだけでいい。それだけで彼らは黙るしかない。明らかな暴力。逆らえば死だ。

「船に積載していれば船が痛む。すべて運び出しはしない。まあ、あっちのボロ船分は全量運び出すがな。そうでないとあちらは沈む。」

 英語が分かる士官が叫ぶ。名目には十分だ。

「一切の食糧の損失は認めません。それは病人のための食糧です。」

 婦長は英語で叫ぶ。その声を聴ける清国兵は「食料」の文字に目をくぎ付けにして運んでいる。

「ダメだな…あの食料のうちいくらかが戻ってくるかわからんぞ。 まあ、 ツケは払ってもらうぞ。」

 艦長はあえて日本語でつぶやく。不満を覚えている人間が多いところであえて聞こえるように。

 その声を聴いた人間はその不満を多少下げる。と次に不満人間が多いところの後ろに向かう。

「ベッドを展開しなさい。非常時に受け入れられるように。我々は病院船の船員です。受け入れる人間は限界まで受け入れます。」

 肝の座った婦長は士官にわざわざ声をかけてから周りに命じる。食料がない以上、病院船は病院船の役割に徹するのだ。


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