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Fallout4 〜自由であることの苦しみ〜

核戦争で崩壊したアメリカを舞台にしたRPG。

オープンワールドを採用しており、自由度の高さと適当に歩いていればイベントが始まる密度が魅力。

おそらく私がPS4で一番遊んだソフトがこれです。

 ナンバリング前作である『フォールアウト3』が発売された時、多くのゲーマーが衝撃を受けました。


 最初のステージで地面に置いたアイテムが、エンディング後もそのまま残っている。

 歩いても歩いても続いていくフィールド。

 衝撃的な世界観と、ブラックユーモア。

 そしてなによりNPCがごく普通に死んでしまうこと。


 NPCを殺せるという要素自体はPS2の『グランドセフトオート3』やその後のGTAクローンで多くの人が体験したものでした。

 が、名もなきモブキャラが殺せただけだったのに対して、フォールアウトではイベントに関わるNPCが殺せてしまうのです。

(侍道というゲームもあったみたいですが私は未プレイです)


 時にはプレイヤーが手を下していないにも関わらず、事故で死んでしまうこともありました。

 当然、関わるNPCがいなくなるわけですからイベント自体も消滅します(さすがにメインシナリオがクリアできなくなることはありませんが)。


 この仕様はJRPGのストレス要素、

 “なんで護衛対象がこんなムカつくの?”

 “なんでこんな依頼主の言うことを聞かなきゃいけないの?”

という部分に食傷が叫ばれていた時代もあって喝采をもって受け入れられました。


 その後、次世代ハードの登場を挟んで4が発売されます。

 そして、3でさんざん自由を謳歌したプレイヤーに対してメーカーが示したシナリオテーマは“自由であることの責任”だったのです。


 自由であるということは自分で選ばなければいけないということでもあります。

 本作で登場する様々な選択肢は、プレイヤーを悩ませようとして作られているのが明らかです。


 選択の苦しみというのは前回で扱った『デトロイト』にもありましたが、『フォールアウト4』では“正解の存在しない問題に答えなければいけない”という要素がより強くなっています。


 私がこれを実感したのはとあるミニクエストで、住民の様子がなんだかおかしい村を探るというものです。

 クエストを進めると、村人たちは旅人を地下に連れ去って監禁していることがわかります。

 さっそく地下に行くと実際女性が1人捕まっていました。

 助けようとする主人公ですが、居合わせた村人は危険だから出すべきではないと主張します。

 捕まっている女性は人間ではなく人造人間なのだ、と。


 この世界には“本物そっくりの人造人間が現れては入れ替わっている”という噂があり、村の人たちはそれを真剣に調べていたわけです。

 しかしながら、捕まっている女性は自分はただの人間だと主張します。

 ここで、村人と女性どちらを信じますか?という選択肢が出るわけです。


 正解を調べる方法などなく(ゲームの進行状態によっては正解がわかるのですが)、私は村人の話を妄想と片付けて女性を助けました。


 ところが後になって人造人間による入れ替わりは実際に起きていることが判明し、攻略サイトをみると捕まっていた女性も人造人間であることがわかります。


 間違った選択で村人を殺してしまった私ですが、さらにゲームを進めていくと人造人間は純粋に有害な存在ではないことが判明します。入れ替わりを主導している組織から逃走している場合が多く、彼らはただ平和に暮らすことを望んでいたのです。


 半ばプレイ日記のようになってしまいましたが、このどんでん返しの連続、自分の選択の価値が変化していくという体験はとても印象深いものとなりました。

 ちなみにイベントは必ずしもこの順番で発生するわけではなく、私がこの体験をしたのは純粋な偶然です。

 自由度の高さゆえに、私だけのドラマが発生したのです。


 この他にも

 “世界に一つしかない薬を死にかけの子供と自分どちらに使うか”

(本当に1つしかないため、子供に使うと主人公は永遠に治療不能です)

 などこのゲームでは様々なジレンマを体験させてくれます。


 特にメインシナリオ終盤のある選択は、多くのプレーヤーが頭を悩ませたのではないでしょうか。

 自由であること、について“選ばなければいけない責任”という切り口を見せた本作。

 非常に意欲的な作品だと思いますので、ぜひ遊んでみてください。

余談ですが本作のテーマソングである『イッツオールオーバーバットザクライング』は“すべてが終わった後で私だけが泣いている”という意味の歌です。

ゲームを遊んだ人には感慨深い歌詞だと思いますのでプレイ後はぜひ訳詞を見てみてください。

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