Detroit: Become Human 〜ゲームオーバーになれないスリル〜
近未来のアメリカを舞台にしたアドベンチャーゲーム。
アンドロイド(人型ロボット)が実用化されており、社会に様々な影響を与えています。
文字を読むのではなく、画面上のキャラクターを動かして進めていきますがアクション性は高くありません。
主人公は3人。
アンドロイドの刑事コナーは、アンドロイドが起こす事件が増加した原因を捜査することになります。相棒はアンドロイドが嫌いな老刑事ハンク。
家政婦アンドロイドのカーラは少女を虐待から救いますが、その行為はアンドロイドによる子供の誘拐として事件になってしまいます。
富豪の老人に仕えていたマーカスは、老人の死によって廃棄処分を受けてしまいます。なんとかゴミの山から脱出した彼が出会ったのは、人間からの解放を願う野良アンドロイドの集団でした。
3人の物語はお互いに影響しあい、例えばマーカスが平和なデモではなく暴力的な革命を選ぶと世間のアンドロイドを見る目が厳しくなり、カーラの逃亡が難しくなったりします。
物語の進行には様々な選択が用意されており、分岐が非常に細かく設定されています。プレイヤーが10人いれば10種類の物語が生まれると言っていいでしょう。
さて、それによってなにが起きるかと言いますと、本作では失敗すると失敗したお話がそのまま進んでしまうのです。
普通のゲームなら失敗してもゲームオーバーが発生し、うまくいくまでくり返すことになるのですが、デトロイトではそのまま悪くなった状態でストーリーが進行してしまいます。
現に私の初回プレイではカーラが追い詰められて射殺されてしまいました。
この“間違えることができてしまう”システムによって生まれる緊張感はすさまじく、コナーのシナリオで時間以内に捜査を進めて事件を解決せよという場面では手汗でコントローラーがベタベタになりました。
やり直し機能も存在してはいるのですが、使おうとすると注意書きが出るほど製作者はプレーヤーの選択を重視してこのゲームを開発しています。
本作に1つだけある取り返しのつかないイベントもそれを象徴しており、何気ない出来事ではあるのですが、突如としてキャラクターではなく画面のこちらのプレーヤーに選択を求めてきます。この演出は多くゲーマーを驚かせたのではないでしょうか。
物語の質も高く、プレイヤーの心を揺るがすようなイベントがいくつも発生します。
例えばカーラのシナリオでは少女を助けるため犯罪に手を染めるかを問う選択が何度も登場し、
マーカスの話では目的のために殺人を許容すべきか、といった選択が複数回登場します。
こうしてプレイヤーの選択と登場人物の選択が重なっていくことで、次第にあなたはデトロイトの世界に巻き込まれていくわけです。
ただこのゲーム、大きな難点としてリプレイ性の著しい低さが上げられます。
キャラクターを動かしてマップを歩かせ、ムービーを観ていくというシステムから周回プレイに手間も時間もかかる上、同じ場面を何度も見る形になるのです。
上で私は「初回プレイ」などと書きましたが、実は2周目はかなり序盤で投げてしまいました。
ですが1周するだけでも十分楽しいとは多くの人が口を揃える感想で、選択肢が物語にきちんと影響するというアドベンチャーの基本を押さえた造りがどれほど魅力的な作品になるかを示した1作だと思います。
ムービーを見るのが中心なことから“映画のようなゲーム”と評されることの多い作品ですが、“プレイヤーの行動が結果に影響する”という点をみるとこれほどゲームらしいゲームもそうそうないのではないでしょうか。




