第3節「エルフの森へ(2)」
誤字脱字含めいろいろ手直ししました。(2019年4月10日11時24分)
追記(2019年4月17日12時04分)
ツイッター等で読みにくい、というご指摘をいただきましたので、一行おきに変更しました。
内容は変えておりません。
「さて、また街まで来たわけだが、どこに行けば身分証明書を偽装してもらえるんだ?」
賑わいをみせる街の喧騒の中、聞き咎められることもないだろうとは思うが、内容が内容だけに、エドマンドは思わず小声でステイシーへと問う。
「えっとねー、たぶん、あそこかな」
ステイシーが向かった先は明らかにただの茂みだった。
空き地になっている場所にできたその茂みに向かっていったステイシーは、躊躇いなくその中に手を突っ込むと、中を弄り何かを取り出した。
「なんだそれ?」
「これはね、地図だよ。この地図に書いてあるお店に今日は居るってこと」
「居るって誰が?」
「そりゃあ、身分証明書偽装職人だよ」
「身分証明書偽装職人って、なんともストレート名前だな」
そんな明らかに犯罪者らしい犯罪者もそうそういないだろう。
「まあね、でも実際それだけで生きてる人だし」
「そんなんで捕まらないのか? 今も随分簡単に居場所がわかったし」
「ああ、それなら大丈夫大丈夫。だってそもそも憲兵だって知ってて見逃してるんだよ。だって、明らかに大したお金持ちでもないような人が、身分証明書を見せて門を通過してるの見てるんだし、気がついてないはずがないし、何より憲兵中にも身分証明書を偽装したことある人もいるしね」
「黙認されてるってことか」
「そうなるね。納税者だけしか出入りできなくすると、そもそも街にものが入って来なくなっちゃうし、どこも似たようなものだと思うよ」
「それもそうか」
貿易がそれほど盛んではないとはいえ、やはりそれぞれも土地でしか手に入らないものはよそから買ってくるしかない。
例えば、塩はその最たるものだ。
内陸部では入手困難な塩は、かなり早い段階から貿易されていたという。
領主としても、税収がなくなるのは困るが、自分の領地が物資不足に陥るのも困る、ということで黙認という形を取らざるを得ないのかもしれない。
「ほら、あのお店にいるみたい」
考え事をしながらステイシーに付いていっていたエドマンドは、言われてステイシーの指差す方に目を向けた。
「喫茶店か」
「そうみたい。入ろっか」
「そうだな」
ステイシーは、喫茶店に入ると、きょろきょろとあたりを見渡し、一点で視線を定めた。
「あの人だね」
「どうしてわかるんだ?」
「だって書いてあるもん」
ステイシーが見せてくれた先程の地図をよく見ると、「白いシャツに黒のコート、赤のズボン」と書いてあった。
「確かに、白いシャツに黒のコートで赤のズボンだな」
わざとだろうが、なかなかに目立つ格好である。
「すみません、カロリーナ=ヘインズさんですか」
「ん? そうだけど。ああ、もしかしてお客さんかな?」
ステイシーがカロリーナ=ヘインズと読んだ女性は、ひと目見れば目を奪われるほどの美貌と艷やかな緑の黒髪を持ちながら、それを全く活かす気がない様子が印象的だ。
「あ、はい、そうです。相席よろしいですか?」
「もちろん、さあどうぞ」
ステイシーとエドマンドの椅子をテーブルに並べるために立ち上がったカロリーナの胸が、ポヨンッ、と聞こえてきそうなほど、大きく揺れた。
(こ、これは、かなりの巨乳!)
健全な男子であるところのエドマンドは、思わず目を奪われてしまう。
「エードー?」
気がついた時には、ステイシーがジト目でこちらを見ていた。
「はっ、いや、なんでもない、なんでもないぞ」
「エドは大きいのが好きなんだね」
口を尖らせて言うステイシーは、明らかに不機嫌だ。
「いや、小さい胸は小さい胸の魅力があるっていうか」
「私、一度も胸の話だなんて言ってないけど?」
再びステイシーはエドマンドにジト目を向ける。
(嵌められた! どうする、どうすれば弁解できる?)
「あのー? 君たち私にようがあるんじゃないの?」
エドマンドとステイシーが二人で話している間完全に蚊帳の外だったカロリーナは、仕方がないので二人に話しかけた。
「いや、あの、すみません」
「すみません」
エドマンドに続く形で、ステイシーも謝る。
「別に謝るほどのことじゃないけどさ。それで、今回は誰のを作ってほしいのかな? やっぱりキミ達二人分?」
「はい、それでお願いします」
エドマンドは一歩後ろに下がり、ステイシーは全ての取引を行う。
「了解、承った。それじゃあ先に料金貰けど、問題ないよね?」
「大丈夫です。二人分で金貨四十枚ですよね」
「そうだね」
ステイシーは先程の袋を取り出すと、中から金貨を四十枚取り出してカロリーナに渡した。
「はい確かに、じゃあ明日朝一番でここに取りに来てくれるかな」
「わかりました、お願いします。よし、じゃあエド、行こうか」
「もう終わりか?」
「うん、私と君の名前とかもちゃんと紙に書いて渡したし、後は明日の朝受け取りに行くだけ」
「案外簡単なんだな」
「そりゃあ、あっちはほぼ毎日やってることだろうしね。さあ、次は君の装備を買いに行かないと、ね」
「何から何まですまん」
「いいってことさ、なんたって私は君の師匠だからね」
弟子であるエドマンドのために何かできることが、ステイシーとしては嬉しいらしい。
申し訳ない気もするが、ステイシーが嬉しそうなのでエドマンドも遠慮なくステイシーを頼ることにした。
*
「いろんな道具があるんだな」
喫茶店を後にした二人は、冒険者用の装備品が売っている市場に来ていた。
「エドは見たことないものも多いんじゃないかな。なにせ、ここには初めてダンジョンに入る冒険者向けものから、熟練冒険者用のものまであるからね」
確かに言われてみると、エドマンドには何に使うのかさっぱりわからないものも多く見受けられた。
「基本的には何があれば大丈夫なんだ?」
「そうだねえ、そもそもエドはどうやって戦うつもりなのかな?」
「どうやってって、今まで通り普通に剣で戦うつもりだけど」
やっぱりそうきたか、とでも言いたげな表情で、ステイシーは苦笑する。
「いやうん、それはなんとなくわかってたけど、そういうことじゃなくてね?」
「そういうことじゃない、ってどういうことだよ」
「例えば、今エドが持ってる両手剣を使った戦い方だけでも、魔法を併用するのかしないのかとかの違いでいろいろなタイプがあるんだよ」
「それによって使う武器も変わるのか?」
「もちろん。今君の持っている両手剣はただの両手剣だから、それこそ基礎衣服修繕くらいのレベルの魔法を呪文の全文を詠唱した上でしか使えないけど、魔法の行使を助けるワンドの役割を兼ねた両手剣を使えば、練習次第でもっとレベルの高いの魔法を呪文の詠唱なしでも使えるようになったりするからね」
「なるほどな。だからさっき、ステイシーは呪文無しで魔法を使えてたってわけか。ワンドがあったからできたってことだろう?」
「うーんとね、私はワンドも詠唱無しで魔法を使えるんだけど、考え方としては正解かな。実際ワンドがあった方が感覚的には楽だしね」
ワンドも呪文も無しで魔法を発動することがどのくらい凄いことかは正確にはわからないが、その恐ろしさだけはよくわかった。
それはつまり前動作無しで魔法が行使されるということだからだ。
気がついた時には魔法が発動しているなんて、どう対応しろというのか。
エドマンドは、ステイシーだけは敵に回さないようにしようと改めて心に決めた。
「ちなみに、ステイシーから見て俺にはどのタイプが合ってると思う?」
「そうだなー、君はそこまで身体能力が高いわけじゃないし、私がしっかり教えてあげられるのは魔法だから、両手剣で戦うなら、魔法を併用するのが理想だと思うよ」
「じゃあ、魔法の発動を補助する両手剣を買おう」
「そんなに簡単に決めちゃっていいの?」
「俺の身体能力がそこまで高いわけじゃないのはその通りだし、今までの戦い方で負け続けてきたのも事実だからな。とりあえずステイシーのアドバイスに従ってみるよ」
「君は案外自分のことは正確にわかっているみたいだね?」
「そりゃ、あれだけ負ければ嫌でもわかるって。それで、何かステイシーのおすすめとかはないのか?」
「そうだなあ〜」
しばらくすると、市場の奥へと歩いていったステイシーは、一本の剣を持って帰ってきた。
「これなんかどうかな?」
「どうかな? と言われても正直さっぱりなんだが」
「それもそうか。えっと、この剣は、魔法剣の一振りで「基礎術式剣・五」。基礎術式剣シリーズの五属性保持者向けのものだね。術式の補助が大きいから、基本的には各属性の魔力を流すだけで予め組み込まれている魔法が発動する仕組みになってるから、エドでも十分使いこなせるはずだよ」
「そんな剣があるのか。具体的には何ができるんだ?」
「じゃあ見せてあげるよ。おじさん、この剣試したいから、しばらく借りてもいいかなあー」
ステイシーが剣を掲げて、遠くにいる店主らしき男性に尋ねる。
「ああ、大丈夫だよお嬢ちゃん。ただ壊れたら弁償だからなー」
「ありがとー。じゃあ行こうか」
ステイシーに連れられ、エドマンドは近くの広場にやってきた。
「見せてあげるって、ステイシーは白属性魔法しか使えないんじゃないのか?」
先程魔力試験薬で確かめた限りでは、ステイシーの魔力は全て白属性だったはずだ。
「ああ、そういえばまだ教えてなかったね。私みたいな単属性保持者を含めた五属性の内に所持していない魔力属性がある人は、魔力を二倍消費する代わりに、自分が持っている属性の魔力を自分が持っていない属性の魔力に変換することで、自分が持っていない魔力属性の魔法も発動することができるんだよ」
「それじゃあ最初から五属性持ってる俺って、損してるだけじゃないか?」
持っていない魔力属性があっても魔力を変換することで発動することができ、持っている属性が多いほど最初から発動できる魔法のレベルが下がるのなら、エドマンドのような五属性保持者は、ただ魔法が使いにくいだけの存在になってしまう。
「いやいや、かなり修行しないと魔力の変換は習得できないから、流石に誰でも魔力に変換ができるわけじゃないし、できたとしても自分が持ってない魔力属性の魔法は下手な人が多いから、それなりのレベルの魔法を一回発動したら魔力切れになっちゃうし、たくさん属性を持ってるほうが楽にいろんな魔法が使える分いいこともたくさんあるんだよ?」
「そういうことならいいけど」
「とにかく、全属性分やってみてあげるから、よく見てるんだよ?」
ステイシーは片手にワンド、片手に基礎術式剣・五を持って構える。
「わかった」
「じゃあまずはこ、れっ!」
ステイシーはその華奢な腕で、本来両手で使うことを想定して作られた剣を振るう。
しかしながら、その光景に驚きこそすれなにか特別なことが起きているようには見えなかった。
「何も起きてないぞ?」
「うーんやっぱりわかりにくいかー。今のは赤属性の術式を使ってたんだけど、わからなかったよね」
「ただ剣を振っているようにしか見えなかった」
「だよね。うーん、それじゃあどうしようかなあ」
「ちなみに何が起きてるんだ?」
「赤属性の術式は、斬った相手を火傷させる効果があるらしいよ」
それでは斬られる相手がいなければわかるはずもないのだから、エドマンドがわからなくても当然である。
「じゃあそれはいいとして、次のを見せてくれ」
「了解。いくよー、はいっ、よく見て」
ステイシーは剣を振らず、エドマンドの眼の前にその刀身を持ってきた。
「刀身が濡れてるみたいだけど、もしかしてそれだけか?」
「うん、それだけ。でもこれは意外と便利なんだよ」
ステイシーは広場の隅にある植木の下から太めの枝を二本拾ってくると、エドマンドに手渡した。
「とりあえず一本だけ持って前に突き出しておいてくれるかな」
「いいけど、何をするつもりだ?」
「まあ見ててよ。じゃあ、最初は何もしてない状態ね」
ステイシーが振るった剣は枝の中央あたりにあたったが、枝の中ほどまでで止まってしまった。
「師匠、痛いっす」
枝が切り落とされなかったせいで、ステイシーが振るった剣からの衝撃をもろに手で受けてしまったために、エドマンドの手はジンジンと痛んでいた。
読んでいただきありがとうございます。
いつもより中途半端なところで終わってしまいました。すみません。
次回の更新はいつものように明日なので許していただけると……。
明日も読んで頂けると嬉しいです。
それでは。
追記(2019年4月10日11時24分)
誤字脱字含めいろいろ手直ししました。
適当な確認のまま投稿してしまい、すみませんでした。
追記(2019年4月17日12時04分)
ツイッター等で読みにくい、というご指摘をいただきましたので、一行おきに変更しました。
内容は変えておりません。