71話 ころもがえ
小森たちは今後に備えるため、商店区に足を運んでいた。
「うーん……いざ準備しろと言われても、何を買えばいいのやら、ですね……船旅ということは、酔い止めとかでしょうか? あと、食材も?」
「そういう細々としたのは向こうで用意してるんじゃないか? せっかく大金が入ったんだし、ここは装備品だろ常識的に考えて。服とか武器とか」
「小森。さっき裸マントって言われてキレてたもんな。この辺の奴らも重装備が多いから、今のままだとかなり浮いてるぜ」
ぼろぼろのズボンにぼろぼろのマント。これが現状の小森のルックスである。
細身から覗くヘソがセクシーというより、見ている者を不安にさせる。
「別にキレたわけじゃないぞ。さっさと力量を分かってもらいたかったのと、結構気に入ってるスタイルを馬鹿にされたから心底腹が立っただけだ」
「キレてんじゃねーかっ」
「ま、まあまあ……わたしは好きですよ? 細マッチョ! って感じでっ」
商店区は多くの店が理路整然と並び、それぞれが何の専門店か分かるようになっている。
例えば、ひとつの店の中にロングソードなどの武器と、プレートメイルのような防具は同居していない。
加えて、種類ごとに道路が決まっており、武器通りなら右手側に剣ばかり、左手に斧ばかり、といった具合である。
そして、小森たちは防具通りの服飾店に入っていった。
「わあ……! コスプレショップみたいですよ小森さんっ」
「好きなものを選んでいいぞ。でもハレンチなのは許さんからな」
「小森は結構、硬派だよな」
「ビキニアーマーとか説得力のかけらも無いからな。おヘソを出して戦うやつがあるか」
「小森が言うなっ」
ペレゾは小森の腹へ、ふかふか肉球ツッコミを入れた。
「おうふ。いいパンチだ。……よし、この店の滞在時間は一時間とする。各自、自由行動開始!」
三人それぞれに動き出し、自分にあった装備品を探していく。
この店の中には騎士たちが身に付けていたようなゴテゴテとした鎧の類は無いが、軽鎧と呼んでもおかしくないような、しっかりとした作りの衣服が多くあった。
そして、おおよそ一時間後、新しい装備に身を包んだ三人が会計をすませて表へと出てきた。
「さて。オシャレ泥棒と言われた俺がオマエタチのファッションをチェックするぞ」
「今日はテンション高いな。小森」
「はい、じゃあまずはペレゾ君。ぐるっと回ってみせたまえ」
「んん……仕方ねーなぁ」
ペレゾは調理用エプロンをやめて、灰色の袖無しパーカーを羽織るようにしている。開いたチョッキのようなシルエットだ。
「インナーも無しに羽織るタイプのパーカーか。普通の人間じゃ着こなせないようなの持ってきたな」
「かっこいいだろ。ファスナーもフェイクだぜ。っていうか、本物だとしても閉めようとしたら毛がはさまる」
結局、ペレゾの胸や腹が露出全開になってしまっているが、小森の中からは昨日感じたモヤモヤが無くなっていた。
「やっぱ服って大事だな……」
今まで丸出しだった下半部も、しっかりと衣服に隠れていた。
ペレゾの短い脚に合わせた、極端に股下の短い、ゆったりとしたカーキ色のパンツをはいている。
「下はアラジンパンツってやつか? これも俺なんかが履くとパジャマっぽくなるだけだが、ペレゾにはぴったりなんだな」
「もちろん調整してもらったけどな。獣人系もよく相手にしてるみたいで、さっくりやってもらった。……んー。しかし、なんか服の上から服を着てるみたいで、ちょっと違和感あるな。小森が喜んでくれるなら、これで行くけど」
ペレゾは嬉しそうに、もう一度ぐるりと回転した。
「うむうむ! 合格だぞペレゾ。けっこうオシャレだったんだな。それじゃ次は……あー……」
「はい! わたしですねっ」
それまでじっと待っていたあかりが、小森の前へ文字通り、踊り出てきた。
「魔法使いだ……」
「えへへっ、どうですか!? どうですか!?」
踊ってはいるが、踊り子の衣装などではなく、ザ・魔法使いといった出で立ちである。
「落ち着け。そうぐるぐる回られるとじっくり見れない」
「はいっ、停止します!」
両手を広げてぴったりと静止するあかり。
満面の笑みが、衣装とは対照的だった。
濃紺を基調としたワンピースの上から、真紅のケープを羽織っている。
ワンピースには鮮やかな黄色のラインが入り、単調なシルエットに一味加えている。
これだけだと、まだ魔法使い要素は3割程度といったところなのだが、あかりの頭に乗っている帽子が残りの7割を飛び越えて10割の魔法使いらしさを演出していた。
いわゆる、「魔女がかぶってるやつ」である。
具体的には、ワンピースと同じ濃紺の、つばが極端に広い三角帽子で、折れ曲がった先端に鮮やかな黄色の星(☆)が付いている。
「よく見ると、黄色のワンポイントを対応させているのか。悪くないな」
「そう言ってくれると思いましたっ! 店員さんもいっぱいオススメしてくれたのですよっ」
「まあ、商売だからな……」
中学生程度の見た目だから許される格好……と、小森は言いそうになったが、ぐっと飲み込んで忘れることにした。
25歳フォームのあかりがどんなスタイルなのかは想像がつかないし、あまり良い結果にはならないと思ったのだった。
「しかし、日輪の花嫁は?」
「今は小森さんの暗黒パワーをいただいているので、月輪の吸血花嫁です! クラスチェンジですっ」
「なるほど。それはそれで、なんだか闇堕ちしたみたいで申し訳なくなるな……」
小森がハロウィンパーティに浮かれる子供のようなあかりを眺めていると、向こうから何かを思いついたかのように近寄ってきた。
「小森さん小森さんっ」
「む。なんだ?」
「この装備のすごいところを、まだ説明していませんでしたっ」
「ほう、まだ何かあるのか」
あかりは上目遣いで、少し照れた風に、ケープをまくりあげた。
「えへへ……これはちょっと恥ずかしいですね」
「……は?」
小森は困惑した。
ケープめくったところで、そこにあるのは濃紺のワンピースである。
晒された胸部を見てもワンピースの生地でしかないし、他にも露出しているような箇所はどこにも無い。
まんべんなく、悲しいくらいに、つるつるすべすべを感じさせる材質が広がっているばかりである。
それを「恥ずかしいです」と言われても、小森としては返答のしようがない。
「あの、あかりさん……?」
「さっ、さわってみてくださいっ!」
「なんだと!?」
しかし、その部分を「さわれ」と言われれば、話が変わってくる。
いくら子供の外見になってしまっているとはいえ、白昼堂々と女性の胸部を触るなどという行為は小森にとって禁忌中の禁忌。それについては、つるつるだろうがすべすべだろうが関係の無いことだった。
「待て、おかしいぞ。あかり、これは一体……」
「ペレゾさんのも触ったのではないですか?」
「なぜそれを!? っていうか触ってない──」
「えーい、今がチャンスですっ!」
あかりは小森の手を掴んで、自分の胸に引き寄せた。
小森の指先が、そこに触れる。
「ひええええっ! ロリちっぱ……あれ?」
小森の感覚は禁忌の幻想を通り抜けたあと、一枚の壁にあたった。
「かたい……」
「どうですか? 叩いてみてもいいですよっ!」
小森の頭は混乱したまま、目の前の不思議を解明することだけにいっぱいになっていた。
そして、冷静になるために目を閉じた。
この指の先には、少女の柔肌など存在しない。
壁だ。堅牢な壁。不動の壁。
小森は目を閉じたまま、指先にそびえる壁を感じていた。
「んー。オレもいいか? あかり」
「いいですよ~」
混乱に拍車をかけるようなやり取りに小森が目を開けると、ペレゾがあかりの胸をコンコンと叩いていた。
「うはぁ。硬い音がするぜ。何が入ってるんだ? これ」
「はいっ、じゃあネタバレいきますね~。実は、この装備、裏地に霊銀が使われているのです!」
「あっ、そういう……」
小森は耳まで赤くしていた。
「照れてる。小森、かわいいところあるよな」
「ですよね! 小森さんかわいいかわいいですっ」
仲が良さそうに首を傾けるペレゾとあかり。
「うっさい! 大人をからかうんじゃない! ……ってか、その霊銀って胸にしか入ってないのか?」
「なんとワンピース全部に入ってます! 頑丈なのに軽いのですよっ」
「何で胸を触らせた」
「そのほうがドキドキしてもらえるかなと思いまして……」
あかりは小さな声で「大成功でした」と続けた。
「しょうがないやつだな、あかりも。そんなことしなくても、アレだ。俺はけっこう、ドキドキしてたり、してなかったり……」
小森はなんとなく、そうすべきだと感じて、あかりの頭に手を置いた。
「こっ小森さんがデレてますっ! やったー!」
「小森。さっきの反応といい、やっぱりロリコン……」
「デレてないし、ロリコンでもない! もう一時間を余裕で超えてしまってるじゃないか! 次いくぞ次!」
いつの間にか、青空は夕焼けに変わり、都市全体を朱色に染め上げている。
騒がしく道を行く三人も例外ではなく、その頬を朱に染めて。
他の誰よりも明るく、前へと歩きだしていた。




