69話 英雄、獣を好む
夜が明けて、朝日が昇ると街はすぐに雑踏で満たされる。
慌ただしく道を行く人や呼び売り商人などの声で溢れかえるのだ。
宿を出る時に微妙な雰囲気だった小森とペレゾだが、雑踏に紛れるうちに、いつもの調子を取り戻していった。
――少なくとも、表面上は。
「朝早くから活気がありますね〜」
「だな。小森は朝に弱いみたいだけど大丈夫か?」
「……いや、めちゃくちゃ眠いぞ」
まだ昼前なので、冒険者ギルドの中は比較的静かだったが、小森たちが現れると昨日と同様に歓迎の言葉で迎えられた。
「お待ちしておりました。早速ですが、二階の貴賓室までお越しいただけますか?」
「きひん……なんだって?」
普段の生活からかけ離れた言葉に、小森は首を傾げた。
「小森さん、VIPルームのことですよ。つまり、わたしたちはこれから、VIP待遇を受けようとしているのです!」
「VIP? この世界にもVIPがあるのか。良いだろう。行こうじゃないか」
「いえ、小森さんの考えてるVIPとは多分違うやつです……」
小森たちはカウンターの奥にある階段を登り、長い廊下をまっすぐ進んだ。
メイド姿の案内人は口数少なく、淡々と通路を進んでいく。
「こんなに奥行き無かったよな。この建物」
「魔法で外からは分かりにくくなっております」
「そう……」
そして、最奥にある銀の装飾で縁取られた扉にたどり着いた。
「こちらです。どうぞ」
案内人が扉を開けた先は、赤い絨毯とシャンデリアが特徴的な、いかにも貴族が使いそうな部屋になっていた。
長テーブルの向こう側に、ひとりの老人が座っている。
「おお! 君たちが例のスーパーノービスかっ!」
小森たちが部屋に入ると、老人はばね仕掛けのように立ち上がった。
白髪を後ろで纏め、顔には無数の傷がある。
老人というより、老練の戦士と呼んだ方が正しいほどに背筋もぴんと張っていた。
「うむ。俺たちがそのスーパーノービスだ。強いぞ」
とくに目上であってもタメ口は崩さないのが小森のスタンスである。
常に主導権を握るための、小森なりの『異世界の歩き方』だった。
「分かっているとも。オーク将軍の首は本物だった。さあ、座ってくれ。朝食もまだだったかな?」
老人が指を鳴らすと、椅子が引かれた。
そして、小森たちが座ったあとにもう一度指を鳴らすと、机の上に色とりどりのフルーツが現れた。
「うおっ。手品師みたいだな、あんた……」
「いかにも。私はギルドマスターであると同時に魔法職をやっている。さすが小森君、慧眼であるな」
「ギルドマスターってことは、めちゃくちゃ偉いのか。わざわざ会いに来てくれて光栄だね」
老練のギルドマスターは小森の軽口にも動じず、ニヤリと口元を歪めて対応している。
「それで、ギルドマスターさん。あの首はいかほどの値が付いたんだ?」
「む。すまん、名乗り忘れていたな。私はホセと言う。報酬金は、100万Gでどうかな? 」
「ひゃっ、100万! ……って、実はまだイマイチぴんと来ないんだよな。大金だってのは何となく分かるが」
「ふむ? 金銭感覚があまり無いのか。英雄らしいな。100万Gもあれば一生遊んで暮らせるぞ。都市部の一等地を買って釣りがくるほどだ」
「ほう……。お城も買える?」
「はっはっは! 面白い人だ」
ホセはひとしきり笑ったあと、突然無表情になった。
「なかなかやり手のようだな。小森君」
「あ、どうも……」
小森は怒られている気分になり、ちょっとだけ反省した。
「こんな田舎町より、君たちに相応しい場所に案内したい。そこは多くのチャンスに恵まれた土地だ。聞いた話では、昨日も安宿に泊まっていたのだろう? 我が国の首都に来てくれれば、住宅を一つ差し上げようと思っている。城とまではいかないが、大きな屋敷だ」
小森がちらりと横を向くと、あかりの目が輝いているのが見えた。
「ここよりも大きな街が? まあ、悪くない話だな。しかし、何か裏があるんじゃないか? その屋敷に幽霊が出るとか」
「そこは大丈夫。三日前にお祓いを終えたばかりだ」
「……それは冗談で言ってるのか?」
ホセは真顔で続けた。
「裏があるのは小森君の言う通りだ。率直に言うと、高難度の依頼を向こうで受けて欲しいのだ。四天王をあっさりと返り討ちにしてみせた、君にしか頼めない重要な案件だ」
「それは、俺が今回オークの首をとったご褒美のうちに含まれるのか?」
相手の都合だけで動かされるつもりは無い。そのニュアンスがありありとわかるように、冷たい声で小森が問う。
「い、いや……別件だ。オーク将軍討伐の報酬で100万Gと都市の屋敷。それとは別に、今回の依頼で更に高価な報酬を約束しよう。何が望みだ? できることなら、何でもするぞ。城か? 爵位か?」
小森とは対照的に、ホセは興奮しているようだった。
「城なんか要らん」
「なっ……では、一体何が望みなのだ」
「そうだなぁ……こう、説明しづらいんだが、終わりそうな命を、わぁーっと復活させて元気にするような秘宝みたいなの、ない?」
「む? 蘇生薬でいいのか?」
「いや、そんな安っぽいやつじゃない。終わりそうな命っていうのは、ようするに世界だ。終焉を迎える世界を何とかするアイテムが欲しい」
「蘇生薬は決して安くはないのだが……ふむ。しかし、あまりにも壮大な話だな。例えば、我が国に伝わる至宝のひとつに、『飛龍の卵』というものがあるが……小森君の目的のものとはちょっと違わいな」
「なにっ!? 飛龍だと? ドラゴンか!」
小森の目つきが鋭くなった。
「え……まあ、ドラゴンとは言い伝えられているな。しかし、私が生まれる前から卵のままだ。芸術的価値はあっても、実用性は正直なところ……」
「よし決めた! ゴルゴンゾーラにする!」
「……はい?」
「飛龍の名だ。カッコいいだろう。ところで、雄なの?雌なの?」
「いや、卵状態なので、どっちか分からない……というか、本当にいいのか? いつ孵るか分からんのだぞ?」
「構わん。きっと、あんたたちの愛が足りないんだ。俺が撫でまくって一日で孵化させてやるよ」
ケモナー小森は、架空の生物であるドラゴンまでもが守備範囲内である。
そして、あわよくば孵化させて刷り込みで仲良しになってやろうという企みが頭の中いっぱいに広がっていた。
「よし。商談成立だな。今すぐその都市に行こう! 遠いのか?」
「一気に話が進んだな。了解、距離は遠いが、すぐに着く。ちょっと待ちたまえ」
ホセが席を立ち、壁にかけていた杖をとると、それを頭上に掲げた。
「 おお、もしかしてワープ魔法か!」
「ご明察。 さあ、皆こちらへ」
室内であるにも関わらず、ホセの方に向かって風が吹き始める。
「あ、ちょっと待ってくれ」
「む……むむむ。今すぐ行くと言ったのは君ではないか。どれくらい待てばいい? マナが流れてしまうぞ」
「大丈夫だ。すぐ済ませる」
小森はフルーツの乗った皿を取れるだけ取って、ホセの後ろに着いた。
「オッケー。いつでもいいぜ、ホセさん」
「……100万Gあげると言うのに」
「既にこれを食べる口になってたからな。さあ、行ってくれ!」
ホセが応じると、杖を大きく振りかざした。
その瞬間、突風が吹くと同時にホセたちの姿が消えた。
何事もなかったかのように、貴賓室にはメイド姿の案内人だけが残される。
「もぐもぐ……おいしい」
案内人は、少し遅めの朝食をとることにした。




