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61話 酒場の決闘2

 

 開始の合図と共に、テーブルがどすんと揺れる。

 小森とヌーとあかりを除く、全ての人が目を丸く開いて言葉を失くしていた。


「あ……ああァ……?」

「審判(マルボズ)。俺の勝ちってことで、いいんだよな?」


 机の上に叩きつけられた手は下がザルド、上が小森だ。

 勝敗は誰が見ても疑いようがない。


「うむ……不正もなかった。この勝負、小森殿の勝ちだ!」


 マルボズが小森の手をつかみ高く掲げると、堰を切ったように周囲から熱狂の声が上がった。

 小森への賛賞だけでなく、その中にはザルドへの罵倒も含まれている。


「オイオイオイ……待てよ。 フライングだろォ!? 今の! もう一回だ! もう一回やらせろ小森!」

「ふむ……偶然俺が勝ったという事にすれば、あんたのダメージは食事代だけで済むわけだが」

「ほざきやがれ! 逃げる気かァ!?」

「やれやれ。あんまり目立ちたくないんだがなぁ!」


 大嘘である。

 この大袈裟な茶番こそ小森が狙い、誘導した結果だった。

 自分たちの力を悪意なく知らしめて、ギルドにアピールする……という建前が半分。

 もう半分は単純に自分が気持ちのいい思いをする為だ。


「まあ、納得いかないのなら何度でも相手してやるぜ? ザルドく(・)ん(・)」

「クッ……クソ生意気な……ノービスの分際でェ! 今度は本気でやらせてもらうからなァ!」


 両者とも再びテーブルに腕を立てて、カウントを待った。


「3……2……1……ゼロッ」

「くらえ小森! 手加減無しのフルパワーだッッ」


 少しフライング気味にザルドの力が加わってくる。

 しかし、小森の強化された反射神経はこれにあっさりと対応した。

 そして今度はあえて力を抜き、数秒の間、自分の手が机に押さえつけられる寸前で留まった。


「うおー。もう少しで負けそうだー」

「ははは! ザマァねえ! 俺様がノービスに負けるわけ――」


 小森は皮肉たっぷりに棒演技をしてみせた。

 ずっと弱者のふりをしていて、今まさに立場が逆転しているという事を伝えたかったのだが、逆上しているザルドにはうまく伝わっていないようだった。


「ほい、ほい、ほい。どした? トカゲくん」

「グオオッ!?」


 力の差を見せつけるように、ゆっくり丁寧に力を込めて、ザルドの手を押し返し、そしてテーブルに押し付けた。


「はい残念でした」

「……勝者、小森殿だ。諦めたらどうだ、ザルドよ。結果の決まった試合ほどつまらぬものも無いぞ」

「うっせェハゲ! 今の見てなかったのか!? もう少しで勝ってただろ! コイツのまぐれが続いてんだよ!」


 ザルドはある種、現実逃避のような言い訳をしながら再戦を申し込んでくる。彼の後ろにいる仲間の空気は冷え切っており、ザルドの肩に手をかける者もいたが、乱暴に振り払われてしまった。


「ザルド。俺は何度でも受けて立つぜ。ただ、勝者へ送られるはずの賞品を忘れてないか?」

「くそっ……俺様はまだ負けちゃいねェ! ――メシなんか、いくらでも勝手に注文しやがれ!」

「なら遠慮なく」


 了承を得た小森が手をぱんぱんと叩くと、人垣をかき分けるようにしてウサギ顔のウェイトレスが息を切らせて這いずり出てきた。


「おお、かわいいな。君、血の滴るような肉を──え? 無い? じゃあとにかく肉だ。調理法は問わない。でかくて新鮮な肉を持ってきてくれ。通算二勝したから六人前な。いくらでも食えるぞ。飲み物は血……は、無いよな。トマトジュースでいいや」


 小森の注文を書き取ると、ウェイトレスは再び人垣の中に潜っていった。


「さあ、料理が運ばれるまでに何回かやれそうだな。ザルド」

「……オイ。今、たしかに六人前を頼んだな?」

「む。頼んだぞ。いくらでもいいと言ったのはあんただしな」

「それなら、小森ばかりが戦うのは違うよなァ!? つまりだ……後ろの子供二人も決闘に参加する必要があるッッ!」


 ザルドは片手で机を大きく叩き、もう片方の手で小森の後方にいるヌーとあかりを指差して抗議した。


「……ちょっと待ってくれ。あかりはともかく──」

「成程! 聞き流すことも容易い負けの遠吠えのようにも聞こえるが、一理ある。二勝で六人前ということは、一勝につき三人前。つまり、三人で決闘にのぞんだという事になるわけだ。ならば後の二人が闘うのが道理! ザルドも他に二人を選出するがいい」


 小森が反論する前に、マルボズがわざとらしい大声でザルドの主張を補足し、場を仕切ってしまった。

 予想できない展開に周囲の期待と興奮はさらに増していく。


「(断れる雰囲気じゃなくなったな……。まずいことに、ヌーは非力だ。とりあえず、あかりが出て時間を稼いでくれ。何か……何か、作戦を考えたい)」

「(わかりましたっ。むしろ相手の心を折って、この勝負はわたしで終わりにしてみせましょう!)」

「オイ、コソコソやってんじゃねェ。次の挑戦者はどっちなんだ? 俺様はもう選抜したぜ」


 小森は一歩下がり、不敵な笑みを浮かべたあかりが前に出る。

 そして、そのままテーブルの上へとよじ登った。


「……頭脳は大人、身体は幼女。日輪の花嫁で、暗黒の左腕。小森さんの右腕で、お嫁さん。我が名はあかり! トカゲさんはキュートですが、太陽に変わってお仕置きですっ!」


 ばばーん、と卓上でポーズを決めるあかり。

 ほとんどの者が小首を傾げていたが、小森とヌーが拍手を送ると、何人かはつられて拍手をした。


「チッ……また調子の狂うガキが出てきたな。その薄気味悪い左腕は確かにヤバそうだが――お仕置きされンのはオマエの方だぜェ!」


 ザルドの後ろから金属音を鳴らしながら現れたのは、全身が黒色の板金鎧(フルプレート)に覆われた戦士だった。顔も厚手の兜に隠されていて、酒場にはおよそ似つかわしくない異様な雰囲気を纏っている。


「……テーブルの上に乗るのは、はしたないわ。お嬢さん」

「えっ……あ、はい! すみませんっ」


 鎧の中から響くように聞こえてきたのは女性の声だった。あかりと対照的な静かで暗い声色は、調律を終えたばかりの楽器のような正確さで言葉を伝えてくる。


「……重装騎士(ヘビーナイト)のクロキよ。よろしくね」

「あっはい、よろしくお願いします! わたしは――」

「聞いてたわ。あかりちゃんね。悪いけど私は右利きなの」


 クロキは鈍重な見た目からは想像もつかない速さで右腕を伸ばし、テーブルにそれをのせた。肘をつけた部分から小さなヒビが入る。


「またごっついのが出てきたな。鎧のままでやるのか?」


 感じた疑問をそのまま口にする小森。

 あかりが不利になるというような事は考えていないが、ヌーのことがあるので時間を稼ぎたかった。

 未だ、特に有効な作戦を練ることが出来ていないのだ。


「……私の顔が見たいのかしら? ロリコンさん」

「ロリコンじゃねーよ!」

「……あら、この小さな子と結婚しているのではなくって?」

「してないしてない。花嫁っていうのはなんか、そういうクラス? というかなんというか。あかりのロールプレイだ」

「……ふーん。まあいいわ。私が兜を取らないのには理由があるのよ。皆を不幸にさせちゃうから。だから、結婚どころか恋愛もままならないの。あなた達が妬ましくて仕方がないわ」

「――オイ! お喋りは勝った後にしろ。クロキ」


 後ろからザルドの怒号が飛ぶ。


「……怒られたわ。さ、始めましょうか。お嬢さん」

「負けませんよっ! 相手は闇騎士……わたしは光の戦士! 不足なしっ! ですっ」


 あかりの華奢な右腕と、クロキの籠手が絡み合う。


「用意は良いな? ではカウントする。3……2……1……」


 繊細に作り込まれたクロキの籠手は、指先が自由に稼働する。


「ゼロッ」


 鋭く尖った指先が、あかりの手に食い込んでいく。


「あ痛いっ!?」

「……ごめんなさいね、お嬢さん。でもこれは不正じゃないわ。私は手に力を入れているだけですもの」


 状況はあかりの劣勢。先の小森とザルドの闘いと同じように、負けるギリギリの位置で痛みに耐えながら、あかりは奮闘していた。


「ぐぬぬぬっ! これしき……ヴオルさんに噛まれた時に比べれば、ぜんぜんへっちゃらですっ」

「……あら、頑丈。やっぱり普通のノービスじゃないのね。あなたたちは」


 身体が丈夫になっているとはいえ、痛覚が無くなるわけではない。屈強な皮膚に覆われた左手ならともかく、あかりの右手は生身のままなのだ。

 それでも何とか痛みに耐えながら、あかりはゆっくりとクロキの手を押し戻していく。


「あなた……なんて強い力なのかしら。もしかして、まだ本気じゃないとか?」

「ふっふっふ! 気付きましたか。わたしが本気を出せば、すぐに決着をつけることも可能です。しかし、わたしはそうしません」

「……なぜ?」

「それは……もっと、パーフェクトな勝利をつかむためです!」


 あかりの小さな手に血管が浮き上がった。

 それと同時に、クロキの籠手がぎりぎりと耳障りの悪い音を立てて軋(きし)みはじめる。


「……痛い。なるほどね、同じ戦法で私に勝とうというわけ。小癪だわ」

「さあ、まだまだ始まったばっかりですよ。この無謀な握手会を諦めて、小森さんチームの勝ちとするなら、さっさと終わらせてあげましょう。わたしは体力にも自信があります。別にこのまま夜を明かしても構わないのですよ!」

「……あら。勝ちを確信して多弁になるのは縁起が良くなくてよ?」


 クロキは兜のバイザーに手をかけた。


「な、なんですか……?」

「……私の秘密を教えてあげる」


 バイザーの開いた部分から、鋭い眼光があかりを射抜いた。

 黄色の眼球に、真っ黒で、まん丸の瞳孔。

 それに目を合わせた瞬間。


 きゅっ、と。


 瞳孔は急激に窄まり、一本の鋭利な刃物のような縦型に変形した。

 誰が見ても直感的に分かってしまう、『捕食者の眼』だった。


 あかりの背後で、何人かが叫んだ。

 『――目を合わせるな。――頬を叩け。――手遅れだ。今すぐ離れろ』

 そして、ばたばたと酒場の硬い床に倒れこむような音が聞こえてきた。


「あははははっ! 力が抜けていくのが分かるでしょう? 早く降参なさい。『石化の魔眼』で石になってしまう前に」


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