45話 エルダー
「なんなのだ。君は」
吠える小森に、ガラティナはたじろいだ。
「俺たちは『楽園』の使者だぜ。あんたの秘宝をいただきに参上した!」
「ばか。小森。それだと怪盗みたいになるだろ。」
「あははっ! とりっくおあとりーとー! なんちゃって」
ヌーの肉球ツッコミが入り、あかりは相変わらず笑っている。
「本当に、何なのだ……」
「にぎやかな人たちだろう? すぐに慣れるよ」
ガラティナとハヌゼベの間で緊張していた空気は緩み、少しの間が空いた。
「で、何を言い争ってたんだ?」
そして、口論の内容が気になっていた小森は結局、話を掘り返した。
「話すと長いが……ここまで付き合ってもらったのだ。説明しなければ失礼というものだな――」
ハヌゼベはゆっくりと語り始める。
「その昔、人類は大きな破滅の種を撒き散らした。世界は緩やかに死んでいき、あらゆる生物が死に絶えた。しかし、たったひとつ、例外的に環境に適応できる種族が現れた。それがエルダーのはじまりだ」
その昔というのが、どれほどの悠久の時を経た話なのか、小森には想像もつかない。
エルダー・ガラティナの背後に広がる、地平線しか見えないのっぺりとした砂漠。それを想像のヒントとするには、あまりにも何も無さすぎた。
「エルダーという種に寿命は無い。食べ物も飲み物も必要ない。生命維持に必要なものが何も無い世界に適応したエルダーは、何もする必要が無かった。では何故活動することが出来ていたのか。それは好奇心があったからだ。エルダーは好奇心のみによって動いていた」
それは今も変わらないな? とハヌゼベが問いかけると、ガラティナは深くうなずいた。
「不死身のエルダーにとって世界は狭く、脆かった。残された遺跡も遺物も、あっという間に砂へと変わってしまった。海はとっくに干上がり、山は平らになっていた。地上のすべてのものが均一化されていく中で、たった一箇所だけ例外があった。大きく、どこまでも深い穴だ。覗いてみれば、所狭しと樹木が繁茂し、多種多様な生き物がうごめいて、川のせせらぎまで聞こえてくる。──エルダーは、その穴を『最後の楽園』と呼んだ」
ハヌゼベは過去を懐かしむというより、おとぎ話を読み聞かせるように、抑揚をつけて気持ちよさそうに語る。
その鉄面皮からは想像もつかないほど、実に優しい語り口だ。
「『楽園』はこの星の特異点だ。ヒトが外から中に入ろうとすると、変容する。最初のエルダーが足を踏み入れると、四つある翼が二つになり、飛べなくなった。腹が減り、喉が乾くようになった。病気にかかって、死ぬようになった。何者かはこう言った。『ここに入れば我々は退化してしまう。命が惜しければ立ち入るべきではない』と。しかし、実際は違ったのだ」
「──ハヌゼベ。それは間違いなく退化である。死んでしまうのだぞ。死は恐ろしいものだ」
途中まで頷いて聞いていたガラティナだが、楽園に立ち入った際の変化について、ハヌゼベに反論した。
「そう。ここが我々の見解の違いなのだ。……もう少し長くなるが、大丈夫か? コモリ殿」
「ん、ああ、えーっと……要するに、ハヌゼベとガラティナはもともと同じヒトで、この穴の影響でハヌゼベが変容した。で、それについて、進化だ、いや退化だ、と口論してるってことか?」
「まあ……。かねがね、その通りだ」
ハヌゼベは長く唸ったあと、妥協したように頷いた。
「コモリ殿。エルダーが好奇心を無くすとどうなると思う?」
「好奇心が原動力なんだろ? じゃあ死ぬ」
「しかし彼らには不死性がある。決して死ぬことはない、『楽園』の影響を受けぬ限りな」
「あー、さっき石になるとか言ってたな。じゃあそれか」
「その通りだ」と返答をし、ハヌゼベがガラティナに視線を向けた。
「──承知。そこから動かないでくれたまえ」
ガラティナはそう言うと、いつの間にか手に持っていたリモコンを小森たちの方へ向けた。
「おわっ! なんだ?」
ちょうど小森たちの乗っている床だけが宙に浮き上がり、そのままゆっくりと上昇していく。
ガラティナも同じように上昇しているが、彼は単純に自力で浮遊しているようだった。
「私と君の間にある仕切りは、ちょうど『砂漠』と『楽園』の境目だ。こちらへ来ない限りは大丈夫だとは思うが、あまり息を深く吸い込まないほうがいい。エルダーの私がそうであるように、きっと君たちには毒なのだろう」
施設の天井が開き、外の世界を一望できるほどまでに上昇していく。
砂漠の世界はどこまでも平坦な砂地でしかない。木も海も山も無かった。
しかし、よく見渡すとガラティナのように翼を生やした人影らしきものがいくつか見えてくる。
「みんな、直立不動なんだな……」
「見えたか? 動かなくなったエルダーたちだ。厳密には石になったわけではない。ただ、動かなくなったのだ。好奇心を失ってな」
ガラティナは動かなくなった仲間たちについて、心底興味が無さそうに説明した。
「ありがとう、ガラティナ。きっと見せてくれると思ったよ。──コモリ殿、この話を踏まえた上で貴殿に質問したい。あのように動かなくなるリスクを背負ってまで、いつまでも不死性にすがる意味はあると思うか?」
「無いな。本末転倒だ。あれじゃあ、死んでるのと変わらん」
小森は即答した。
「だが、コモリよ。己が最後の種だとしたら? 『石』にならない術があるとしたら? 自ら楽園に潜らなくとも、好奇心を満たし続ける手段があるとしたら?」
「むう……そこまでお膳立てされると……そうだな、まあ不死身なままの方がいいわな。四枚翼かっこいいしな。──でも最初会ったとき、あんたひどく暇そうな顔してなかったか? 直立不動で」
大人げない訴え方をするガラティナは、逆に小森の天邪鬼を煽る結果になっていた。
「君までそう言うのか。あれは本当に考え事をしていただけだ!」
ガラティナには口がないが、感情的になっているのは目を見れば明らかだった。
「あまりガラティナをからかわないでやってくれ。冷徹無比なエルダーなのだ」
「クソ! 君たちは私を愚弄しにきたのか! 一体何をしにきたのだ、本当に!」
ハヌゼベが何を考えているのかは分からないが、少なくとも小森たちはほっこりしていた。天使の姿をしていながら「クソ!」などという言葉が聞けるのは、中々愉快なことである。
しかし、そろそろラインをわきまえないと相手が相手なので、小森はそれ以上いじりたくなるのを我慢した。
「ああ、すまん。俺の好奇心を満たすためにこんなに引っ掻き回してしまって」
「もういいから、本題を言いたまえ……」
ガラティナは頭を抱えるような仕草で不機嫌さをアピールしている。
「実は開口一番に言ったことそのまんまなんだが、秘宝がほしい。俺たちは元の世界に帰りたいんだ。なんかそういうやつ、ある?」
肉の誓いを経て無敵となった小森は、相手が誰であろうと自分のペースを崩す気はない。
ラインはわきまえるが、我は曲げず、媚びず。小森の目には確かな自信の火が宿っていた。




