16話 雨の日
心地のいい目覚め。身体中が充足感で満たされている。
何故こんなにもスッキリしているのか──。
ベッドから這い出て、荷物だらけの部屋を見ると少しずつ意識が鮮明になっていく。
ああ、俺には友達が出来たんだっけ。
それで腹の中にたっぷり溜まっていたよどみを吐き出して、代わりに新しい空気がたくさん入ってきた。
だから充足感で満たされているんだ。
リビングに出ると、ヌーが新聞を読んでいた。
「もう昼過ぎだぞ。小森。」
「うむ、よく寝た。ところで……うち新聞とってたっけ?」
「さっき拾ってきた。」
まあ勉強熱心だこと。
俺は外に関心が無いので新聞どころかインターネットのニュースさえ閲覧しない。
2ちゃんねる経由でそれっぽい情報がある時だけ、俺の中の時事は更新される。
ヌーはせわしなく目を動かし、表情ひとつ変えずに字を追い続ける。
「新聞、好きなのか?」
「ぬーん……。 日課? みたいな。」
ちょっと悩んでからの返答。好きとは違うらしい。
日課というと歯磨きみたいな感覚で新聞読んでるのかな。おっさんくせーやつ。
そう思うと、なんだか頭を撫で回したくなった。
「おらっ! 朝のナデナデだ大人しくしろよヌー!」
「んぬわ~~~。」
新聞に集中してたから隙だらけだったぜヌー。
しかしこのもふもふ巻毛はいつ触っても心地が──あれ、ちょっと違和感。
心なしか、しっとりしているような。
「もしかして雨ふってる?」
「んぬぅ……。今朝は降ってなかった。あかりが出る時は傘もってた。」
なるほどね。これはいい湿度センサーになるな。
「あかり君、出かけてるのか」
「……買い出しだって。」
また買い出しか。
昨日買ってきた分で二、三日もちそうな量はあったかと思ったんだが……。
なんとなく引っかかるが、炊事はあかり君に一任しているので、料理のさしすせそさえ言えない俺がとやかく考えても仕方がないだろう。
「ぬっ。」
「あっ逃げるな!」
ヌーは俺の腕からすり抜けてテーブルの反対側に行ってしまった。
やつは鈍いようで俊敏に動けるネコ属性なのだ。
俺は仕方なく諦めて、仕事を開始することにした。
最近は品物がよく捌けるようになってきたので、仕事量も増えている。社長の遠征が効果をなしているのかもしれない。たっぷり5時間は作業に集中する必要があった。
途中、例のネトゲのデスクトップアイコンが何度も俺を誘惑してきたが、なんとかそれに打ち勝ち、俺は職務を全うした。
あのネトゲは3人いる時にプレイしてこそなのだ。抜け駆けはきっと面白くなくなってしまう。
外は雨が大粒になっているらしく、配送屋は身体中に水滴をつけていた。
自分が濡れても、台車は濡れないようにシートをかぶせながらここまで降りてきているらしい。
木漏れ日通り自体は高架が傘になっているから濡れはしない。しかし、車が入ってこれるような場所ではないので、結局雨が降りしきる高架の上まで荷物を運ばなければならなかった。
俺は今まで配送屋は配送屋の仕事だからと、苦労を知っていながら黙って見ていたのだが、今日は少し手伝ってやろうと思った。
「おじさん、手伝うよ」
「えっ? いやいや、お客さんにそこまでしてもらうわけには」
「濡れたら大変だからな、さっさと終わってほしいし」
「ハハハ、そこまで言われたらお願いするしかないな!」
言ってからツンデレみたいな発言してるなと思ってちょっと恥ずかしくなった。
でもまあ、なんとなくまた外の空気を吸ってみたくなったのだ。
「よいせっと──」
「おう! ありがとうお客さん、これで終わりだよ」
「ああ、どうも」
身体を動かす心地よさはあった。
ただ、求めていたような気分転換にはならなかったように感じる。
太陽の見えない天候のせいだろうか。
全ての配送が終わり、リビングに戻ってくるとヌーはパソコンをいじり始めていた。
人差し指だけでおそるおそるキーボードを叩いている姿がなんとも可愛らしい。
俺は別にそっちの気はないのであくまで動物的な可愛さだが。
「便利だろ? パソコン」
「ぬう。キーボードむつかしい。」
「チャットとかすると早くなるぞ。俺はネトゲでタイピングをマスターしたからな」
「あのゲームか。」
そういえばヌーのやつ、昨日の最後の方は気分悪そうにしてたな。
俺も暴走気味だった自覚はあるから、一応謝っておくか。
「あのさ、ヌー」
「ぬ?」
「その……昨日は無理に付き合わせて悪かったな」
「小森が謝ることない。楽しかった。」
おや。気を使われてるのか俺は。
それはそれでこっ恥ずかしいんだが。
「でも最後しんどそうな顔してたろ」
「うそ。してない。」
「ええ……。ほら、あの砦マン操作して波動砲みたいなの撃──」
「してない。」
ヌーはいつの間にかキーボードを叩くのをやめていた。
顔を伏せてて表情がよくわからないが、何となく語気に拒絶の色が出ている。
この話はタブーってことなのだろうか。
あの表情を思い出したら、これ以上話すことはできなかった。
「そういえばあかり君帰ってくるの遅いな」
話題を変えようと思った。
「……小森。」
「うん?」
顔を上げたヌーは神妙な表情をしていた。
「あかり。もう帰ってこないかも。」




