13話 ダンジョン
外から見たら紫色で不鮮明だったダンジョン内も、いざ入ってみれば普通の遺跡風構造だった。
遺跡風構造ってなんだよって感じだが、まあ、ボロボロの壁やボロボロの布やボロボロのツボが置いてあるようなセピア色の薄暗い室内ってところだ。ゲームのダンジョンではよくある風景だ。
「敵影無しです! 閣下っ」
「うむ。引き続き前衛を頼む」
我々三人パーティの内訳は、
前衛戦士:あかり君。
後衛回復役:俺。
後衛蘇生役:ヌー。
となっているので必然的にあかり君が前を歩くことになる。
敵と鉢合わせたらあかり君が戦い、俺たちが後ろから補佐するという戦闘スタイルになるからだ。
「小森。どんな魔法使うの?」
「……まだヒミツだ」
「ずるい。」
パソコン越しに口を三角形にして不満を訴えてくるヌー。お前の方がずるいんだからな。
微妙に役割が違うとはいえ、傷を治すだけの俺のライトヒーリングより死体を蘇らせるリザレクションの方が明らかに上位の魔法だ。
ここでバカ正直に言えば察しの良いヌーの事だから、直後に鼻で笑われるに違いない。「ぬっふっふーっ。下位互換乙だぬー。」とか言ってくるぞ絶対。
だから今はまだカミングアウトする時期じゃない。
誰かがピンチになったタイミングで実はヒーラーなのだぁ! つって颯爽と助けるのがベターだろうな。
あまり変わりばえのしないダンジョン内をしばらく歩いていくと、曲がり角のところであかり君が立ち止まった。
そしてこちらへ振り返って人差し指を口に押し当てる動作をした。
モーション完璧に使いこなしてる。すごい。
「敵発見です……強そうです……!」
ひそひそ声で情報を伝えてくるあかり君。
現実で俺たちが大声で喋ったところでゲーム内には影響しないよ、なんて水を差すようなことは言うべきではないな。
「……どうする? 帰るか?」
角の先を覗くと、広がる廊下、大階段、大広場、大階段といった感じで上の方へと道が伸びているのが見える。そして、それぞれの場所に5体前後の屈強なモンスターが配置されていた。
首の無い鎧の騎士はチェーンにつながれた自分の頭を振り回し、横たわる一つ目の巨人は寝返りを打つたびに小規模な地震を引き起こし、赤いフードをかぶった人影はローブの隙間から大量の虫を無尽蔵に湧かせている。
他にも地獄みたいなモンスターが何種類もいて、直視してるだけで頭がどうにかなりそうだ。もちろん、うんざりするという意味でだが。
「行きましょう!」
「瞬殺されると思うんだが……勝算は?」
何かすごいスキルでも貰えたのだろうか。
問答無用で皆殺しにする光の剣! みたいなのでもないと突破は無理だぞこれ。
「というか、あかり君の武器は?」
まだ一度も抜刀してるところを見たことがない。さっきの戦場でさえ武器を持っていなかった。
「これですよっ これこれっ」
ばんばんと大盾を叩いて見せてくるあかり君。
なるほどね。盾が武器だから抜刀も何もなかったのか。
「って武器じゃないよねそれ!?」
「ぬわっ。小森でっかい声出すな。気付かれる。」
いやいやだから現実で叫んでも気付かれ――あれ? モンスターどもの視線がこちらに集まってるような……?
「すみません! 盾を叩くモーションでヘイトを取ってしまったみたいです!」
「ふええ……」
「来てるぞ。どうする? 小森。」
首無しと赤フードがゆっくりと近付いてきている。
警戒状態といったところだろうか。俺たちが角から飛び出せば一気に戦闘状態に突入するだろう。
先手をとるか。
元来た道をまた戻るか。
二つに一つ。
あかり君の答えは決まっているのだろうが、今はじっと俺の判断を待っているようだった。
「諸君。我々は今、重大な岐路に立っている」
俺が声のトーンを変えると、二人はパソコンからこちらへと視線をうつした。
「相手は勝てる見込みの非常に薄い相手だ。俺たちが10人に増えたって勝率が覆ることはないだろう。そんなやつらが10体以上だ」
ここだ。ここが俺のロールプレイチャンスだ。
部隊鼓舞は上司の務め。そこが現実世界だろうと、架空の世界だろうと、俺は二人を牽引していかなければならない。
二人はやや不安な表情で次の言葉を待っている。
続けなくては。
「だがな。勝つ望みのある時ばかり、戦うのとはワケが違うぞ」
二人の表情が少しずつ明るくなっていく。分かりやすいやつらめ。
あと二、三句言ってかっこよく突撃しよう。
「そうとも、負けると知ってなお戦うのが、はるかに美しいのだ!」
よし、絶好調だ。俺って指揮官の器あるかもな。
実は引用なのだが、活気付いた二人の表情からして気付かれてる感じはしない。
とは言っても、俺の中の使えそうな引き出しはここまでだ。
えーっと、次の言葉はどうするかな。
もう一回くらい引いてから押す感じか?
「俺はな……当初、お前らを受け入れるのが本当にイヤだったんだ」
言ってから少し後悔する。突拍子も無かっただろうか。ゲームとリアルをないまぜにするのはズレているだろうか。
――でも、ゲームを通して共有する経験や時間がリアルとは地続きじゃないと誰が言える?
「独りだけがいい。他人とできるだけ交わらないように。そんな生き方をしてきたからだ」
迷子になりそうだ。
俺はこんなことを話すつもりだったのか?
あかり君が申し訳なさそうな顔をしている。
本当に今言うべきことなのか?
――それでも、腹の底、胸の奥からは数年分飲み込んで溜め続けた『何か』が這い出ようと喉をついてくる。
「なし崩し的に受け入れる形になった。そして、いざ生活をともにして、俺はひとつの責任を感じはじめた。これも面倒くさいものだと思っていた」
保護しなければならない。牽引しなければならない。大人の役目。
未成年を。子供を。いつの間にか大人になっていた俺の役目。
俺はまだ自分が大人になった自覚なんてひとつも無いのに。
「でもな、お前らと話していくうちにただの居候とは思わなくなっていった」
あかり君はもう一人の自分というキャラクターを見せてくれた。
俺がネット内でロールプレイするものよりも、ずっと全力。純度も100%。
「正直、最初はただの子供だと思っていた。何かの遊びの延長でここに来ているだけだってな。でもそれで気付いたんだ」
ヌーも独自の世界をもっていた。
ヌーの話す異世界や異物の設定はよく練られていて、他の誰よりもヌー自身がそれを信じていた。
俺はそれがひどく羨ましくなった。
「俺もお前らと同じだったんだ。子供だという面でもそうだが……。その、何というか、だな」
──最後の大きな塊が、喉から出てこない。
大きすぎて、言葉にすればあまりにもチープな塊だ。
長い間使ってなかった言葉のように感じる。胸の一番奥深くの暗いところに閉じ込めて、蓋をして。
それを……。
「友達、ですか?」
顔をあげると、あかり君が瞳に涙をためて笑っていた。
俺なんかではあまりにも眩しい笑顔だ。
だから、目をふせた。
「……まあ、ニアピン賞だな。答えは仲間だ。というか、泣きながら笑うこともないだろう」
「これはもらい泣きですよ」
誰が泣いてるって? 俺か?
俺がこんなちぐはぐなスピーチをしながら涙なんか流すものか。
「小森。友達ほしいのか。」
「もう要らん。お前らで十分だ」
ぬふっと笑い声が聞こえる。照れ隠しなのがよく分かる反応だ。
なんというか、指揮官としてのスピーチは空中分解に終わってしまったな。
──ただ、言いたかったことを吐き出せて、心はとても落ち着いている。
「……よし! 総員、画面にちゅうもーく!」
「はい閣下っ」
「あいあいっ。」
ひとつになれた気がする。少なくとも、俺の心の壁は取り払われた。
目の前の異世界ではどうだろうか。
心も現実世界も仮想世界も地続きだというのなら、あるいは奇跡が起こせるやも。
「いくぞっ……突撃だ!」




