(1)
対面式のカウンターの上に、どさりと書類の束が置かれた。
「では、これより聴き取り調査を行います」
その前で、ルォは縮こまっていた。
巨大な役所の離れにある、こじんまりとした事務室である。
魔法局アルシェ支部。
室内には十人ほどの役人がおり、何やら忙しそうに書類と格闘していた。
魔法使いの新規登録には、ふた通りの流れがある。自己申告してきた者には聴き取り調査を行い、密告などにより嫌疑がかけられた者には、厳しい取り調べを行うのだ。
ルォの場合は一般的な聴き取り調査だった。
担当となった役人の名前はノックスといって、やや神経質そうな男だった。
「まずはじめに、氏名、年齢、出身地、魔獣の卵を摂取した日、親魔獣の名称、さらには行使可能となった魔法について簡潔に説明してください。親魔獣の名称が不明な場合、大きさや外見の特徴などでも構いません。後ほど魔獣図鑑にて確認してもらいますので」
「あ、う」
緊張しきったルォのしどろもどろの説明を聞いて、ノックスは苛ついた様子を見せた。その気配をルォが敏感に感じ取り、さらにしどろもどろになるという悪循環に陥った。
ルォの聞き取り調査は難航した。ノックスには机の上を指先で叩く癖があり、その速度はどんどん早くなっていき、最後の方は五本の指すべてを使って流れるように叩いていた。
「それでは、実技に移ります」
「じつ、ぎ?」
ルォが連れていかれたのは、役所の地下にある薄暗い部屋だった。四方の壁と天井と床のすべてが石造りで、家具類は配置されていない。あるのは様々な武器や防具類、火のついた松明、水の入った桶、そして木製の人形のようなもの。壁の天井に近い位置には鉄格子入りの窓がひとつあって、そこからノックスの声が聞こえた。
「では、能力評価を行います。どの道具を使っても構いません。君の能力が一番表現しやすい形で、魔法を行使してください」
こういった指示がルォは苦手だった。具体的な作業内容を与えられていたならば、少しはましな形になっただろう。だが、すべての裁量を任されてしまった。
どうしたものかと悩んでいると、鉄格子の窓から石壁を指先で叩くような連続音が聞こえてきた。
「――ひっ」
その瞬間、ルォの頭は真っ白になった。
石畳に手をつき、もぎ取る。新たな形を創造する余裕などなかった。拳よりもひと回りほど大きな石の塊のままだ。
「……それを、どうするのですか?」
鉄格子から漏れ聞こえてくる冷たい声。
「えっと」
ルォは混乱していた。手にした石ころを木製の人形に向かって放り投げる。だが届かない。石ころは人形の手前に落ちて、少しだけ転がってから止まった。
鉄格子の窓の向こう側では、ノックスが頬を引きつらせていた。
確かに道具類の使用は認めたが、床を壊してよいとは言っていない。施設の修繕について素早く計算を巡らせた彼は、余計な出費と事務作業が発生したことに対して、深い憤りを感じていた。
「ノックス君、どうかね?」
その部屋にはもうひとり役人がいた。魔法使いの能力評価は、担当職員と直属の上司の二名で行う決まりになっている。ノックスの上司はまるでやる気がなく、二日酔いが残る赤ら顔でソファーに座っているだけだった。その態度を注意する必要性を、ノックスは認めなかった。時間と労力の無駄だからである。
「“はずれ”、ですね」
「そうか」
「石を削り取る能力のようです」
「ふむ、珍しいな」
上司はあくびを噛みしめた。
「鉱山にでも出向させるか?」
「彼はまだ子供です。私の見たところ、栄養状態もよろしくありません。魔法の力も弱く、鉱山に送り出しても役には立たないでしょう。かえって苦情が増えるだけかと」
「では、どうするね?」
「実は、人材斡旋所に解体屋から見張り番の求人が出ていまして。短期の仕事ではあるのですが」
解体屋とは、魔獣を解体し流通させる職人である。アルシェの街にとってなくてはならない存在だが、街の住人たちからは敬遠される傾向にある。彼らの多くは“壁外”の貧民区画に居住していた。
「猛禽類の魔獣の力を取り込んだこともあり、かなり視力がいいようです。力仕事でもありませんし、適任かと」
「まあ、よかろう」
登録用紙の上に、上司は大きなハンコを押した。
“第四級魔法使い”。
その実力、有用性ともに最下位。つまり“はずれ”の魔法使いである。
「さて、通り名は何とするかな」
少しだけ楽しそうに上司は検討を始めた。
魔法局に登録された魔法使いたちには、彼らの能力を端的に表す通り名が与えられる。特に法律で決まっているわけではなく、いつの頃から始まったのかさえ定かでない、それは古い慣例だった。
「石削り、石ころ、いやいや」
上司はノックスが書き綴った調書を確認した。
「ふむ、特技は岩壁登り、か。変わっているな」
「故郷の村で、碧苔を取る仕事をしていたようです」
「ほう、ありゃあ焼いた肉にかけると実にいい。酒がすすむ。ノックス君、今夜あたり一杯どうかね?」
「いえ、遠慮させていただきます」
上司に取り入ったところで出世が早まるわけではない。年功序列。これこそが、辺境勤務の役人の運命なのだ。上司にしても、つき合いの悪い部下に期待などしていなかったようで、特に気を悪くした様子もなくこう告げた。
「では、岩壁にしよう。“岩壁”のルォ。なかなか語呂がよいじゃないか。つくづく思うのだが、私には名づけ親の才能があるようだな」
「そのようですね」
心底どうでもいいという感じで、ノックスは同意した。