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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第二章 魔法使いと壁の家
9/82

(1)

 対面式のカウンターの上に、どさりと書類の束が置かれた。


「では、これより聴き取り調査を行います」


 その前で、ルォは縮こまっていた。

 巨大な役所の()()にある、こじんまりとした事務室である。

 魔法局アルシェ支部。

 室内には十人ほどの役人がおり、何やら忙しそうに書類と格闘していた。

 魔法使いの新規登録には、ふた通りの流れがある。自己申告してきた者には聴き取り調査を行い、密告などにより嫌疑がかけられた者には、厳しい取り調べを行うのだ。

 ルォの場合は一般的な聴き取り調査だった。

 担当となった役人の名前はノックスといって、やや神経質そうな男だった。


「まずはじめに、氏名、年齢、出身地、魔獣の卵を摂取した日、親魔獣の名称、さらには行使可能となった魔法について簡潔に説明してください。親魔獣の名称が不明な場合、大きさや外見の特徴などでも構いません。後ほど魔獣図鑑にて確認してもらいますので」

「あ、う」


 緊張しきったルォのしどろもどろの説明を聞いて、ノックスは苛ついた様子を見せた。その気配をルォが敏感に感じ取り、さらにしどろもどろになるという悪循環に陥った。

 ルォの聞き取り調査は難航した。ノックスには机の上を指先で叩く癖があり、その速度はどんどん早くなっていき、最後の方は五本の指すべてを使って流れるように叩いていた。


「それでは、実技に移ります」

「じつ、ぎ?」


 ルォが連れていかれたのは、役所の地下にある薄暗い部屋だった。四方の壁と天井と床のすべてが石造りで、家具類は配置されていない。あるのは様々な武器や防具類、火のついた松明(たいまつ)、水の入った桶、そして木製の人形のようなもの。壁の天井に近い位置には鉄格子入りの窓がひとつあって、そこからノックスの声が聞こえた。


「では、能力評価を行います。どの道具を使っても構いません。君の能力が一番表現しやすい形で、魔法を行使してください」


 こういった指示がルォは苦手だった。具体的な作業内容を与えられていたならば、少しはましな形になっただろう。だが、すべての裁量を任されてしまった。

 どうしたものかと悩んでいると、鉄格子の窓から石壁を指先で叩くような連続音が聞こえてきた。


「――ひっ」


 その瞬間、ルォの頭は真っ白になった。

 石畳に手をつき、もぎ取る。新たな形を創造する余裕などなかった。拳よりもひと回りほど大きな石の塊のままだ。


「……それを、どうするのですか?」


 鉄格子から漏れ聞こえてくる冷たい声。


「えっと」


 ルォは混乱していた。手にした石ころを木製の人形に向かって放り投げる。だが届かない。石ころは人形の手前に落ちて、少しだけ転がってから止まった。

 鉄格子の窓の向こう側では、ノックスが頬を引きつらせていた。

 確かに道具類の使用は認めたが、床を壊してよいとは言っていない。施設の修繕について素早く計算を巡らせた彼は、余計な出費と事務作業が発生したことに対して、深い憤りを感じていた。


「ノックス君、どうかね?」


 その部屋にはもうひとり役人がいた。魔法使いの能力評価は、担当職員と直属の上司の二名で行う決まりになっている。ノックスの上司はまるでやる気がなく、二日酔いが残る赤ら顔でソファーに座っているだけだった。その態度を注意する必要性を、ノックスは認めなかった。時間と労力の無駄だからである。


「“はずれ”、ですね」

「そうか」

「石を削り取る能力のようです」

「ふむ、珍しいな」


 上司はあくびを噛みしめた。


「鉱山にでも出向させるか?」

「彼はまだ子供です。私の見たところ、栄養状態もよろしくありません。魔法の力も弱く、鉱山に送り出しても役には立たないでしょう。かえって苦情が増えるだけかと」

「では、どうするね?」

「実は、人材斡旋所に解体屋から見張り番の求人が出ていまして。短期の仕事ではあるのですが」


 解体屋とは、魔獣を解体し流通させる職人である。アルシェの街にとってなくてはならない存在だが、街の住人たちからは敬遠される傾向にある。彼らの多くは“壁外(へきがい)”の貧民区画に居住していた。


猛禽類(もうきんるい)の魔獣の力を取り込んだこともあり、かなり視力がいいようです。力仕事でもありませんし、適任かと」

「まあ、よかろう」


 登録用紙の上に、上司は大きなハンコを押した。

 “第四級魔法使い”。

 その実力、有用性ともに最下位。つまり“はずれ”の魔法使いである。


「さて、通り名は何とするかな」


 少しだけ楽しそうに上司は検討を始めた。

 魔法局に登録された魔法使いたちには、彼らの能力を端的に表す通り名が与えられる。特に法律で決まっているわけではなく、いつの頃から始まったのかさえ定かでない、それは古い慣例だった。


「石削り、石ころ、いやいや」


 上司はノックスが書き綴った調書を確認した。


「ふむ、特技は岩壁(いわかべ)登り、か。変わっているな」

「故郷の村で、碧苔(あおごけ)を取る仕事をしていたようです」

「ほう、ありゃあ焼いた肉にかけると実にいい。酒がすすむ。ノックス君、今夜あたり一杯どうかね?」

「いえ、遠慮させていただきます」


 上司に取り入ったところで出世が早まるわけではない。年功序列。これこそが、辺境勤務の役人の運命(さだめ)なのだ。上司にしても、つき合いの悪い部下に期待などしていなかったようで、特に気を悪くした様子もなくこう告げた。


「では、岩壁(がんぺき)にしよう。“岩壁”のルォ。なかなか語呂がよいじゃないか。つくづく思うのだが、私には名づけ親の才能があるようだな」

「そのようですね」


 心底どうでもいいという感じで、ノックスは同意した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ここでタイトルとなる通り名的なものが決まるんですね。 この辺のやり取りは好きだなぁ
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