(1)
「ノックス君、どうかね?」
上司の言葉に、ノックスは警戒した。
体調のことを心配しているわけでも、仕事の進捗状況を気にしているわけでもない。この「どうかね?」は、部下に新たな仕事を押しつけようとする時の、合図のようなもの。
「はぁ、何でしょうか」
このところ新規の登録もないし、自分が担当する魔法使いたちも問題を起こしていない。ノックスにとっては理想的な、平穏な状況が続いていた。
だが、それも終わりのようだ。
「例の少年のことなのだが」
「少年といいますと?」
「ほれ。“石ころ”の、彼だよ」
「“岩壁”のルォですか?」
「ああ、確かそうだったな」
自分でつけた通り名を、すでに上司は忘れていた。よくもこれで役人が務まるものだとつくづく感心してしまう。
第四級魔法使い“岩壁”のルォは、ひと月ほど前にアルシェの街で魔法使いの登録を行なった。担当となったノックスの印象は、やけに手のかかる理解力の低い少年、だった。しかも手続きの途中で逃げられてしまった。
王国に登録された魔法使いには、魔法局がそれぞれの能力にふさわしい仕事を斡旋することになっている。しかし魔法の力も弱く十歳の子供とあっては、国が管理する施設に働き場がない。人材斡旋所に解体屋から求人が出ていたので、とりあえず放り込むことにしたのだ。
「その仕事が、つい先日完了しました。実は依頼者から契約継続の希望がありまして。現在、案を作成中です」
しかも長期の継続契約。これはノックスにとって嬉しい誤算であり、渡りに舟でもあった。何かと問題を起こす魔法使いの責任を分かち合うことができるし、事務作業的にも負担が軽くなるからだ。
「実はな、ノックス君。魔法局に仕事の依頼が流れてきた。魔法使いの派遣要請だ」
そんな事情などお構いなしに、上司は説明を始めた。しかも書類をぽんと机の上に置いて丸投げである。
触れるのが嫌だったので、ノックスは書類に視線だけを落とした。
魔法使いたちは総じて無頼の輩だと思われているが、そうではない。無頼の輩たちが、窮して魔法使いになるのだ。彼らは魔法使いになった後も問題ごとを起こし、そのたびにペナルティが課せられる。ペナルティを解消するためには、国の仕事に対する無償奉仕活動、つまりボランティアを行わなくてはならない。予算のない部署にとっては、貴重な労働力というわけだ。しかしながら無償で駆り出される魔法使いたちの勤労意欲は乏しく、仕事先でさらなる揉め事を起こすことも多い。
書類の作業内容の欄には、廃城の清掃作業とあった。
「彼はまだ十歳の子供です。他の魔法使いに任せてはどうですか?」
「要件を見たまえ」
仕方なくノックスは書類を手に取った。ざっと目を通し、不可解そうに眉根を寄せる。
「成人男性、不可?」
つまり依頼者は、十五歳未満の子供か女性の魔法使いを要求しているということだ。これでは受け手がいないだろう。
要件が厳しく、予算もない。きな臭い依頼だとノックスは思った。役人としての勘が告げていた。この案件には関わらない方がよいと。
「どうだ、例の少年にぴったりの案件だろう?」
「ですが、彼は魔法使いの登録をしたばかりです。ペナルティなどありませんので、ボランティアというわけには」
「そこはまあ、君。うちの予算で何とかしたまえよ」
まさかの持ち出しだった。
資料の中の依頼者の欄を確認すると、王庭管理局とあった。王国内にある城館や庭園などを管理する部署である。
なるほどと、ノックスは嘆息した。
確か上司の細君は園芸が趣味だったはず。労働力を提供する交換条件として、王室御用達の苗か種でも融通してもらう算段なのだろう。
つまりは、家庭内の点数稼ぎだ。
ノックスは抵抗を諦めた。上司の心証を悪くするだけ損だし、時間と労力の無駄である。それにこの案件を片付けなければ、解体屋との契約も決裁が通らないだろう。
「分かりました」
「では、頼むぞ」
満足そうに上司は去っていった。
救いがあるとすれば、作業期間が十日間と短いことくらいか。しかし、現場までの距離が遠い。旅行馬車の乗車賃の他に、宿泊費まで計算しなくてはならない。まったくもって無駄な作業である。
苛立ちのあまり、ノックスは机の上を指先で叩き出した。
おどおどした少年の顔を思い浮かべる。
田舎村から出てきたばかりの子供では、旅行馬車の予約すら覚束ないだろう。理解力の低いあの少年に一から教え込むのは、さすがに骨が折れる。
かたんと指先の動きが止まる。
妙案が浮かんだ。
少年とともにここを訪れ、契約の継続を申し出てきた、あの解体屋の娘。
確か、クロゼと言ったか。
彼女を同席させた上で、仕事の説明をしてはどうか。妙に保護者面したあの娘であれば、こちらが頼まなくても、あれこれと少年の面倒をみてくれるに違いない。




