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第7話 聖女の再来 ②

関西弁って文章にすると案外難しい……。

 

 ───少年は“リクベ ユウ”と名乗った。


 ヨレた白い半袖の開襟シャツに飾りっ気のない黒いズボン、社会人というには少々だらしなく、私服というには少々畏まっている。

 壁の上に突如として現れた少年。

 彼はいったい…………。


 「明石朱 ミモザ。なんでオレは殴られた?」


 左頬を擦りながら雄は釈然としない様子で珍問を述べる。

 彼の左頬は打撲により少し赤くなっていた。

 その理由はいうまでもない。

 雄が件の質問をミモザに投げかけた瞬間、彼女の閃光の如き右フックが彼の左頬を捉え、風に吹かれる木葉のようにぶっ飛ばされたのだ。


 「なんでやろうなぁ? もう一辺、自分の胸に手ぇ当ててよ~く考えてみ」


 口調こそ軽かったがその声には怒りの感情がしっかりと込められている。

 ふむ……、とミモザの言葉通り自分の胸に手を当て、己の“非”を探す。

 ───が、しかし、今日この日まで女性というものを知らず、禁書(ライトノベル)の半ば間違ったような異性に対する知識しか獲得していない雄にとって自分の冒した過ちの理解など到底無理なものであって……、


 「わからん」


 と、3秒も経たないうちに返してしまった。

 次の瞬間、雄の前を歩くミモザの背中から殺気にも似たどす黒いオーラが放たれた。

 雄を除く周りの男達に戦慄が走る。


 「ほぉ……、“わからん”……かぁ……。───ほんならウチがその腐った性根に“モラル”ゆうもんを叩き込んだるわぁ!!!」 


 クワッ! と瞳孔が開き、獲物に飛びかかる肉食獣の如く、振り返りざまに雄に殴りかかるミモザを男達が慌てて止めに入る。

 さすがに大の男数人に抑え込まれたミモザは身動きがとれず、その姿は鎖に繋がれた猛獣そのもので、その気迫に雄は圧倒されると同時に戸惑いを覚える。


 「うぉっ! な、なんだ!?」

 「なんだやあらへんわぁ! いてこましたろうかぁ!! クソガキ!!!」


 17歳の少女とは思えないような怪力でミモザを抑え込んでいる男達を引きずりながら雄に迫る。

 さすがにまずいと感じたのか雄もそれに合わせて足を退く。


 「ミモザさん、落ち着いて! 暴力はダメってミモザさんが言ったんですよ!!」

 「これは暴力やない教育や! 放さんかいッ!!」

 「ダメですッ! 落ち着いて下さい!!」


 現在、明石朱 ミモザとその仲間達は六部 雄と共に彼女の自宅でもある『詰所』に向かっている真っ最中である。

 雄をぶっ飛ばし、一時は収拾したと思われていたその怒りも彼のあまりにも反省のない態度に再び爆発していた。

 結局、ミモザの怒りは『詰所』に到着するまで続き、雄が理由も判らず周りの男達に言われるがままに上っ面の謝罪の言葉を述べることで解決した。


 「もう、せいへんやろうな?」

 「はい……分かりました(?)」


 一体、なにをどのように了解すればいいのか───雄には皆目見当もつかなかった。

 とりあえず彼が新たに学習したことは“出会い頭に女性に対し『おっぱい』のことを訊ねると殴られる”という偏った考えに基づくトラウマだけである。


 「なら、エエわ。ほな、ここがウチの家や。今はお手伝いさんと一緒に暮らしとる」

 「…………」


 そう言って、ミモザは目の前に建つ棟門とそれから続く塀を指差す。

 その光景に雄は思わず絶句する。

 武骨な門構えは毒々しいケミカル色のジャージを着た年端もいかない少女が住まうにはあまりにも不釣り合いだが、この『恋愛特区』の混沌とした眺望を壮観した後ではこの飾りっ気のない武家屋敷はむしろ明石朱 ミモザによく似合っていると思わざる得なかった。

 ミモザの住まう場所はあばら家の点在する『没落地区』の中では一際壮大で、荘厳なものだった。

 約三十坪の長方形の土地の周囲を白い塀と堀で囲った敷地には切妻屋根に千鳥破風を持つ日本風の平屋造りの建造物と二階建ての民宿のような造りをした建造物が渡り廊下で繋がっている。

 『没落地区』の人間が『神殿』と呼称している建物は敷地の三分の一の面積を誇る日本風の建造物で、地区の人間達が信仰する宗教の礼拝を行う場でもあり、彼らのコミュニケーションの場でもある。

 一方の民宿のような建物はミモザが実際に暮らしている『詰所』であり、生活に必要な部屋が揃っている。

 また、この『詰所』は行き場を失った元・正統貴族たちが生活の目処が立つまでの宿泊施設として利用されており、そこでの家事全般を他の宿泊者達と協力して行うことが宿泊の条件である。

 ここは『没落地区』の人間にとって救済の場であり、信仰の場であり、コミュニケーションの場であり、平和の象徴。

 ミモザはここの住人というよりも管理者や大家である。


 大きさだけならあの雑然としていながら整然としている正統貴族達の一軒と大してかわらないミモザの家に雄は思わず感嘆の声を漏らす。


 (特区の人間とはこんな年齢から一家の主となるのか……。確かにこれはスゴいなぁ)

 

 「ほら、ボーッとしとらんでさっさと行くでぇ」

 「お、おう……」


 雄の感嘆を他所にスタスタと歩みを進めるミモザ達の後を慌てて雄は追いかけた。

 門をくぐり、砂利の敷かれた中庭を通り、『神殿』のガラス張りの両開きの扉の前まで来ると、ミモザは再び雄の方へ振り返った。

 そして、雄の顔の前に指を突き立てる。


 「ユウ、これからウチの仲間達の所へ行くけど、くれぐれも失礼のないように頼むで。女性もおるんや、さっきみたいなこと訊いたらグーパンや済まんからな」

 「分かった。失礼のないようにする」

 「後、ちっちゃな子供もおるんや。極力笑顔や。しかめっ面しとったらみんなの警戒心も高くなるからな」

 「了解」


 雄は大きく頷く。

 そんなに険しい顔をしていたのだろうかと今すぐにでも鏡で自分の顔を確認したかったが生憎とここには鏡はなく、扉のガラスを鏡代わりにしようとしても玄関からまっすぐ続く暗い廊下が透過されており雄の顔の詳細までは判らなかった。

 そんな雄を横目にミモザは扉に手を掛ける。

 扉が開かれドアクローザから空気の抜ける音が廊下に空しく響く。

 ほの暗い玄関はしんと静まりかえっていたがその空気には並々ならぬ緊張が走っている。

 張り詰めた空気の先、人々が避難している

  

 「みんなぁ~~!! 戻ったでぇ!」


 重苦しい空気を切り裂くような明るい声が廊下に響く。

 すると、部屋の奥から数人の子供達が駆けてきた。

 指をくわえている幼児から八歳くらいの子供まで年齢層には若干のばらつきが感じられる。

 その中の一人、最年長でありグループのリーダー格の男の子がミモザに駆け寄る。


 「───ミモザお姉ちゃん!」

 

 少年の安堵と歓喜が混じった表情にミモザも笑顔になる。

 彼の後ろで不安げな表情をしていた子供達もミモザの笑顔を確認すると安堵の表情を浮かべた。

 

 「おぉ! 大丈夫やったか? 怖かったやろ? もう心配要らへんで!」

 「ううん、全っ然怖くなかったよ!」

 「そっか……」


 安心したような口調で呟くミモザであったが彼女の心の内には一抹の不安が蔓延っていた。

 住民全員の避難は完了、パニックも避けられた、揺れの原因は未だに判らないが今のところ余震は起こっていない。

 だが、ミモザは自分の行いに後悔の念を抱いていた。

 避難のために『神殿』に集められた人々は『没落地区』に住まう全人口の十割、100%、完全である。

 その対象は、正統貴族達の居住区と『没落地区』の辺境を警備する人間も然りである。

 つまり、現在の『没落地区』はもぬけの殻になっており、警備体制は完全に麻痺している。

 もし、この状態で正統貴族の侵攻を受ければ一溜りもない。


 しかも、今、外部からの侵入者をすでに許している───。


 『神殿』の構造を感嘆の声と共に眺めている雄をミモザは横目で睨む。

 その視線に気づいたのか男の子は雄を指差し、あの人は誰か? と訊ねる。


 「あ、あぁ……アイツはさっきそこでうろうろしとった“ユウ”って奴や」


 自分の名前を呼ばれたことに気づいた雄は視線を子供達に向ける。

 子供達に警戒の色が浮かぶ。

 すかさず、ミモザの忠告を思い出し自分がとれる最高の笑顔を浮かべる。


 「はじめまして……オレは“六部 雄”。ヨロシク!」

 「…………」


 雄の笑顔がいけなかったのか、それとも他に原因があるのか子供達の顔には『警戒』の二文字が在り在りと感じられる。

 

 (クソ……! なんでオレがこんなガキ相手に気を使わなくちゃならないんだよ! こっちは夜通し走らされ、壁の中をあっちへこっちへと振り回されて一睡もしてないんだぞ)


 元来、自分よりかなり年の離れた子供がそこまで好きではない上に疲労と空腹により雄の怒りの沸点は平素より遥かに低くなっていた。

 雄の顔に不機嫌の影が目に見えて差す。

 その様子を瞬時に感じ取ったミモザは慌てて子供達に奥にいる大人達にも事態が一段落したことを伝えてくるよう依頼した。

 子供達も見知らぬ来訪者からいち早く離れたかったのか全員が走ってその場を後にした。


 「ユウ! スマイルや言うたやろ。あの子達あからさまに警戒しとるで」


 子供達が廊下の奥に消えたのを確認するなりミモザは雄の頭を小突いて咎める。

 その拳と廊下の奥を忌々しそうに睨む。


 「そんなこと言ったってガキ───いや、子供と接するのは慣れていないんだ。警戒心の解き方なんて……」

 「はぁ~……まぁ、しゃあないわ。アンタはどう考えても子供が好きってタイプやないしな」

 「まぁ、確かにそうだが……」

 「とにかく、こんな所で立ち話よりもまずは上がりぃや。腹も減っとるんやろ?」


 分かっているんだったらそんなことさせるなよなぁ……。

 そう思いながら雄は玄関でサンダルを脱ぎ奥の部屋に向かうミモザ達の後を渋々追った。

 彼女の後ろから思いっきり嫌味を言いたい気持ちを抑える。

 ここでそんなことを言ったら食事が遠退くのは目に見えていた。

 

 「…………」


 薄暗い廊下を10m程進むと雄の目の前に曇りガラスの引き戸が現れる。

 扉の向こうからは大勢の人々が小さな声でざわめきあっているのが聞こえる。

 ミモザが扉を開けると中にいた人々の何百という視線が一斉に向けられる。

 視線の先にいた『没落地区』の長の姿に彼女より遥かに年が上の大人達が不安と安堵の混じったすがるような表情になる。

 表の様子は? 先ほどの揺れ原因は? 余震はあるのだろうか? 私達は安全なのか?

 彼らの表情を見るだけで言いたいことが伝わってくる。

 そんな彼らにミモザは頼りがいある声で「大丈夫!」と第一声を発した。

 人々の間に一気に歓喜と安堵が広がる。


 「心配かけたな、みんな! とりあえずは大丈夫や。揺れの原因はどうやらただの地震やったみたいや! 今から各自帰宅準備をしてもらうけど余震の心配もある。十分に注意するように!! 後、辺境警備にあったとった者はここに残るように!」


 ミモザの言葉に畳の上に座っていた人々が立ち上がり避難所から帰る準備を始める。

 先行させておいたあの男の子の言ったことが功を奏したのか大きなパニックにもならず住民達が落ち着いて行動している。

 誘導係としてミモザに付き添った男の一人を指名し早くも『神殿』の外から出ようとしている人々の列の先頭に立たせる。

 冷静に、落ち着いて、ゆっくりと……。

 ミモザの心の中で焦る自分自身を言い聞かせる。

 今、この状況下で不安から解放されたばかりの住民を自分一人の焦燥で再び不安の渦中に巻き込むなど絶対にあってはならない。

 住民の帰宅もやはり避難同様、流れるように終了した。

 全員の完全な帰宅が完了したと報告が入ったのは作業を開始してから僅か30分後であった。

 数百人を詰め込んでいた『神殿』にはもはや数十人を残すだけとなっていた。

 残ったメンバーの顔を確認するとミモザの面持ちが引き締まる。


 「みんな聞いてくれるか? 今、この地区の警備体制はガバガバや。もしこの状況で貴族(やつら)が攻めてきたら一溜りもあらへん。そこで今から───」


 肝心の今後の指針を説明しようとした矢先、ミモザが言葉を切る。

 口を真一文字に結び、鋭い目付きで引き戸の向こう側を見据えた。

 その表情は厳しく、警戒を通り越して敵愾心すら感じられる程である。

 そこにいた辺境警備担当のメンバーも彼女の黙の理由を悟り警戒の色を浮かべる。

 場の空気が鋭い針のように突き刺さる。

 空気についていけていない雄だけが訳が解らず首を傾げる。


 「ミモザさん……」

 「あぁ……分かっとる。クソ……ッ! 遅かったか!」


 ミモザが忌々しそうに呟く。

 彼らは聞き逃さなかった───扉の向こうで廊下の床板が僅かに軋む音を……。


 誰か来る! それも一人やない!! 複数人おる!


 「総員、戦闘態勢……」


 小さく呟いたミモザの言葉に呼応するように殺気が場の空気を押し潰す。

 鈍感な雄も流石にこの空気には危機感を感じ彼らを見る。

 気がつけば、彼らの手にはダガーナイフ、特殊警棒、メリケンサック等の近接戦闘用の武器が装備されていた。


 「お、おい……、ミモザ、これは───ッ!?」


 雄がミモザに質問を投げかけたその刹那、曇りガラスの向こう側に模糊な黒い人影が見えたかと思うと引き戸が蹴破られ、激しい音と共に砕けたガラス片が畳に飛び散る。

 引き倒された扉の向こうにいたのは全身黒スーツのサングラス大柄な男の集団で感情の読み取れない視線をミモザ達に送りつける。


 (なんか、また似たような服装した黒いの増えたな……コイツらも宗教団体か?)


 「───道を開けよ」


 黒服集団の後方、玄関の方から何者かの一声が響く。

 口調、声音からしてかなり高慢な人物であると容易に想像が着くような声であった。

 すると、黒スーツ達が巨大な体躯を窮屈そうに壁際に寄せ、道を作る。

 廊下の奥から床板を叩く硬い足音が雄達に近づいてくる。


 「土足で上がりおってからに……」


 ミモザが怨嗟を込めた呪詛を唱えるように小さく呟く。

 

 「───Salve,scarafaggii.」


 高圧的で相手を見下したような嘲笑を浮かべながら金色の髪をした男女二人組が現れる。

 赤いラインの入った黒地のパンツにジャケット白黒赤の組み合わせの胸ベルトを左肩から掛け、腰にはサーベルが帯刀されており、裏地が赤、表地が黒のマントを羽織った男性。

 オールバックに整えた金髪が整髪料のせいでてらてらと光っている。

 豪奢なカクテルドレスを身に纏い女性で縦ロールの髪型がいかにもお嬢様という印象を受ける。

 そのドレスの色もいうまでもなく『黒』。

 二人の年の差はかなり離れており、夫婦と認識するより親子と認識するほうが適切だった。


 (黒い服の奴等しかいねぇ……)


 黒い法被の集団、黒いスーツの集団、黒マントに黒ドレス───そして、一人だけ白い学生服の少年。

 その少年は目の前で起きている事態についていけず、ただ黙って見物の姿勢をとっているが、一つだけはっきりとしていることがあった。


 ───朝御飯がまた遠退いた。

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