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魔王は死にたがりの聖女を拾い、今日も溺愛で生かしにかかる  作者: 蒼月よる


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二度目の夢

 二度目の夢は、より鮮明だった。目が覚めた瞬間、汗が首筋を伝っているのを感じた。シーツが湿っていた。


 同じ場所。石の壁に囲まれた円形の空間。壁面には古い文様が刻まれている。前回はぼやけて見えなかった文様が、今回ははっきり見えた。円と直線を組み合わせた幾何学的な模様。そして——文字。壁面に古代の文字が刻まれている。読めない。しかし見たことがある文字だ。カインの書庫で見た古代文献の文字に似ている。


 天井は闇に消え、中央に青白い炎が燃えている。前回と同じ構図。しかし今回は——すべてが一段階、輪郭を増していた。炎の色がより深く、より明るく、より——生々しい。


 炎の熱が肌に当たる。前回より強い。胸の紋章が激しく脈打ち、炎と共鳴している。引き寄せられるような感覚。この炎は——自分と繋がっている。聖女の紋章を通じて、炎とリーリエは一本の糸で結ばれている。


 炎の向こうに、女性が立っていた。


 前回は背中だけだった。今回は——少し横を向いている。長い髪が炎の光を受けて揺れている。金色に近い、明るい色の髪。横顔の輪郭が見える。若い女性だ。リーリエと同じくらいの年齢に見える。白い衣を纏っている。聖衣——リーリエが教会で着ていたものと同じ形の聖衣。


 声が聞こえた。


「……聞いて……」


 前回より、はっきりと。炎の轟音の中でも、声が通ってくる。


「お願い……聞いて……」


 必死な声だった。懇願するような。何百回も同じ言葉を繰り返してきたような、疲弊と切迫が入り混じった声。


 女性が振り向きかけた。炎の向こうから、こちらを見ようとしている。髪が揺れ、顔が——目が合いかけた。しかし炎が大きく揺れて、視界が歪む。


「あなた、は——」


 女性の声が途切れた。炎が一際大きく燃え上がり、視界が白に染まる。


 目が覚めた。


 リーリエは汗をかいていた。寝間着が背中に貼りついている。呼吸が荒い。心臓が、結界の脈動とは違うリズムで激しく叩いている。額を汗が伝い、枕に滴が落ちた。


 夢だ。夢——しかし、夢ではない。身体が覚えている。胸の紋章がまだ熱い。額の汗がまだ乾いていない。背中の湿りが、寝間着を通して冷たい。


 あれは夢以上の何かだった。前回より鮮明で、前回より——近かった。あの女性が、こちらに近づいてきている。あるいは——リーリエのほうが、近づいているのか。施術を始めてから、紋章が活性化している。カインの魔力が結界との接続に影響を与え、何かの回路が開き始めているのかもしれない。


 左胸の紋章が熱い。脈打っている。夢の中の炎と同じリズムで。


 今回は——カインに話そう。


 朝の茶の時間。


 リーリエは迷った。しかし迷いは短かった。前回は話さなかった。ただの夢だと思ったから。しかし二度目となると——ただの夢とは思えなかった。そして何より、カインが「こういうことは一人で抱え込むな」と言った。あの言葉を——信じてみようと思った。


 カインが向かいに座っている。今日は少し顔色が良い。昨夜は眠れたのだろうか。


「カインさん」


「何だ」


「夢の話をしてもいいですか」


 カインが茶杯を置いた。音がしないほど静かに。リーリエの顔を見る。深紅の瞳が真っ直ぐにこちらを向いた。


「聞く」


 一言。余計な前置きなし。「どうした」とも「何かあったのか」とも聞かない。リーリエが話したいなら聞く。それだけ。この受容の姿勢が——リーリエの口を軽くする。


 リーリエは夢の内容を語った。石の壁の空間。中央の青白い炎。炎の向こうに立つ女性。「聞いて」という声。今回はより鮮明で、女性の横顔まで見えたこと。壁面に古代文字が刻まれていたこと。白い聖衣を纏っていたこと。


 カインは黙って聞いていた。茶杯の中の茶が冷めていくのも構わず、リーリエの言葉に集中していた。背筋が僅かに硬くなっている。呼吸が浅くなっている。リーリエの言葉の一つ一つに、カインの身体が反応していた。


 しかし——リーリエは見逃さなかった。


 「炎の向こうに女性がいた」と語ったとき、カインの表情が一瞬固まった。ほんの一瞬。まばたきほどの時間。しかし目の奥の光が変わった。何かを思い出したのか、あるいは何かを思い出しかけて押し殺したのか。


 深紅の瞳が揺れた。蝋燭の光ではない。感情が揺らしている。


 リーリエは気づいた。しかし指摘はしなかった。今は——夢の話を最後まで語る。


「その女性が振り向きかけたところで、夢が途切れました。前回より——近かった気がします」


「……そうか」


 カインの声は平静だった。しかし茶杯を持つ手に、僅かに力が入っていた。指の関節が白い。


「何か心当たりがあるのですか」


 直球で聞いた。リーリエは遠回しが苦手だ。


 カインが数秒黙った。考えている。答えを選んでいるのではなく——何をどこまで話すかを判断している。天秤の両側に、真実と配慮が乗っている。


「……まだわからない」


 嘘ではなかった。完全な真実でもなかった。その中間のどこか。


「しかし、お前の夢は——ただの夢ではないかもしれない」


「と言いますと」


「聖女の紋章を通じて、何かが——誰かがお前に接触している可能性がある。結界と繋がっている聖女には、そういうことが起きうる。紋章は結界の窓口だ。窓口を通じて、何かが流れ込んでくることがある」


「誰か」


「わからない。だが調べよう」


 カインの声は落ち着いていたが、目の奥には——明らかに動揺があった。リーリエにはそれが見えた。炎の中の女性の話をしたとき、カインの中で何かが動いた。古い傷が開きかけたような。


 あの女性を——カインは知っているのではないか。


 しかしリーリエは問い詰めなかった。カインが「まだわからない」と言ったのなら、今は待つ。問わない優しさ。マリカに教わったこと。


「ありがとうございます。話を聞いてくれて」


 その言葉が自然に出たことに、リーリエ自身が少し驚いた。前回は話さなかった。一人で抱え込んだ。今回は話した。カインの言葉を信じて。


「話してくれて助かった。こういうことは——一人で抱え込むな」


 その言葉に、リーリエは小さく頷いた。


「はい。次に夢を見たら、またお話しします」


「ああ。聞く」


 朝の茶の時間が終わる。リーリエが席を立つ。


 カインは一人残された食堂で、冷めた茶を見つめていた。


 炎の中の女性。長い金色の髪。「聞いて」という声。白い聖衣。


 ——まさか。


 カインの拳が、膝の上で強く握られた。爪が掌に食い込む。冷めた茶の水面に、自分の顔が映っている。


 五百年前の記憶が、鎌首をもたげている。もう一度沈めなければ。まだ早い。まだ、あの話をするときではない。


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