番外編:最終話『二界の絆、蒼き鳳凰の飛翔』
6月10日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
京都の夜空を、禍々しい紫色の雷が激しく引き裂いていた。かつての都の中心、京都御所。
その上空には異世界と繋がる「巨大な眼」のような、悍ましい次元の亀裂が開きかけていた。
「遅かったな、賀茂の小娘。……いや、時行の残り香と言うべきか」
御所の中心に築かれた祭壇の上で、陰陽寮長・土門 観山が冷酷に嘲笑した。
彼の周囲には、異世界の魔神の欠片から漏れ出したどす黒い瘴気が渦巻き、無数の異形の怪異たちが狂ったように這いずり回っている。
「土門……ッ! お母さんを……この世界を犠牲にして、神にでもなるつもり!?この陰陽師の面汚しが!」
息を切らして駆けつけた永遠は、肩に乗る黒猫のジルと共に、眼前の巨悪を真っ直ぐに睨みつけた。
「神ではない、真の『統治者』になるのだ。あの男が偶然残していったこの次元の歪み……これこそが、停滞した現代呪術を次の次元へ引き上げる大いなる鍵!」
土門が扇子を鋭く振り下ろすと、瘴気から生まれた巨大な魔獣たちが一斉にトワへと襲いかかった。
◇◇◇◇◇
『トワ、出し惜しみはなしだよ! ボクの霊核を全開にする。――主から授かった『英霊の座』の概念とチャネリングを開始する。君の魂の階位を最大まで引き上げるよ!』
ジルの身体が美しい蒼い光の粒子となり、トワの全身を包み込む霊気の衣へと一気に溶け込んでいった。
ジルは単なる使い魔ではない。異世界でリーファスと共に数多の神魔を屠り、その魂に『英霊の座』へと繋がるチャネリング回線を直接刻み込まれた、世界で唯一の「鍵」そのもの。
ジルの霊核をバイパスにすることで、本来なら現代の陰陽師にはアクセス不可能な高次元の領域へ、トワの精神が強制接続される。
トワの脳裏に、叔父・時行が異世界で見てきた数多の英雄たちの姿が高速で過ぎ去っていく。
その中から、トワの魂――「愛する者を護り抜く女武者」の波長に最も強く共鳴した一つの高潔な概念が、現実世界へと力強く引きずり出された。
脳裏で数式がカチリと噛み合い、背後の太極図が回転する。
蒼炎の輝き全身を満たす。
「――我が身に宿れ、平安を駆け抜けた鬼神! 英霊降臨:巴御前!」
トワの背後に、気高い具足に身を包んだ美しい女武者の幻影が浮かび上がり、彼女の身体へと完全に重なった。
トワの両手には、純粋な霊力で編み上げられた、身の丈ほどもある強大な『強弓』が握られている。
「吹き飛べッ!」
弦を限界まで引き絞り、放たれた蒼い矢は空中で無数に分裂。空を覆い尽くしていた魔獣たちの眉間を正確に射抜き、光の雨となって雨霰と降り注いだ。
「な、なんだその術は……! 現代の陰陽術に、そのような召喚術は存在しない!」
驚愕する土門。しかし、巴御前の武の概念を完璧にインストールしたトワの猛攻は止まらない。
◇◇◇◇◇
「ジル、霊力変換! 次ッ!」
弓が光の粒子となって消えると同時に、トワは腰に現れた重厚な『太刀』を躊躇なく抜き放った。
神速の踏み込み。かつて木曾義仲と共に戦場を華麗に舞った巴御前の圧倒的な剣技が、トワの身体を完璧に統制する。
迫り来る地上型の怪異たちを、流れるような太刀筋で次々と一刀両断し、祭壇へと一直線に続く道を力ずくで切り開いた。
「おのれ……! ならばこれでどうだ!」
土門が祭壇の力を強引に解放し、強固な五芒星の絶対結界を展開する。
「そんな殻、叩き割ってあげる! ――薙ぎ払え!」
トワが太刀を豪快に放り投げると、空間から長大な『薙刀』が現れ、その手にぴったりと収まった。
大きく助走をつけ、渾身の力を込めた薙刀の一撃が結界の正面へと直撃する。
巴御前の剛力と賀茂の蒼炎が完全に融合したその一撃は、土門の絶対結界にビキビキと無数の亀裂を走らせ、ついに粉々に打ち砕いた。
「馬鹿な……陰陽寮長である私の結界が、ただの小娘に……!」
◇◇◇◇◇
結界を完全に破られた土門は、絶望的な表情で上空の亀裂へと必死に手を伸ばした。
「こうなれば、魔神の腕だけでも引きずり出して……!」
亀裂の奥から、異世界の空を覆うほどの巨大な魔神の瞳が、こちらの世界を冷酷に覗き込んできた。現代の霊力では到底太刀打ちできない、圧倒的な絶望の気配。
その時、トワの胸元の守り袋が、太陽のように眩い輝きを放った。
『――させないよ。こちらの掃除は、ちょうど終わったところだ』
通信越しに響く、叔父・時行の声。亀裂の向こう側、異世界の空で、妖精王オベロンの光を纏ったリーファスが、魔神の欠片を取り込んだ悪魔の本体へ向けて、宇宙をも覆う究極の杯を掲げるのが見えた。
『永遠さん、ジル! 私が向こう側から敵の核を砕く! 君はそっちから、次元の歪みの中心……土門の術式を撃ち抜くんだ!』
「うんっ! 行くよ、叔父さん!」
トワは薙刀を手放し、両手で最後の印を鋭く結んだ。
ジルの霊力、巴御前の闘気、そして賀茂の血が一つに美しく融け合っていく。
『妖精王の星穿!』
「急々如律令! 賀茂流奥義・蒼炎鳳凰撃!」
異世界からは、星すらも穿つ絶対の極光が。
現代日本からは、夜空を真っ青に焦がす蒼き鳳凰が。
二つの世界から放たれた最強の一撃が、次元の亀裂の中心で完全に激突した。
魔神の凄まじい断末魔の叫びと共に、次元の歪みは完全に浄化され、土門の醜い野望は眩い光の中に消え去った。
◇◇◇◇◇
すべての光が収まり、結界の解けた京都御所に静寂が戻る。
「が、はっ……馬鹿な……この私が……」
術式の暴走と蒼炎の直撃を受け、地に伏した土門は身動き一つ取れず、絶望に顔を歪め、仰向けに倒れていた。
そこへ、トワの身体から分離して元の姿に戻った黒猫のジルが、音もなく足を進める。ジルは冷徹な碧眼で土門を見下ろすと、その額へ向けてぽてりと前足を押し当てた。
じゅ、と肉が焼けるような嫌な音と共に、土門の額に小さな「肉球の痕」が焼き付く。
「な、にを……あ、ああああっ!?」
「これはね、主が賀茂の不届きな分家どもに掛けたのと同じ『呪』だよ。これでお前は、賀茂の家に少しでも敵意を向けた瞬間、永劫に続く凄まじい激痛に苦しむことになる。……一生、大人しくしているんだね」
ジルは冷たく言い放つと、一仕事終えたとばかりに、その場に座り込んで何事もなかったかのように毛並みを整え、顔を洗い始めた。
◇◇◇◇◇
夜が明け、京都の街に穏やかな朝日が差し込み始めた。
気を失って完全に再起不能となった土門を残し、トワは御所の芝生に大の字で気持ちよく寝転がっていた。肩のあたりで、霊力を使い果たしたジルが丸くなって静かに寝息を立てている。
『……永遠さん。聞こえるかい?』
お守りから、静かで温かい声が響いた。
「……うん。お疲れ様、叔父さん。そっちの状況はどう?」
『ああ、魔神の欠片は回収したよ。こちらも今、美しい朝日が昇っている。……よくやったね、永遠さん。私がたまたま残してしまった仕事を、見事にこなしてくれた』
「ふふっ。お母さんが言ってたよ。お兄ちゃんは昔から、何かやらかしても最後は必ずビシッと決める人だったって」
通信の向こうで、リーファスが少し照れくさそうに苦笑する気配が伝わってきた。
『……私が死に別れた時、お前はまだ2歳で、泣いてばかりいたのにな。いつの間にか、立派な陰陽師になったね』
「ちょっと! 私はもう18歳だよ! 叔父さんこそ、いつまでその若いイケメンの姿でいるつもり?」
軽口を叩き合いながら、トワは広大な朝日を見上げた。
空は繋がっていない。けれど、心は確かに繋がっている。16年の時を越えて再会した、二つの世界に生きる賀茂の血族。
「叔父さん。向こうの世界を平和にしたら……また、プリンを食べに帰ってきてね。お母さんと、お父さんと、リクトと一緒に待ってるから」
『……ああ。約束するよ』
少女と黒猫の戦いは、ひとまずの幕を下ろした。
異世界の英雄と、現代の女子高生陰陽師。二人の魂の絆はこれからも、蒼い炎のように温かく、力強く燃え続けていくのだった。
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