13話「世界はもう君を無条件で愛さない」
「よかった……!」
私は深々と息を吐き、胸を撫で下ろした。
シャルとレヴィンに一方的に別れを告げ、私はセントレアの中心部にある商工ギルドにやって来ていた。
ギルドには引き受けた依頼の資料がすべて保管されており、また問題を起こした建造物のリストなども随時更新されているはずだったからだ。
結果は――白だ。
リストは、真っ新だった。私は1年分の物を参照したので、つまり私がいない間、商工ギルドが手掛けた建造物には一切問題が起こらなかったことになる。
待て。
――なにも起こっていないだって?
「…………いや、それはそれで、ありえないですね」
都市工学に該当する分野は、メンテナンスが必須である。単純に利用者が多いので、それだけ消耗も早く、定期的に点検をする必要があるからだ。そして何一つ問題がないなんてことは、ありえない。
大なり小なり、なにかがあるはずなのだ――普通ならば。
「(ということは、おそらく……)」
すぐさま私は一つの可能性に行き当たった。
というか、私が追放されたことによって様々な事柄がエラーを起こし、バッティングを起こしているこの世界は、なにか変なことがあれば大体が「彼」がその背後にいるわけだ。
――神さまが。
「(おそらく、私を追放したあと、神さまは最低限のフォローはされたんでしょうね。私が関わっていたものが、私という存在を忘れても機能できるようにした。ただし、本当に最低限……だから見落としがとにかく多いし、強引に調整している部分も多くある、と)」
頭が痛くなってきた。
脳裏に数日前、天空のなんだかよく分からない場所で相対した金髪の美丈夫が思い浮かぶ。
神なのだから、そういう処理も一発でパパッとやれてしまえばいいのに。
そう易々とは行かない、ということか。
全能なら話は早かったのに……いや、そうだったら私は今ここにいないか。
「本当に何も事件が起こっていないかは調べる必要がありますね……一応、王国図書館に行って新聞記事を探してから、それから――」
誰も近くにいなかったこともあり、私は思わず心の声を口に出してしまっていた。
それからするべきことは――もう、私の中では決まっていた。
私は半ば衝動的に「天」を見上げていた。
この世界は、あまりにも「彼」の残り香が強すぎる。
私がいない一年で、彼は世界をわかりやすく杜撰なモノにしてしまった。
レイチェル・アラベスクはどうやら思っていた以上に、重要な「ジェンガのピース」だったということだろう。
それを無理矢理引っこ抜けば、本来ならパズルの塔は崩落していたわけだ。
だが、そうならないように、まさに「神の手」をそこら中から付け足して、塔が倒れないようにした。
けれど、その歪は難攻不落だ。
あとから戻って来た私が、塔の問題を探し回ってもすべてを発見することはできない。
ならば――あとは問題を起こした神に頼るしかあるまい。
「――お前がこちらに来る必要はない」
そのときだった。不意に、背後から声がした。
「今度は僕が地上に来てやったからな」
そこには一度見たら忘れるはずのない、際立った容姿の男性が立っていた。
神が、そこにいた。
――まるで人間のような服を身に纏い、小さな笑みを浮かべながら。
● ● ●
「神……さま……!?」
「そうだ。この世界の創造主にして、運営主。万物の頂点に位置する神とは僕のことだよ、レイチェル・アラベスク」
神さまだ。
そして今更ながら、たとえここが資料室だとしても、周囲がいつの間にか異常なほど静かになっていたことに気付く。
昼過ぎの商工ギルドは本来なら数え切れないほどの人間が出入りをする場所なのだ。
けれど、このときは。
まるで今から行く予定だった図書館に匹敵するような静けさだ。
これも神さまが現れる――いや、降臨する前兆とでも言うべきだろうか。
でも、さすがに驚いた。
なにしろ一切の気配すらなしに、いきなり資料室の中で声を掛けられ、振り返ったら目の前に神さまが立っていたのだから。
しかも、彼一人ではない。
その更に後ろ、資料室の入り口辺りに、見慣れない男性が背筋をピンと伸ばして佇んでいる。
異様に背が高く、冷たい眼差しを携えた――神さまよりは若干劣るが、それでも人間とは思えないほど美形の男性である。
私は彼のその立ち位置が、なんとなくレヴィンさんを想起させる気がした。
つまり――「侍従」っぽかったということだ。
もしかしたら、この人は神さまの秘書か何かだったりするのかもしれない。
「どうして、ここに……」
「わざわざ訊く必要があるか? 今、まさにお前は僕に会いたそうな顔をしていたじゃないか」
「それとこれとは話が別だと思います」
「ふん。お礼の一つでも言えたら、もう少し機の利いた女になれたろうにな……ま、これも『男心を転がす才能』を君に付け忘れた僕の落ち度か」
神さまが肩を竦める。
面と向かって蔑まれ、私はムッとした。
「いきなり、不躾ですね。それではまるで……私には男性心が全くわからないと言っているように聞こえます」
「事実だろう。君はこの世界の男からすれば、ドラゴンやデーモンよりも厄介な大敵だぞ?」
「……そんな地下迷宮にしかいない太古の怪物の名前を出すほどとは到底思えません」
「べつに冗談を言っているわけじゃないさ」
神さまが続ける。
「この世界はね。本来なら、男より優秀な女が――そう易々と受け入れられる世界じゃないんだよ」
「……!」
「『神なき世界』に一年いた君なら分かるだろう。この世界はね、まだまだ『ちゅーせー』って奴なんだ。男女平等ってなに? 美味しいの? って世界。
本当の意味で『人間』たり得ているのは男だけ。女はいわば『弾丸』にすぎないんだよ。一族を繁栄させるために、他の一族に打ち込むために生まれてくる。庶民なら『人手』だ。もちろん男の方が労働力としては都合が良い前提の、ね……」
神さまが笑顔の濃度を濃くした。
口角を大きく引き上げ、まなじりをじんわりと緩ませる。他者の心をざわめかせる悪辣な笑みだった。
「君が女ということもまた罪なんだよね。涙を飲んだ男も、嫉妬に狂った男も、君を憎々しく思った男も本来なら山ほどいたはずなんだ。まぁ、その辺りは僕が君に与えた祝福によって『なかったこと』になっていたんだが……一応、報告しておこう。それ――もうなくなったからね?」
私を一方的に罵った神さまは、最後の台詞をよく分からない呼びかけで締めた。
当然、私は尋ねる。
「…………どういう意味でしょうか」
「もう君は無条件で誰からも愛されたりしないってコト」
「え――」
「聞いたよ。婚約相手を募集するんだってね――僕に断りもなく。
これは、さすがに偉大な神である僕もキレたね。事前に一言あって当然だったんじゃないかな? もちろん、許諾なんてしてあげないから、無断で行動するのが正解だったかもしれないけどね……。
だから『お仕置き』することにした。神さまを舐めちゃいけないよ、レイチェル・アラベスク。君は神に挑戦状を叩きつけたんだぜ? もちろん、僕が攻撃に出る可能性を忘れていたわけじゃないよね。たしかに僕はあまりにも寛大で大らかな神さまだけど、君に関してだけは心を鬼にも悪魔にもする覚悟はとっくに出来てるんだ。一年前にね」
「たしかに君に与えた加護や祝福の大半を僕は取り消せない。いくら僕でも今から君を、このギルドで受付嬢をやっているようなフツーのお茶汲み女と同等の能力にすることはできないんだ。でもね――いくつか例外があることに気付いたんだよ!」
神さまはつらつらと話し続ける。
瞳は嬉々として輝き、時に怒りの炎に燃える。感情表現が本当に豊かな方だ。
神さまの所作は、あらゆる人間よりも人間らしいように思えた。
いいや、むしろ逆なのだろう。
――人間が、神に似ているのだ。
「おそらく、君を一度、僕の世界から追放したおかげだろうね……『世界全体に左右する加護』のいくつかに綻びが生じていた。その一つが『仁愛の加護』だ。要は『無条件で他人から愛されるようになる能力』なんだけど――」
そして、神さまが言った。
「今、この瞬間――『仁愛の加護』を取り外させてもらったよ」
私を真っ直ぐ見つめ、喜びと、そしてかすかな哀れみ、そして痛みの混じった目で、私を見下ろす。
「怯えるがいい、レイチェル・アラベスク。世界はもう君を無条件で愛さない。『君という人間』を彼ら、彼女らは自身の眼で見定めることになるんだ」
神さまは続ける。
「たとえば……ああ、そうだ! 君が勝手に親友だと思っている貴族の女の子がいたよね。名前は……シャルロッテ、だったっけ? まあいいや。とにかく、まだ街にいるはずの彼女に会いに行ってみるといいよ。
僕の予想なんだけど、彼女はたぶん今までとは全然違った態度で君に接してくると思うよ。だって君は――『最も神に近い聖女』とまで言われる存在だからね。神のように優秀な異端児なんだよ。僕は生まれてからずっと神さまをやっているから、わかるんだけど――」
そして決定的な言葉を吐き出した。
このために神さまは、わざわざ私の前にやって来たのだ。
「神には友達なんていないんだ。だから君にも友達ができるはずがないんだよ。だって、相手は人間だぜ? 存在としての程度が違いすぎるのに、どうやって仲良くなれるのさ?」
自身に反抗した私の心を――徹底的に叩き折るために。
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