三章 秘毒のシンシャ④
「――開け」
その場所は魔法で施錠されていたのか、グランツが言葉を発するとガチリと重い音をたてて解錠された。暗かった室内に次々と明かりが灯り始め、やがて全貌が明らかになると其処は巨大な書庫だった。
魔法で空間内を拡げているのか、上下左右のあらゆる場所には大型の本棚が浮かんでいる。そしてそのすべてにはみっちりと本が隙間なく詰まっていた。
その様相に驚きながら辺りを見回していると、書庫の中央に設えられたソファーにグランツは座った。グランツの膝の上に乗せられたまま、辺りを見回した。
「あの、此処は……?」
「此処にはファブリーゼ家に代々伝わる古書なんかも保管していてね。此処から持ち出すことはできないがこの場所でなら、いくらでも読むことは可能だよ」
本を読むことが好きなんだろう、そうグランツは告げると優しい手つきで頭を撫でてくれた。
「……どうして、そのことを」
「オルヴァ、キース、オリエッタという使用人から訊いた。三人とも、とてもキミのことを心配していたよ」
「皆さん……」
既に使用人達から話を訊いていたことにも驚いたが、三人の名前を聞くと心がホッとする。リセッシュ家で思い浮かぶのは、意地悪な義母と義姉のことばかり。だからこそ、親しくしてくれた人達の幸せだけでも願わずにはいられなかった。
「…………」
それに加えて、グランツの心遣いに密かに胸打たれた私は自分で何かグランツに返せるものがないかを考えた。けれど、魔法は使えない。活かせるものは鼻だけ――改めて自分の才覚の無さに打ちひしがれそうになる。
「イヴ……? どうしたんだい」
「ひゃ……!」
無言のまま考え事をしていたせいで、グランツに不意に名前を呼ばれるとあたふたと慌ててしまった。
「あ、あの……グランツに御礼をしたいのに、何かお返しがしたいのに……良いものが思いつかなくて」
素直に白状する。
「……それで黙り込んでいたのか。いいんだよ、お返しなんて考えなくても」
「そ、そうはいきません……私、初めてだったんです。こんなに色々して貰えて……まるで、夢みたいで。ファブリーゼ家に行くことが決まって、私自身不安しかなかったのに、グランツは全部幸せなことに変えてくれました。だから、何か御礼がしたいんです……!」
してもらってばかりでは、不公平な気がしてしまう。
思わず、ムゥと頬をわずかに膨らませるとグランツは何が面白いのかクスクスと楽しそうに笑った。
「わかったよ。……それなら、イヴのことを少しずつ聞かせて欲しい。好みや色、花でもなんでもいい。キミ自身のことを、もっともっと私に教えてくれ」




