二章 イヴとグランツ③
「申し訳、ございません……泣き止みたいのに……」
身体と心が噛み合わない。
落ち着こうと必死に考えても涙は止まらず、それに困惑していると不意にフワリと暖かい何かに包まれた。
「グランツ……?」
「泣かせてすまないね。イヴ」
気付けばイヴはグランツの腕の中にいた。涙で衣類が汚れてしまうのに、そんなことも意に返さず、グランツは優しく抱き締めてくれた。
骨ばった掌が涙を拭い、もう片方の手は頭を撫でる。
優しい声が、耳朶を打つ。
グランツも緊張しているのか、トクトクと少しだけ早く心臓の鼓動が感じられた。
(何故……?)
言葉が頭の中に浮かぶ。
(どうして……?)
不安が次々と浮かぶ筈なのに、ゆっくりと花弁のように散っては消えていく。
グランツといると、まるで魔法のように不安な気持ちが消えていく。会話をしてくれることが、嬉しかった。私のことを一人の女性として見てくれることが嬉しかった。
もっと感謝の気持ちを伝えたい。
なのに、ひと呼吸する度に喉の奥が痙攣し嗚咽ばかりが溢れてしまう。そんな情けない姿など、見せたくない……自分の思い描く“令嬢”として、あるまじき行為であるというのに――リセッシュ家で流していた冷たい涙とは違う、温かい涙が溢れ続けた――。
✿ ✿ ✿
それからどれくらいの時間、身を寄せ合っていただろうか。イヴ――彼女が泣き止むまでグランツは優しく頭を撫でてはずっと慰めていた。
終始、緊張してはいたものの泣いている女性を放置することなどできない。それがましてや愛しい相手ならば尚更だった。
「わ、私は……黒真珠と呼ばれるような価値なんてないんです……」
嗚咽を漏らしながらも、彼女はリセッシュ家で呼ばれていたという“蔑称”を自ら口にした。それを耳にした瞬間、怒りから顔色が変わったものの、オブシディアンによって密かに送られた合図によって気付いたグランツは、すぐに表情を引き締めた。
「イヴ……此処ではそんな言葉は忘れることだ。誰もキミを虐げる者などいない。イヴはイヴらしく在ればいい。それを私は何よりも望んでいるよ」
私はたまらず、名前を呼ぶ。
彼女が愛おしくて仕方がなかった。
護ってやりたいという庇護欲ばかりが胸の内に膨らんだ。
「嗚呼、紅茶も冷めてしまったか。新しく淹れ直したほうがいいね。――シンシャ」
「はい、此処に」
私の一言によって、シンシャは恭しく一礼すると彼女の紅茶を取り替え新しい物を置いてくれた。
そうして彼女が改めて席に座るとそっと見守った。涙で目元を濡らしながらもカップから一口紅茶を飲む姿に密かに安堵する。そうして彼女が「美味しい」と微笑むと、私も紅茶に口をつけた。
「焼き菓子もシェフの手製なんだ。是非食べてやってくれないか」
「は、はい……」
飲み物を口にし、ひとまず落ち着きを取り戻したイヴ。食べるスピードや所作を合わせてやりながら、ゆっくりと時間をかけてアフタヌーンティーを堪能した。
そしてアフタヌーンティーが終わる頃には、微かではあるもののイヴの顔には笑顔が戻っていて、それが酷く心を和ませた。




