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セカイ→イセカイ→イイセカイ(終)  作者: 夜行性光合成
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第ニ話 イセカイセカイイイセカイ 

(俺はいったい……そうだ信号機……。)


それは一瞬の出来事ではあったが、走馬灯の見せた世界か永遠の夢にも思えた。


(俺は横断歩道を渡ろうとして……信号機が青だったから。でも俺以外だれも渡っていなくって……信号機は赤で。)


トラックにて轢かれた。


信号無視にてトラックにて轢かれたにて。



(違う!!!確かに信号は青だったはず……!ならばどうして?渡る直前に赤になった?いや点滅してから切り替わるからありえない……。つーか誰も渡っていなかった!青だと思い込んでいた?)


真実がどうだあろうと大いなる皮肉である。唯一のアイデンティティを否定されたのだ。


(あはぁ……ざまあねぇな。まさか俺が轢かれるなんて。

轢かれて。……俺は死んだのか?)


【荒唐無稽】


(俺は死んだのか?)


だが死んだ人間が「死んだのか?」と尋ねるのだろうか?


『いったい誰に?』


(そう俺はまだ生きている。感覚がある。意識がある。 

ではここはどこだ?)


だから重い瞼を薄っすら開ける、と強い光が差し込んだ。


「うっ……」

「やっとお目覚めかしら。」  


(!?)


「誰かそこにいるのか?」

「ええそうよ。」


強い光が眩しすぎて対象の姿を捉えることができない。しかしその声にはどこか包容力があったので、どうやら女性らしいことが分かった。 

(女の声か?「やっとお目覚めかしら」とか「そうよ」とか壁のような……そんなことはどうでもいい、それよりも……)


「……俺は死んだのか?」

顔を声の方に向けて言った。瞼は閉じていた。

「いえ、生きてるわ」

「え?ああ、そう……」


ようやく光に目が慣れて、ぼやけていた視界がくっきりと晴れる。辺りはしっとりと薄暗い。先程の光は何処へ行ったのか。ともかく光源を探ろうと頭を上げた。ランプや蛍光灯は無く、その代わりに天井一面、色とりどりなガラスを通して太陽が輝いている。また少し視界が滲んだ。


「あれは……ステンドグラス?」 


実物を見るのは初めてだ。たくさんの色のガラスが円状に、そして規則を持って大きな木を囲っている。その木にはリンゴのような赤い果物が成っていて、しかしその絵の意味は理解できなかったが、分かったことは一つある。


「てことは教会?やっぱ死んだの俺?」

「だから生きてるって言ったじゃない。」

「いや…でも信号機が……」

先の光景がフラッシュバックして、反射的に後ろを振りかえる。

「シン……ゴウキ……何かしらそれは?」

「は、はぁ?知らないの!?信号機だよ!?シ・ン・ゴ・ウ・キ!!!」

怒鳴るようにして問う。荒唐無稽な出来事の連続が、彼女の言葉を質の悪い冗談に聞こえさせていた。


「いや……知らないわ」

苛立つ態度を見て彼女は申し訳なさそうに言った。

「え……じゃあ車は?」

「クルマ?……まあいいわ、それよりどうしてアナタがここにいるか知りたいでしょう」

答えることはなく、強引なほど彼女は話をすり替えた。


「はぁ…どうして?」

「ここに来る前に何か未練がなかったかしら」

「未練……」


青だと思っていた信号機が赤だったとか。恨めしく裏切られたと言えばいいだろうか。


(しかしそんなことで?)


とても信じられない。仮に彼女が本気で言ったと分かったとして、仮に俺が彼女だったとしても。


(そもそも俺以外の人間はここにいないのかって……。)


もう一度天井を見る。ステンドグラスは幾何学模様だが、カラフルな色使いでそうは見えなかった。赤や青、もちろん黄色だってある。


「えっと……」

言葉に詰まって女の目を見る。

「ああ、カッペリでいいわ。それで?」

「僕とカッペリさんの他には誰かいないんですか?」

「今はアナタが初めてよ」

今は。これから増えるってことなのか。過去にもいたってことなのか。今は初めて――不思議な言い回しだ。

「……"未練"だけ?他にも条件があるとか……」

「ヒ・ミ・ツ♡これから分かるわ」

当然あるのだろう。荒唐無稽に死ぬ為には殺さなれければならない。

「じゃあ"来た"のではなく"呼ばれた"とか?」

「それもヒミツ。じゃあそ…そろ……」

すると突然、カッペリの声が不自然に途切れる。

「えっ?」

「やっ…りダメね……こ…からじゃ魔法……が届かな…わ」

「ま……魔法ぅ?」

 更にの声にザーッと音が被さった。ラジオのノイズのような荒い音である。まったく何を言っているのか分からない。

「サ…サブン」

「……え?」

それは荒唐無稽、突然だった。

「サーブン サラニボ。」

「サー……えっなに?」

ノイズが混じったと思えば、彼女の言葉は異国を思わせるようなアクセントに変わった。

「サブン!サンプロレージ!!!!」

「いっいや知りません……」

気味が悪くなり、両の腕を胸の前で交わらせて身体をのけぞった。いかにもな拒絶のポーズである。

「ルニモダシヌワンスターブン……!」

「ちょっと……だから何言ってるか…痛っ!」

いきなり俺の腕を掴み、引っ張ったのだ。


(なんだこいつ急に!まさか敵っ!?)


ならばこちらも負けられない。


(帰宅部の心得その一!帰宅部たるもの筋トレをすべし!

こちとら女子供に動かされるほど、ヤワな筋肉してねーんだよ!)


「んーーッ!!んーーッ!!!」と全身に力を入れての必死の抵抗。

「サブンッ!!!サラニボッ!!!」

「いっ、いや大丈夫なんで!大丈夫なんでっ!!!」

だが彼女も負けじと腕を引っ張る。

「ハァ……カラゾニフ…」

「え?」

しかし諦めたのか彼女の力はしだいに弱まり、やがて手を離した。


「んぐ!!!……あっちょと!!!」


余りにも急である。バランスを崩し、どうしようもなくなって後ろに倒れてしまう。


「いっで!!!」


後頭部を床に打ち付けた。鋭い耳鳴りと共に、鈍い痛みが全身に広がる。ぎっしりと嵌められたステンドグラスの模様が涙で歪んだ。


「うっ……たぁ〜」


肯定的に捉えれば生きているからこその痛みなのだろう。だがそんな余裕はない。


「痛ったいなぁ!殺す気か!ってことは俺は殺されるために生き返ったってわけか!?」

先ほどよりも強い口調で言った。もはや全ギレである。

「……。」

「…あれ?」

てっきり通じることのない言語で怒鳴り返されるのかと思ったら彼女は何も言わなかった。しん、と沈まった。

(少し言い過ぎたかな?)


「サブン……」

少しの沈黙後、彼女の手が俺の頭を撫でた。

「!?」

唐突で、だから驚いて固まった。

「あっその……大丈夫っすよ、痛みは引いたので」 

女性に頭を撫でられるのは初めてだ。思わず照れてしまう。


「……。」

耳の上に彼女の手が優しく乗った。


「なっ、何ですか?」

俺は手を彼女の手に重ねようとした瞬間、彼女は耳を抓ね上げて引っ張った。


「え?………痛っ…ちょっと痛いって……どうして……」

この女の策略にまんまと嵌ってしまった。耳を引っ張られながら外に連れ出される。


「ごめんなさい、えっと……」 

「急に耳なんか引っ張る人に、名前なんて教えるわけないじゃないですか。」

「悪かったわ。……あの場所は"プラセンタ"と呼ばれていてね、長くとどまると還元、戻れなくなるの」

「戻れなくなる?」

「そうよ」


「じゃあなんで僕は平気なんですか?」

「いくつかの理由は考えられるわ。でもどれも断定できるものじゃない」

「答えられないってことですか」

「そういうことになるわね」


「……さっき言ってた"魔法"ってのは?いきなり言葉が通じなくなったのもおかしいですよ。」

「……。」

「それも"言えない"ですか?」

「……答えてあげるわ、緊急事態だったとは言え乱暴したのは悪かったし」


反省の色を含んだ顔で話を続ける。


「生命はね、"魔法"というもので出来ていると言われているわ。その魔法ってあらゆる事に利用されているの。例えばあなたと私、同じ言葉で喋れているじゃない?」

「あっ、ああ。そういえばそうですね。じゃあノイズが混じったのは?」(魔法……ありとあらゆる根源……エネルギーのこと?だがあえてそれと魔法を区別することに意味があるのか?)


「滅多に起こることじゃないわ。さっきも言ったあの場所はちょっと特殊なの」

「プラセンタ……魔法が使えない」

「そう、まだ原理は解明されていないけどね。あそこに居続けるとやがて生命維持にも危険を及ぼすわ。」

「魔法によって生命が創られているから……。それでもいたら?」

 

「……さあどうかしらね。」

「死ぬとか」

「分からないわ」

「じゃあ……無に帰す?」

「そうかも知れないわね」


彼女が嘘をついているのか、表情からは読み取れない。


(魔法自体もまだ解明されていないということか?)


「じゃあ僕は何なんですか?あそこにいたんでしょ?」

「私が知りたいわよ……」

「えぇ……」

彼女にも知らないことがあるのだろうか。或いは隠しているのだろうか。


「……座学はこれでおしまい。じゃあ行くわよ!」

「行く?…どこへ?」


聞いた所でどうしようもないだろうと思ったから、もはや呟くように言った。案の定に彼女は答えない。再びステンドグラスが気になった。雨や土ぼこりで汚れることはないのだろうか。掃除をする人がいるからか。考えてもしかたないので、もう見ようと思わなかった。






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