第二十一話 ラブラブ・ラブパワー
愛は爆発だ。
ヴォイドの能力を知ってなお、クランが取った策は正面からの攻撃だった。当然と言えば当然だろう。聴力が奪われようが耳がなくなろうが、ヴォイドは能力によって音を聴くことが出来るのだから、クランに出来ることは、それを許したうえで乗り超えることだけだ。
しかし、それはヴォイドの圧倒的優位を意味する。
『絶対聴力』――発動。
流石に思考のような抽象的なものを音として聞き取ることはできないが、クランが予想した通り、それは筋肉・関節の動きや魔力の流れすらも正確に音として感知する、チートじみた能力だ。クランが次何をしようとしているか、そこから簡単に予測することができる。
集中する魔力の音、凝縮の度合い。次の攻撃は、広範囲への爆破。逃げ場をなくして手傷を負わせようということらしい。しかし、それだけではない――微かに足の方へ魔力が動いている。爆破は目くらましか。喰らいながら突っ込むつもりなら大した根性であり、大抵の人は不意を突かれるだろうが――無意味だ。
「吹っ飛べ!!」
クランが火球を投げやると、それが二人の真上で爆発するが、そんなことは知っていた。投げる前から発動を始めていた石の壁がそれを防ぐ。同時にクランが意地と根性で踏みとどまり、炎を纏った蹴りを仕掛けてくるが、――これも知っている。
「――無駄」
この能力を生かすため、ヴォイドはこの戦い方を極めたのだ。
こんな男に、破れる能力ではない。
クランの足を、正確に狙った石の棘が穿つ。蹴りとちょうど衝突したそれはクランのバランスを崩し、攻撃の手が止まる。そこへ心臓めがけ、石剣を突き刺す。
「まず、一回」
「っ――!!!!」
クランがその剣を爆破しようとしていることが分かったので、ヴォイドは大きく飛びのいた。直後、剣が木端微塵に砕け散る。クランの傷は一瞬で癒え、立ち直るが、大きく魔力量が下がった。致命傷の治癒をしたせいだろう。
「この調子で続ける気か? お前が何度蘇ろうと、俺に傷はつけられない」
「ふ、ふふふっ。でも、楽しいよなあ?」
クランはそれだけ言って笑う。気に食わない。が、気に食わないだけだ、殺し続ければ二度と見ることのない笑顔になるだろう。
先ほどから動きのないティベリオの方はと言えば、魔力を手に集中させたままじっとクランの背後でこちらを窺っている。彼は正真正銘生身の体のようなので、隙あらば遠隔魔法で殺しておきたいが……今のところ、そんな隙はない。寧ろこっちが殺しにくる瞬間を虎視眈々と狙っているようでもあり、手を出す余裕はなさそうだった。
ヴォイドはクランに意識を戻す。眼前の男は、やはり笑みを崩さずに。
「ふふ、はははっ――ま、あんな方法じゃあ、ダメだってことは分かった。だったら……押し潰すさ。この状態の俺の火力、舐めんじゃねえぞ。先読みで、止められるもんなら止めてみろ!!!」
言葉の間にも、その手に凄まじい魔力が収束していく。最大火力――、恐らくは超威力の全体攻撃。ヴォイドの盾すら貫通し、それごと吹き飛ばして何もかも終わらせようという魂胆であろう。
「これは……!!」
凄まじい魔力だ。止めに行くか、とヴォイドは迷った――しかし今止めたところで、行き場を失った魔力はどうせ爆発を起こす。攻撃中のヴォイドは決して鉄壁ではない、傷を負うだろう……それこそがこいつの思惑の可能性がある。ここまであからさまに魔力を溜めているのは、そのためか。
だったら最適解は、こいつが魔力を溜める時間を利用して、自分もそれ以上の鉄壁の盾を構築すること。
「いいだろう、受け止めてくれる――」
岩の壁が幾重にも重なり、その爆発に備える。読み合いなどない、純粋な力と力の勝負。岩に隔たれ、クランの様子は見えなくなるが、全てヴォイドの能力によって音として伝わる。
「おう、受け止めてくれよ。俺の、全身全霊を!!!」
クランが光るその暴走寸前の球を、大きく振りかぶってヴォイドの方へと投げつける。その魔力量たるや普段のクランの全てをもってしてもまるで足りないほどである。解錠による潤沢な許容量を超えた魔力を、目いっぱい注ぎ込んだ一握の光。それが、ヴォイドの作り出した岩壁と接触し――、爆発する。
光と衝撃、熱と風圧。吹き飛ばされそうになりながら、ヴォイドはその様子を、威力を知る。盾は一瞬で一枚、また一枚と砕け散り、瓦解していく。だが、まだだ、まだこの程度で終わるわけにはいかない。
更に神経を集中し、防御壁を立て直す。作っては壊れ、作っては壊れの応酬が、爆発の最中というあまりにも短い時間の中で繰り広げられる。ヴォイドは冷静だった。そして最後の一枚をもってして、なんとか衝撃と熱を殺しきり――。
その瞬間。眼前に、クランが拳を振り上げて飛び込んできた。
――それは知っていた、いや、“聴いていた”。
だが、避けられない。避ける暇などない!
彼はティベリオの風によって自分が吹き飛ぶのを免れると、最後の勝負に出たのだ。ヴォイドは岩壁を作りなおし続ける間に、彼は己の強化魔法を発動させた。オルクスが掛けたそれは、対象となった者の合図に呼応して力を増す、疑似的な意思を持つ強化魔法。そしてこちらへと、殴りかかってきたのだ。
その一撃には、真に全身全霊が込められているだろう。
喰らえばヴォイドもタダでは済まない、が、爆発を凌ぐことに心血を注いでいたヴォイドには避ける暇など与えられない。詰まされた、と言って差し支えあるまい。
能力を許した上で叩き潰す、というたった一つの対策。
彼はそれを選び、そしてそのための最善手として、己の再生回数を減らすことも厭わず魔力を集め、超威力の攻勢を仕掛けた。恐らく、判断は間違っていない。
ゆえに。
認めよう、クラン・クライン。
お前は、二つ目の能力を使うに足る相手であると。
「能力、解放――」
道を閉ざせ。
敵を阻め。
わが身を守る最後にして最強の盾。一つの傷も、許してはならぬ!
「『魔極の双手』、応えよ!」
そして、二つはぶつかり合い――。
ヴォイドの腕は、クランの拳を、止めた。
「な、なぁぁ……っ!!!」
クランの口から、驚愕の声が漏れる。
止めたのは、ヴォイドの腕に『装備された盾』――その盾から放たれる半透明のシールド。それがクランの全身全霊を賭けた一撃を、いとも容易く受け止めていた。代わりにヴォイドが腕に巻いていたはずの包帯はなくなっている。そしてクランの髪の色は、茶色に戻っている。今の一撃で殆どの魔力を使い果たしたのだろう。
「嘘、だろ……!?」
流石のクランにも、笑顔はなかった。それはそうだ、渾身の一撃、最初にして最後の攻めが、回避ならともかくも、一歩たりとも動くことなく片手の盾だけで受けきられるなど、想像だにしていなかっただろう。後ろでティベリオが、息を呑む。
「まさか、それは……クランと、同系統の……」
「……そうだ」
見ればわかることだ、誤魔化す気はなかった。ヴォイドは端的に返事をする。
第二の能力、『魔極の双手』……それは本来、腕につけた装備を自在に変化させる、というだけの能力だ。ヴォイドはそれをより強靭にすべく、腕につける装備に「魔力を溜め、解放する」力を持つものを選んだ。能力発動の際にその魔力を使うことで、凄まじい力を持つ装備を顕現させることを可能にしたのである。
今、包帯がその形と性質を変え、成ったのは、“最後にして最強の盾”『インプレグナ』。ヴォイドでも一か月の魔力溜めを必要とする、彼が顕現させられる最強の防衛装備である。見た目は小さな盾だが、それは円状に広がる空間属性のシールドで術者と外界を完全に隔て、全ての異物を一定回数シャットアウトすることができる。無論――それがクランの全身全霊を込めた一撃であれ、変わらない。
「さて……終わりにしよう!!」
ヴォイドは踏み込んだ。今度はこちらの全身全霊を、籠めるとき。
クランは、まだ諦めなかった。そこが彼の強さなのだろう。ヴォイドが動くとすぐに反応し、しかも退くのではない、ヴォイドの攻撃こそ好機とばかりに迎え撃つ構えを取る。ほぼすっからかんな魔力でも、それでも、残ったオルクスの強化魔法だけを頼りに戦おうとする。
その姿勢には敬意を払う。が、それもヴォイドの予測のうち。
ティベリオの音はしない。彼が何を静かに狙っているかはわからないが、今は、一騎打ち。ならば――勝ちはもう決まったようなもの。
ヴォイドの能力は、魔極の双手。
即ち――両腕に宿る力。片腕は盾に使ったが、あと、一本ある。
「能力、解放!! 応えよ、『魔極の双手』!!」
包帯が形を変え、手の甲部分に刃がついた籠手となる。
そして……その瞬間、周囲の時間が遅くなった。いや、正確にはヴォイドが早くなっているのだ。
――この籠手型の武器『パルミナル』は、『インプレグナ』が最強の防具であるのと同様に、ヴォイドが顕現させられる最強の武器である。その効力は絶大であり、時間属性の魔法により、装備者を時間の束縛から解き放ち、加速する。
先読みするまでもなく。
クランの、時に囚われた拳は、簡単に見切れる。
その動きに先んじて――クランの胴へと、ヴォイドは籠手を突き出した。狙いは無論、心臓である。クランは驚きの表情を見せながらも、冷静だった。心臓を貫かれる一瞬前に、二人の間でほんの小さな爆発を起こし、自身とヴォイドの位置を微妙にずらした。そしてその胴に、籠手についた剣の切っ先が差し込まれ。
ざく、と鈍い音。――その場に響いた、刺突音。
「が、あ……っ」
急所は器用にずらされたものの、その効果は明らかだった。
もう再生能力も、いや、ヴォイドの剣を抜き取る力すらないクランの体が、戦闘狂の動きが、停止する。
「俺の勝ちだ」
決まりきった勝ち。決まりきった結末。
淡々と、ヴォイドはそれだけ宣言し、クランから意識を逸らした。あと残るのは奥のティベリオだけ。こちらが何を目論んでいるか知らないが、彼の音さえ聞き逃さなければ負けはしない。
そう、その時ヴォイドは、クランと対峙してから、初めて。
クランから、意識を逸らした。
「――っ、え?」
クランを廊下に打ち捨てようとしたヴォイドは、戦慄した。彼の片腕、最強の盾『インプレグナ』を装備した方の腕を、何かが掴んだのである。凄まじい力で、逃がすまいと、しっかりと。
それは、クランの手だ。
狙いに気が付いた時にはもう遅かった。ヴォイドはティベリオの魔力が一気に高まる音を、聞いた。ティベリオがその瞬間だけを狙っていたこと、クランが最初から再生を使い切った瞬間に勝つつもりであったこと。すべてを理解したが……すべて、手遅れだった。
クランから意識を逸らした瞬間。クランがもう動けないと結論付け、“音を聴くのをやめた瞬間”――クランの音がすべて雑音と認識される時、それを彼ら二人は待っていたのだ。不意を突き、ヴォイドを捉えるために。
盾『インプレグナ』の発動のためには、構えなくてはならない。クランは見抜いたのだろう。無駄を省いて最適解を求めるヴォイドがわざわざあの状況下で盾を向けたということは、空間遮断の発動に必要な動作であるのだと。だから、腕を掴んだ。
盾を封じられたヴォイドに、この一瞬、攻撃を防ぐ術は――なくなったのだ。
しまった、と嘆く暇もあればこそ。
「ふ、……」
目の前の狂人が漏らす、小さな吐息。
最後にヴォイドは、クランの顔を見た。
彼は満身創痍で、しかし、笑っていた。勝ち誇った笑みではない。ただ、ただ、楽しんでいた。
……戦いを楽しむ。
それは、ああ、それは。
ヴォイドは何かを思った気がしたが、自分の思考を纏める前に――そして勿論、クランの手を振り払う前に、魔法を発動する前に。
その瞬間だけを待っていたティベリオの巨大な風刃に、体を引き裂かれた。
***
がくり、とヴォイドの体が崩れ落ちる。クランもまた、満身創痍で膝をついた。
すべてを繋ぎとめたのは、オルクスの強化魔法だった。これがなければクランはヴォイドの腕を掴むことなどできなかっただろう。そして、ティベリオの最後の魔法――、一瞬の余暇しかなかったにも関わらず、きっちりとクランをかわして凄まじい遠隔魔法の一撃を当てた彼もまた、最高のパートナーだった。クランとしては、自分ごと切ってくれてもいいと、その程度に思っていたというのに。
「クラン! 大丈夫か!!」
ティベリオが駆け寄って、クランの体を支える。眼前に倒れているヴォイドは、まだ少しだけ息があるようだったが、もう動くことはできないようだ。あとはオルクスを呼んで、魂を斬ればいい。
「ティベリオ……ありがとう。お前のおかげで、生きてるよ」
「馬鹿野郎、こんな無茶を!!」
「いいんだよ……、楽し、かったから、さ」
「お前はそればかりだな。こっちの胃が持たないぞ!」
「はははは……」
ティベリオが、クランの刺し傷を癒しの風で治癒していく。精密な攻撃魔法に加え、遠隔魔法、治癒魔法も得意なティベリオは、万能だなあ、と思った。
「ああ、おなかすいたなあ……」
「おいフラグを立てるな、しっかりしろ! 帰ったら美味しいヴァルナルの手作り料理が待ってるぞ!」
「そこは高級なレストランとか奢ってくれよ……な?」
「手作り品が至高だ。おふくろの味の破壊力を知らんとは、罰が当たるぞ」
「ヴァルナルは少なくとも、おふくろじゃねえなあ……」
二人は笑いあった。こんな間抜けな会話を繰り広げる余裕ができたことが、生きている何よりの証だった。
と、その時だ。
「!?」
クランは、はっとして廊下の先、ヴォイドが来た方を見た。ティベリオも同じく気づいたらしく、治癒魔法をかけっぱなしにしながら顔を上げる。何かが来る。
クランはてっきり、人間が来ると思って身構えた、が……それはおよそ人間の足音ではなかった。四本の足で、大型の獣が走ってくるかのようなのだ。不可解に思っていると、その気配の正体が姿を現した。
それは、美しい毛並みの、巨大な狼だった。
「え……?」
クランは緊張することも忘れ、ただ、見惚れた。それは美しく力強い、白銀の毛並みを持つ獣であった。クランとヴォイドの間に立ち、こちらを威嚇する。
「お前、は」
「……」
狼は吠えた。今にもこちらへと襲い掛かってきそうだった。しかしそれ以上に、その獣は悲しんでいた。一刻も早くその場を離脱したいと、そう願っていることが察せられた。
「ヴォイドの、仲間か」
クランが静かに問うと、狼は、少しの間を置いて頷く。
「戦うなら、相手になるぜ」
それはクランの素直な気持ちだった。満身創痍でも、相手が誰でも、楽しいことには変わりないのだ。またクールダウンしたはずの体中が熱くなっていく。今なら戦える、いや、戦う。それだけがクランの生なのだから。
すると、その申し出に答えたのは、地に伏せていたヴォイドだった。
「……やめろ、アニムス。……退け……」
端的に、最後の力で振り絞るようにそう言った。掠れた声が、なんとかクランのもとまで届く。
アニムス、と呼ばれた目の前の獣は、ヴォイドの呼びかけにうんともすんとも答えなかった。代わりにその体が淡い光を放つと、驚くべきことに、形がみるみるうちに人間のそれになってゆく。獣になっていたのは彼の能力であったと見える。
最後に灰色の耳にだけ狼姿の面影を残し、完全に人間になったアニムスは、じっと青いまなこでこちらを見つめた。
「……アニムス」
「うん」
アニムスはこちらを警戒しつつ、ヴォイドを抱きかかえた。そしてそのまま、二人を最後に一瞥し、駆けて行った。すぐにその背中は小さくなり、廊下の曲がり角で消える。
二人の姿が見えなくなると、クランとティベリオは大きく息を吐き出した。
「あっぶね……あいつに本気で襲われたら、危なかった……」
「どうやら我々は買いかぶられたようだな」
ティベリオはそう言ったが、クランはそうではない気がしていた。
勝ちに貪欲なヴォイドだが、彼の勝利条件はあくまで、傷つかないことが前提なのだろう。守りきること、全員で帰ること。彼はきっとそれを最優先に置いているのだろう。……的外れかもしれないが、そう、思った。
なんにせよ、ヴォイドを逃がしてしまったことは確かであり、結構な痛手ではある。最後の最後に、締まらない終わりだが……生きていただけマシ、と言うべきかどうか。クランは内心で、ちょっと苦笑した。これでは勝ちとは言えまい。
「よし。そろそろ立てるか、クラン? オルクスのところまで行くぞ」
「おー……あ、ダメだ、まだふらっふらする」
「仕方ない、少し休むか。あっちはどうかな……オルクス、あんな怪我で無理に治癒魔法を使いすぎていないといいが」
魔法は主に精神の為せる技であるとはいえ、体力や集中力だって十分に消費する。自分も重傷のオルクスは、無茶をしていないだろうか、ということなのだろう。クランは笑った。
「そんな心配は要らないさ……、あいつは、俺と違うから」
「あはははは。そうだな。そうだった」
なぜかティベリオに膝枕されながら、クランはぼんやりと睡魔の到来を感じる。
「少し眠っていいぞ。後で起こしてやる」
「ん……」
ティベリオに言われるまでもなく、彼は自然と夢の中へ落ちていった。
***
一方こちら、ギデオンたち。レガートを探すという名目で、アニムスと別れた三人である。
「ねえ、本当にレガートを探すだけで終わるつもり?」
「……さて、な。だが、クランの加勢は俺にゃ無理だし、これくらいしか出来るこたァねえさ」
ギデオンは呑気なものだ。ずんずんと歩いていく。
もとより、発信機のおかげでレガートの足取りは分かっている。ギデオンは、まずは恐らく空間転移陣が仕掛けてあるであろう場所を目指すことにしたらしい。確か、そこでレガートの反応は大きく場所を変えたのである。
フレイヤはまだ納得がいかず、後ろを歩きながら話しかける。
「……子供たちは」
「救われたんだろ、オルクスによって。俺たちの出る幕じゃねェ」
「あの社長は」
「俺にそれを求めんな。あの神の逆鱗に触れちゃならねェ……俺が言えるのはこれだけだ」
「だとしたら、私に出来ることは、もうないのかな……」
ギデオンは立ち止まり、ふっと笑った。
「俺は別に無駄な争いなんか要らねェ。ガキ一人殺すために来てるんだ。お前ら、別行動したって構いやしねェんだぜ? 気にするなよ」
「……それは、そうだけど」
その通りと言えばそうだ。もうギデオンが予期していたような危機にも陥ることはないだろうし、それならば鎖に繋がれた二人が律儀に一緒に行動する利点も薄い。ギデオンは今、鎖を必要としていない。
だが、彼から離れて別行動したところで、何をするというのだろう。この場でやるはずだったことのほとんどは、別の者がやってしまった。――そう思って落ち込んでいると、アーデルベルトが横でせっついてくる。
「フレイヤ。大事なことを忘れていませんか」
「え? 何?」
「実行犯――サミエラ・クルスノーレの確保です」
確かにその仕事は残っている。だけど。
「神がいる以上、無駄じゃない? ……あれは神のお気に入りなんでしょ?」
神と戦ってはいけないという条件の上では、サミエラの確保は非常に困難だ。例え成功しても、このあとあの女に目を付けられやしないか。そんな思いが過る。
すると、ギデオンは快活に笑い飛ばした。
「それなら心配は要らねェな。あの女が本当にサミエラを守るつもりなら、クランだって俺たちだって、こんなところに侵入はさせねェだろうよ」
「でも、ならなんで社長室には現れたの?」
「暇つぶし……つまり、気まぐれだろうなァ。サミエラが壊れれば、奴はまた別の暇つぶしを探す。肩入れして傷を負うくらいなら高みの見物を決め込む。戦に勝つんじゃねェ、勝ち戦に乗る……あれは、そういう女に見えたぜ」
「……一理あるけど」
「サミエラを捕らえるならやっちまえよ。神様はきっと、お前らに捕まるくらいの奴なら捨てても惜しくない……そんなことを考えてらァな」
「そう、かもしれないわね……」
その言葉には納得できるところがあった。
「神が万が一止めに来るようなら、退きましょう。それで宜しいのでは」
アーデルベルトは、そう妥協案を出した。確かに彼女は明確にこちらを殺そうとする意志はなかったし、そんな呑気な考え方でも良いのかもしれない。
「わかったわ。……ギデオン、あんたは来ないのね」
「行かねェよ。俺はレガートと話したいことが山ほどある」
「そう。じゃあ……別行動させてもらう」
「おう。達者で。お前らの所在が分からないうちは、鎖は使わないから安心しろよ」
ギデオンはひらひらと手を振った。どこまでもあっさりとした男だった。
フレイヤとアーデルベルトは二人きりになり、歩き出す。
「とりあえずは秘書室を目指すよ」
「はい、フレイヤ」
この大事に秘書室で安穏を貪っているとは思えないが、あてもないのでそちらへ向かうしかない。フレイヤたちは案内板の表示を確認し、エレベータへと進んだ。
しかし、その途中、フレイヤは奇妙な音を聞いた。何かの駆動音だ……そちらへ首を回すと、予備実験室という札が貼られている。中に誰かいるのだろうか、窓越しに電灯の明かりが見える。
「……アーデルベルト。気になるから少し見て行っていいかしら」
「気になる、とは」
「言ってたでしょ、神気取りがさ。あの子の実験は、面白い……って。だから相当悪趣味なやつかもしれないよ」
「ふむ……」
二人はどちらともなく顔を見合わせた。息を呑み、そっと扉を開けた。
中には人影はない。入口付近には大量の機械が所狭しと置いてあり、奥には作業スペースらしきプラスチックの机が見える。そこへ近づいていくと、アーデルベルトが思わず声を上げた。
「あ……っ!?」
フレイヤもアーデルベルトの視線を追い、それを見た。
机の奥、巨大な椅子。その上に座らされ、完全に椅子に固定された人間。背格好は恐らく子供。頭部は椅子の背もたれに備え付けられた機械の中に半分うずもれており、顔はうかがい知れない。いや、生きているのか死んでいるのかもわからない。
その腕や胴はもれなく改造されていた。無骨な金属の部品があちらこちらに埋め込まれ、もう人間と言えばいいのか、機械と表現するべきなのか、フレイヤにはわからない。
「……想像以上に、悪趣味でしたね」
一度呼吸を落ち着かせ、アーデルベルトはそうコメントした。フレイヤも同じ気持ちだった。人そのものを兵器とする実験とは、想像の斜め上だ。
「それにしても、これ……」
フレイヤは一つ疑問がわいた。この実験室の扉は開いていたが、不用心すぎやしないか、と。……その理由はすぐに知れた。
「困ったことです。少し席を外しただけで入られてしまうなんて、厄日と言えばいいのか、なんと言えばいいのか」
声に振り向けば、眼鏡の男が立っていた。スーツの上から白衣を羽織っている。
この男がちょうど鍵を開けたまま少し席を外したところに、フレイヤたちがやってきた、ということらしかった。
「あんたは……あんたが、サミエラか」
「その通りです。全く、有名になったものです」
直感だったが、正解だった。サミエラはため息をついたが、その表情は鉄面皮だ。秘書というよりは研究者然としており、およそ感情の籠らない目で二人を睥睨する。
「これは、何? あんたここで何をしていたの?」
「ヴォイド様には大人しくしていろと言いつけられましたので、研究の続きをしておりました。死神と死神の諍いに手を出すほど愚かではありませんし」
「……そうじゃない! この子に、何をしていたの、と言っている!」
「ああ……改造ですけど……?」
サミエラはさも当然のように首を傾げた。
話がかみ合わない。この男は、人体実験に一切の良心の呵責を感じていないようだった。
「もういいわ。もういい。聞きたいことは山ほどあるけど、最後にもう一つだけ。……お前の目的はなんだ?」
「神を呼ぶことですが」
「嘘をつかないでちょうだい。お前が、お前自身が、メイ・オーガスト社長を毒で衰弱させていたことは、とっくにバレているんだから」
「……それを知られているとは」
サミエラは観念したように目を伏せた。
神を呼ぶなど絵空事。社長を助ける気のないこの秘書は、わざわざ社長を衰弱させ、誘拐という罪まで犯して、危険な死神の戦いに巻き込まれ、一体何がしたかったのだろう。
すると彼は、しばらくの沈黙のあと、簡潔に答えた。
「実験です」
「実験……?」
反芻するフレイヤに、彼は頷き。
「私の作った兵器が魔法使いに対してどの程度通用するのかのデータが欲しかったのです。結果は散々たるものでしたが、次に繋がる有用な知見を得ることができました。やはり実際の環境における検証は如何なる研究にも必須と言えるでしょう」
「何よ、それ……」
「それと、実験に必要な素体もいくらか手に入りました。子供の素体はいい実験材料になります。尤も、殆ど実験は失敗して、殺してしまいましたが。ああ、そこにいる子も、つい先ほど亡くなりましてね……惜しいところまで行ったと思ったのですが」
「……ッ!! お前……!!!」
フレイヤは、体の芯から湧き上がる怒りを感じた。ふつふつと、この男への殺意が芽生える。許せない。
「これ以上は絶対にやらせない! 連行する、観念なさい!!」
「そうですか」
サミエラは素直に、頷いた。しかし言葉とは裏腹に、彼は横の棚に置いてあった、かなり大きな銃を手に取った。銃口がフレイヤへと向けられる。
「抵抗するなら、痛い目見ても知らないわよ」
「抵抗ではありません、実地における検証実験です。どうせまた魔法使いと戦闘になるのでしたら是非ともデータの採取をいたしたく。その詳しい内容は机の上の資料の中にございます。私を捕らえたあと、是非ご一読いただければ、幸いです。獄中にて、検証実験の結果を加えたレポートはしたため、完成させていたしますので……」
フレイヤは思わず、震えた。サミエラは本気でこの言葉を言っている。それが分かったからだ。……マッドサイエンティスト、とでも言えばいいのだろうか。彼にとって、現実世界はすべて『検証のための場』なのであろう。
神がサミエラに過度に肩入れせず、社長への介入を止めただけにとどまった理由も、今ようやく理解できる。この男は求めていないのだ、手助けなど。勝敗も関係なく、実戦における対魔法使い相手の戦闘データを取ることだけを考えて、捕まることも承知でこんな騒ぎを起こしたのだ。
「では、ご覧に入れましょう」
その彼が、話は終わったとばかりに銃の引き金を引いた。フレイヤとアーデルベルトは申し合わせたように机を盾にして身を守る。
しかし、起こったことはフレイヤたちの予想とは全く違った。てっきり飛んでくると思った銃弾は来ず、それどころか銃声もない。驚いてフレイヤが恐る恐る顔を出し、様子を見た瞬間――まさに自分たちに迫ってくるものを、彼女は目にした。
「な、なに、これ!?」
それは氷の刃。
次々に、銃口から魔法が発射され、氷の形を作って飛ばしている。まるでマシンガンのごとく連続で射出されるそれは、一つ一つが銃弾並みに危険な鋭利な刃物である。しかもそれらが障害物を避けるようにして二人を追尾してくるのだ。机の裏に隠れる二人を、あざ笑うかのように。
「ちっ!! フレイヤ、下がってください!!」
こんな狭い室内である、逃げ場はない。アーデルベルトがフレイヤを押しのけるようにして庇うと、炎と熱の壁で一気に相殺する。
「あんなもの作っていたなんてね!」
「厄介ですね! あれは通常の銃と違ってリロードがありませんから!」
アーデルベルトが壁の強度を維持し続けるのには限界がある。しかしあちらは恐らく、この実験のために大量の魔力を溜めたに違いない兵器である。アーデルベルトの方が先に力尽きるのは、ありえない話ではない。
そんな二人の会話を聞き、サミエラは淡々と述べる。
「お誉めいただき光栄です。この銃は魔力の宿った物質を加工して埋め込んであります。銃弾の必要ない、次世代の兵器と言えましょう。貴方達のおかげで、威力のデータが取れそうです」
「……私の壁を破れる時間でも計っているのでございましょうな。全く、付き合いたくもないが……!!」
アーデルベルトは呻く。こうも大量の攻撃を続けられていては、こっちから攻撃するのは中々難しい。途絶えることのない弾幕は、サミエラの盾でもあった。
そして、この状況を破るため、フレイヤは決意した。
「おっけ。本気、出そう」
その端的な言葉にアーデルベルトも同意する。
「はい。一般人相手に本気でやるというのも無粋な話ではございますが……この状況、致し方なし、かと」
そして。
二人は、ぎゅっと互いの手を握りしめた。
「行くよ、ふーちゃん」
「任せてっ、あーくん!」
お互いの魔力が流れ込んでくる。
混ざり合う魔力を練り上げる。アーデルベルトが壁を維持している間に、託された魔力を形にしていく。アーデルベルトの流れは乱さぬように、慎重に。
「準備おっけー!!」
「こっちも行けるよ!!」
「一体、何を――」
二人の雰囲気が変わったせいか、サミエラが困惑した声を上げる。氷と炎が飛び交う中なので、その表情まではうかがい知れないが。
ただ、フレイヤとアーデルベルトにとって、その反応は最早慣れっこだ。
そして――二人は普段そうしている通り、臆面もなく叫ぶ。
「愛の力は無限大ッ!」
「恋の炎で完全無敵ッ!」
「「一撃必中!! ラブ・フレア!!」」
その瞬間。
サミエラの頭上が光輝いたかと思うと、巨大な火球が一瞬にして出現、はじけ飛んだ。
「ッ!!」
サミエラは頭上を見るや、意外にも機敏に反応した。銃を上へ向け撃つと、その銃口から氷が傘型に広がり、彼の盾となる。だが。
「無駄よっ!!!」
ラブ・フレアの威力は尋常ではない。炎が盾に罅を入れ、ぶち壊し、そのまま飲み込む――サミエラを、実験室の機械たちをも。熱と光、衝撃が、フレイヤたちのところにも伝わってくる。
収まった頃には、熱で壊れた機械の中にサミエラがぶっ倒れていた。全身に大やけどを負っており、もう銃の引き金を引くことすらできないだろう。フレイヤとアーデルベルトは、頷きあって彼へと近づいた。
「ふふん。見たか、愛のパワー!」
「ふーちゃん、大丈夫? 怪我ない?」
「あーくんが守ってくれたから全然平気! あーくんこそ、大丈夫?」
「私はなんてことないさ。ふーちゃんが無事ならそれでいいし」
「もう、あーくんったら!」
フレイヤたちの、とても和やかな会話。……というか、爆発がもう一回起きそうな会話。
サミエラはうっすらと見開いた目にまだ困惑の色を映しながら、掠れた声を出す。
「な、なん……なんです、今のは……」
二人は一度顔を見合わせたあと、同時に答えた。
「「夫婦愛」」
第三部隊、隊長フレイヤと副隊長アーデルベルトは、いつも旧姓を名乗っているが、夫婦である。
二人は職場恋愛から結婚に至ったが、その過程で、ちょっとラブラブすぎたせいか、自分たちでも気づかないうちに祈魔法を習得していた。それは、お互いに手を繋ぎ合うことで魔力を共有する能力だ。これにより二人は、一人では放てないような超威力の合体魔法が使えるのである。但し隊の中には祈魔法を信じていない者も多かったため、二人はそのことをあまり周囲には話していない。
ちなみに、必殺技の名前とか、前口上とかは、ただの趣味だ。
……フレイヤとアーデルベルトの、趣味だ。
「ふう……ふ」
「そう! 私たちは、愛の力で悪しきを挫く、ラブ魔法使い! お前の非道な行いも、これでおしまいよ!」
滅茶苦茶ダサいフレイヤの名乗りを聞いて、サミエラは脱力し、やがて声もなく苦笑して。
「……あと、で……あなたたち、を、けんきゅう……したい」
そう言い残して、意識を失ったのだった。
(第二十一話 了)




