教室で
「なるほどぉ。だから思っていたより早く帰ってきた上に、帰って来た時2人だったわけか」
「です。会えて良かったですよ、藤黄さん。彩芽は本当、頼りになりますから」
「だねぇ」
あぁもう、この2人が揃うと、どうにも話が進むのが遅い。帰ってきてもう30分も経っているのに、2人は依然としてこの会話ばかりを繰り返している。藤黄さんの薬も、私のスニーカー同様、色の付いた私達の見慣れた薬だったわけだけど、本当、どういう条件で色の有る、無しが決まるのか全く分からない。全くもって苛々する。
「――あ、そうだ、彩芽ちゃん」
やっと時が動き出した感覚が私を襲う。錬夏から目を離して、藤黄さんの視線が私に向けられた。
「実はさぁ、此処、僕の教室なのだけれども」
それは知っていますよ。
「ちょ、そんな苛々しなくても。・・・・何かね、机が一個多いような気がしたり、しなかったり」
「はい?」
私は教室の中を見回す。錬夏のオロオロとした顔が目に映る。これはきっと、私と藤黄さんが話している様子が、今にもケンカになりそうな、一触即発の雰囲気に『私が』なっているからだ。
そんな錬夏を無視して、視線は教室をグルグルと動き回る。が、当然、藤黄さんの通っている教室の机の数なんて、把握していたら気味が悪い。ざっと見39個あったけど・・・・。
元々何個あったのかは知らなければ、元も子もないではないか。
「元は38個なのさ。ね、一個多いでしょ」
「はいそうですね」
「・・・・もうちょっとかわいらしく答えてくれると、かなり嬉しいかなぁ」
藤黄さんの、笑顔混じりのあまり関係が無い要望は後回し。今の藤黄さんの話が本当ならば、この世界、裏京と、現実の世界・・・・ゲーム用語では東現と呼ばれている世界は、あの空に浮いている城以外にも違う場所があるという事なのか。ふむ、興味深い。
とか考えつつ、実はそれほど凄みのある発見には思えない。例えば、東現でちょっとした会議を行うという事で、机とイスを1つ増やした可能性がある。まぁ可能性の話なので、それほど重要には思えない発見である事は確かだ。
「で、どの机が多いんですか?」
「へっ? あぅ、此処です」
藤黄さんも私が見るからに興味なさげな表情をしていた為か、机の事を聞かれるとは思っていなかったらしく、いつもの余裕綽々とした態度でなく、慌てふためいた表情で、おまけに変な声を出しながら私に答えてきた。・・・・こんな藤黄さん、初めて見たかも。
顔が僅かに紅潮している藤黄さんに何も知らぬフリをしつつ、私は教室の一番後ろ、廊下側の列から2つ目にある机の中を覗きこんだ。そこには、古ぼけた一冊の本があった。
―― 茶色いハードカバーでかなり分厚い、タイトルがかすれていて読めない日記帳が。
一頁だけ、捲ってみる。
『あまり日記というものを書いた事が無い。毎日同じような事を書くのも嫌なので、面白い事、特別嫌な事があったときに、この日記に書き留めることにした。
って、あれ。何でこんな風に書いているのだろうか、私は。誰かが見ているわけでも無いのに。
まぁ良いか。見られているなら、それで。
私の名前は紅紫 藍菜です。紅色の紅に、紫。藍色の菜っ葉で、藍菜。誰かが読んでいるとは考えづらいけど、ここで紹介しておきましょう』
わぁ。これ、本当に日記帳だ。まぁ、タイトルがかすれていて読めなかったのに、どうして日記と分かったのかというのはつっこまないでおこう、うん。自問だけして自答が出来ない可能性、大だから。
「・・・・これ、は・・・・っ」
「? 藤黄さん、これ、知っている人の日記ですか?」
藤黄さんはさっきの慌てふためいた時より驚きを増した表情で私の持っている日記を見つめる。ほぼ間違いなく、この日記の持ち主、藍菜さん、だったかな、を、知っている証拠だ。
そういえば、何でこんなものが此処にあるのだろうか。これまでの経験で、私達に深く関係している物なら色が付いているらしい。このスニーカーは錬夏が誕生日に買ってくれた物だし。
藤黄さんは普段嘘を吐いている事があるけど、さすがにこんな非常事態中、しかも私みたいにパニックになりやすい人がいる状況では嘘なんて吐くはずが無い。つまり、藤黄さんは今、嘘を全く吐いていない事になる。故に、この驚きは本物。本当に驚いて、絶句している。
この日記があったのは、東現には無い机の中。逆に言えば、この裏京にしか無い机の中。それが何を意味するのかは私の知るところではないけれども、おそらく、この日記が、藤黄さんを相当に驚かせる力を持つ物質である事だけは確か。
「・・・・ぶつぶつ」
「「?」」
私は錬夏と顔を見合わせる。藤黄さんが何かを呟き始めたのだ。その声はかなり小さくて、耳を近付けても聞こえない。藤黄さんはまだ混乱しているようで、顔をどれだけ近付けても全然反応していない。
聞こえてくるのは「そんな」とか「まさか」とか。他は全く。
「あの、藤黄さ
一応言っておきます。
最後はミスではありません。