兄妹
「スミマセンデシター」
私は正座で、しかも何故か教室の机の上で土下座ポーズを取っていた。
「そうそう、謝るのは良い事だよ。たとえ感情が込められていなくても、たとえ彩芽ちゃんが僕を苦手としていても、たとえ君が自分は悪くない、なんて思っていてもね」
「うぐぅ・・・・」
まぁ、こちらに非があるのは認めなければならない。さすがに、心臓の弱い藤黄さんを置き去りにして、全速力で学校内を逃げ回った挙句、元の教室に戻ると息を切らした藤黄さんが倒れていたのだから。まさか私を追いかけてきていたとは。
藤黄さんはとても疲れた様子でイスに腰掛けていた。でも心配させたくない精神が込められているのか、顔だけはずっと笑顔のままの状態を保ち続けていた。
私はそれまで土下座をしていた、藤黄さんの座っているイスに最も近い場所にあった机から降り、藤黄さんを足の爪先から頭のてっぺんまで舐めるように見る。
まだ僅かに肩が上下しており、汗も全く引いていない。イスの背もたれから少し間を空けて背中があるけど、これはおそらく、自分は大丈夫というアピール的な何かだろう。という事を踏まえると、やはり、相当ムリをさせてしまったらしい。
この人にはムリをさせてはならない。知っていたはずなのに、私は昔から、何度もこんなムチャをさせてしまう。この人、心臓が悪いのに態度だけはいつも元気で、調子が良いのかな、と思った時に限ってかなり悪かった、なんて事があった。最近はある薬を使わないと辛い場面もあるらしい。
油断してはならない。色々な意味で。
「・・・・薬は?」
「あー、それがね、取りに行こうと家に帰った途端に、こっちに来ちゃってね。つまり、簡単に言うと、今此処にはありません」
前から思っていたけれども、薬を使っている時点でただの心臓が弱い人だとは思えない。心臓が弱いから薬を使う、というのは、どうにもイメージがわかないのである。
「しばらくすれば元気になるだろうからさ、心配しないでよ」
もしかすると、この人は心臓に関する病気を持っているのではないか。よし、今からその考えを前提にして行動してみよう。
「あの、聞こえているのかな。おぅい」
そうだ、せめてものお詫びに、私が藤黄さんの薬を藤黄さんの家から持って来る、というのはどうだろうか。それなら私でも出来る。
「・・・・あのぅ。ちょっと寂しいのだけれども」
そうと決まったらすぐ行動、と言いたい所ではあるけれど、私は藤黄さんの家に入ったことがある、とは言い難い。私が入った事があるのは、家の手前、つまりはお店の部分で、決して、この人の家に入った事があるとは言えず、薬の在り処が分からない。
まぁ、こういうときは、本人に聞くのが一番早い。私は寂しそうにしている藤黄さんに話しかけた。
「・・・・薬、家の何処ですか」
「えっ? まさか取りに行ってくれるの? それはありがたいね。でもこの世界で薬が使える物なのか分からないし。・・・・そうだ! 一緒に行こうそうし」
「何処ですか」
私は全体的に強気な感じで言い放ってみる。藤黄さんは笑顔のままビクリと体を震わせて、顔を強張らせた。表情が固まったまま、数秒の間、世界が静寂に包まれた。
「―― 薬、何処ですか」
もう一度、今度は少し優しく言ってみる。すると、藤黄さんは強張っていた表情を戻して、ほんの少しだけ考える素振りを見せた後、真剣な眼差しで口を開いた。
「・・・・店の奥、2階の奥から3番目の扉の先、僕の部屋の本棚、オルゴールの中です」
「ちゃんと待っていなきゃ、お、し、お、き。しますから。覚悟してください」
「・・・・うん、分かった」
優しい笑みを零して、藤黄さんはイスに深く腰掛けた。まぁ、この人に限って約束を破るような真似だけは絶対にしないだろうから、大丈夫だろう。
私は一番リズムを取りやすい速さで走りながら、藤黄さんの事を考えていた。3年前に初めて出会った時あの人は半袖白パーカーに深緑の短パンを合わせた服装だった。
当時中学1年生だった藤黄さんの身長は、中学1年生男子平均身長よりも若干低かったため、わんぱくな小学生男児の着ていそうな服装ナンバー1の服が似合っていたのだろう。成長はしたけど、今もその平均的な身長より若干低い背丈というのは変わっていない。
2回目に会ったのはその年の冬。フードを被ったままの状態で初めて出会った夏に半袖白パーカーだった藤黄さんは、2回目に会った時、長袖で温かそうな、厚手の黒いパーカーを着ていた。
悲しそうな笑みのおまけ付きで。
その黒いパーカーが喪服代わりの私服である事を知ったのは、いつ頃だっただろう。少なくとも、勉強は出来ても脳の回転が元々遅い私が心の安定を取り戻した後だから、1年前くらいだったかも知れない。
「・・・・」
あぁ、もう、何でだろう。何で、私の周りにいる人は普通では無いのだろうか。私だって他より突出している部分はあるけれども、どこか、みんなと違う『普通じゃない』人なのだ。
プラスのイメージ、と言えば良いのだろうか。病気知らずの健康体、大人顔負けの身体能力、成績は優秀で、非があるとすれば、あー、料理が壊滅的に下手だという事だろうか。かろうじて材料の形が残る程度に作る事は出来るけど。うん。
―― などと考えている間に、何とか藤黄さんの家に着くことが出来た。うん、お店のドアは開いてる。えぇと、カウンターの奥に入って、そのまま厨房の前を通り過ぎて。あ、これが藤黄さん、時貞家の入口だろうか。
って、鍵が(当然だけど)閉まっているんですけど?! 何で鍵の事を忘れたの、私!
「どしたの?」
「きゃあぁあぁぁぁあぁぁああっ?!?!?!」
「わぁあぁあぁぁぁあぁぁああっ?!?!?!」
肩に乗せられた手に驚く。これまで生きてきた中で最も大きな声量で叫んだ気がする。
「わ、わ、あ、ご、ごめんなさぃっ、そそっ、そんなに、驚くとは、思って、なく、て・・・・っ」
混乱が一瞬で1回りして何故か平静を取り戻した私が振り向くと、そこにはおどおどとした態度の少年が私から5mは離れた廊下の端っこで後ろ向きに座り込んでいた。
3秒ほど見つめればそれなりに平静な心の海が、更に静寂に包まれる。とりあえず私は、つい先程驚いていた事を忘れかけた状態で、愛しい『兄』に口を開いた。
「・・・・あんた、何やってンの?」
双子の兄、萩徒 錬夏はブルブルと体を震わせながら、しゃがんで縮こまったために丸い白黒の物体に見える体からひょっこり頭を出して、こちらを見る。私みたいな母親譲りの茶色がかった髪ではなく、父親譲りの漆黒の髪を揺らした。
私と錬夏は、後ろの髪の一部が腰辺りまで長い。それを、私は紅い鈴の付いた蒼い紐リボンで、錬夏は私の逆、蒼い鈴の付いた、紅い紐リボンで留めている。
「あ、彩芽を見て・・・・っ、そしたら、藤黄さんの家に入ろうと、していたから・・・・っ」
「驚かせちゃってゴメンね。それで?」
とか聞いておきながら、何と無く言いたい事は分かる。錬夏は藤黄さんと仲が良いから、合鍵を使おうとしてくれているのだ。
その証拠に、何とか立ち上がった彼の手には、銀色に輝く鍵が握られている。
「ありがと」
「えっ、あっ、うん。はい」
いやはや、双子というのは便利なものだ。私が異常なまでに人の心を読む技能に優れていても、長い時感の殆どを共に過ごす兄妹というのは、心を読んでも大して気味悪がられないのだから。
私は錬夏が自分から近付いてくるのを待った。怯えている時の錬夏は、誰が相手でも絶対に近付いてこないのだ。というか、むしろ逃げられてしまう。
やれやれ・・・・私を忘れていないだけまだマシかな?
「彩芽の意地悪」
「お互い様。いつも私を忘れるから、その仕返し。言っておくけど、私個人の憂さ晴らしだから」
「・・・・むぅ」
錬夏は僅かに頬を膨らませると、私の言葉で首を傾げていた。双子の所為かは定かではないが、ほぼ同じ背丈の錬夏は少しかがんで、若干私よりも目線が下になっていた。
まったく。最近やっと私の事を覚えてくれたから良かったものの、藤黄さんがこの島に来たばかりの頃はまだ名前とか、兄妹である事すら覚えてもらえなかったのだから進歩したものだ。
私の家族って、どうしてこうも病気持ちの人間が多いのだろうか。錬夏は記憶障害の持ち主だし。お母さんにも何かあった気がするし。・・・・お兄ちゃんも、病気だったし。元が萩徒の苗字ではないお父さんは違うとして、萩徒家の人間の多くは何故か、病気か変な体質の持ち主ばかりだ。
「さてと。早く薬を見つけないと」
「え、もしかして藤黄さんの薬を探していたの? そっかぁ、だからあんなに急いでいたのかぁ」
ふんわりとした優しい笑みを見せてくる。私と同じで制服姿のまま、キラキラした笑顔。障害がなければアイドルにでもなっていたのではないかと思うほど、整った容姿をしている。
容姿まで似ているとは思わない。だから私には声が掛からないわけで、掛けてもらいたいとも思わない・・・・という思考は後回し。今は薬を探さなくては。
錬夏が「薬の場所なら知っているよ~」などと、おっとりとした、落ち着いた雰囲気で言ってくれなければ、私は藤黄さんの部屋に、無駄に焦って、長居していただろう。
何だろう、色とか雰囲気とかガラリと変わっているはずなのに、何処となく藤黄さん臭がしていたから、早くお暇出来て良かった。
私、男子の部屋に入るのは初めてだったから、緊張しっぱなしだったのだ。
双子っていう設定大好きですが、双子が出すぎて困っていた時がありますね。それぐらい好きな設定です。




