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外へ

 いつまでもその場で動かないというのもちょっと私らしくない。私という人間は活発で元気な子だと周りから常々言われているので、その私を信じて外に出てみる事にした。2階から階段を使って、途中右に2回曲がりつつ1階へ降りて、そのまま直線的に進めば玄関だ。

 玄関には靴があった。何故かそれだけは自分がいつも履いているピンクと白のスニーカーだった。

 私にとってはそれが当然の事だったのであまり気にしなかった。・・・・正しく言えば、多少の違和感はあったものの、その違和感を遥かに上回る安心感があったので、違和感を無視した。

 玄関の扉を開けても、風景は一貫して黒と白しか無い。白黒ではなく、黒と白。あまり違わないように思うけれど、これは、圧倒的に黒の比率が高い。だから、黒と白。

 そして空に浮かぶ、白と黒、この世界では異様な薄紫色の屋根が付いた、城。シンデレラみたいなお姫様が招かれそうな、そんな美しいと言える城が、真上ではなく、玄関から出た私の右斜め上に浮いている。あの真下は・・・・学校だろうか。町の中心にある、学校。

 そうだ、学校に行ってみよう。そう思った。何故そう思ったのかは分からない。

 ・・・・何処と無く、誰かがいると思った所為かも知れない。

 僅かも無いほど小さな期待を寄せて、私は走る。冷静な意識に反して焦る体は既に息を荒げて、歩いても10分ほどしかかからない距離を全速力で走りぬけた。

 ―― 元々近い学校は、全速力で走った所為か1分かそれほどもかからないぐらいの時間で到着した。私は昔から、100m走や1000m走でダントツの1位を取れるほど足が速いのだ。それを全速力で来たのだから、早くなければおかしい。

 私は今までで一番速いかも知れない速度で走ったのであろう、肺が痛むのを無視して中学校の校舎を見つめる。グラウンドの横に道があり、それを抜けて中学校がある。こんな30mは離れた道路から見ても、色以外で変化している部分があったとしても、気付けないかもしれない。

 グラウンドの左横には、高校の校舎がある。2枚の巨大なフェンス越しに、中学校と高校のグラウンドが繋がっており、体育でグラウンドを使う時は、つい覗いてしまう。

 ・・・・別に藤黄さんを探しているわけじゃない。あの人には定位置というものがあって、そこを見れば、例外無く見つけられるのだ。

 だから、決して、絶対、ありえないほど、藤黄さんを見ようとしていたわけでは全く無い。

 けど、高校と聞いて真っ先に出てくる人の顔が藤黄さんである事も否定できない。他に知っている高校生は何人かいて、しかも女子生徒で藤黄さんよりよっぽど安心感のある性格の人ばかりだ。

 言い換えれば、藤黄さん以外の人はみんな藤黄さんより相当真面目で『しっくり来る』人達なのだ。

 友達とか知り合いでも、こんな違和感を覚えるなんて人、藤黄さん以外にはいない。

 ・・・・そういう意味では気になる人と言えるのだろうか。

「せめて、藤黄さんがいたらなぁ・・・・」

 それはきっと、追い詰められてしまったから出てしまった言葉に違いない。私にはもっと、傍にいると、とても安心できる人がいないとダメだと思う。

 今みたいに、心と体がちぐはぐになっている私なら、特に――

「呼んだ?」

 ―― 藤黄さんみたいな人が来たら、一気に崩壊すると思うから。

「%&*@#きぅ$¥$&っ?!」

 ほら。意味不明なポーズと声が出てしまった。

「わ、わ、とりあえず落ち着いてよ~。さすがに『%&*@#きぅ$¥$&っ?!』なんて意味不明の反応をされたら、対応に困っちゃうじゃないか」

 凄い。真似できるなんて思わなかった。我ながら表現不可能なリアクション。ピカソっぽい?

「ま、ちょっと落ち着いてよ。・・・・はい、紅茶。紙コップでいいよね。じゃないと、その。僕との・・・・になっちゃうから、さ」

 何を言おうとしたのか分からないが、確かに落ち着かなければならないのは確かだ。私は遠慮しがちに、ちょっぴり頬が赤くなっている藤黄さんから紙コップを受け取り、中身を飲み干した。

 良い香りの紅茶。仄かに甘くてほろ苦く、温かさが体に染み渡る。何とも落ち着く、私好みの味。

 もし味に関してこの人に非をつける人がいたら、その人は、おかしい。この人が作った料理は、とにかく美味しいのだ。ちなみに、何度か藤黄さんが作ってくれたケーキを食べているけど、全部私好みの味だった。まぁ、味と香りは全く文句無し。それどころか賞賛に値する。

「とりあえず、美味しいです」

 嬉しいけど、表面上は憎たらしいような態度にしておく。この人には出会いの瞬間から私の言葉を全部、嘘にすると決めたから。まぁ嘘にするほどの事でも無いので、いつも微妙な態度になってしまうのだが。

「良かった、そんなに喜んでもらえるとは」

 嘘をついたところで、この人には無駄である事もこの態度の一因かもしれない。

「もう一杯いる? いるよね。何か、さっき全速力だったから。追いつくのにかなり時間かかっちゃった」

「え・・・・追いつく・・・・? 追いかけてきた・・・・?」

 見ると、藤黄さんの額には僅かに汗が滲んでいた。私を追いかけて、走った、という事だろうか。私は、先程まで火照っていた頬の熱が、急速に引いていくのを感じながら、藤黄さんを見つめる。

「・・・・あ、いや、その、心配しなくていいからね?」

 藤黄さんは慌てて額の汗を拭う。そして一瞬だけ私から目を逸らし、口を開いた。

「こ、これは、さっき高校の水飲み場で跳ねてきた水だよ。そんなに走っていないから、ね」

「・・・・水飲み場?」

「んっ? あっ、そう、水飲み場」

 藤黄さんは笑ってみせる。台詞を『冗談でした』に置き換えても何ら違和感の無い言い方。でも、水飲み場でただ飛び跳ねてきた水なのだとしたら、そんな次々と出てくるはずが無い。ほぼ確実に、ほぼ絶対に、全速力で走ってきた証拠だ。

 この人のこういう態度が苦手なのだ。見え見えの嘘を平気でつく。この人は底の知れない人だ、とは思うけれど、何故かこういう時だけ、その底の部分は浅くなる。本心という事だろうか。

 ただその部分に関しては、考えてみれば当然の事。この時貞 藤黄という人間は、基本的に優しい人間だから。いつも笑顔は絶やさないし、気さくで(私以外は)話しかけやすい雰囲気の持ち主。第一印象や第二印象も(何度も言うようだが私以外には)絶対に良い評価を付けてもらえるだろう。

 でも同時に、そんな明るい性格の裏に隠された苦難が、彼の人格を形作っているのかもしれない。数々の苦難を乗り越えた彼にしか出来ない所業というものが存在し・・・・。

 ・・・・ちょっとおおげさかな。でも、藤黄さんが『苦難』とやらを抱えているのは本当の事だ。自分ではどうしようのない、そして所詮は『友達』止まりの私にも、どうしようもない。

 年は2つ違う。藤黄さんは高校1年生で、私は中学2年生で。だから、何かがあってもすぐには傍へ行けない身分なのだ。いや、身分というのは、おかしな言い方か。

 藤黄さんは、生まれつき心臓が弱い。

 私の『お兄ちゃん』の友人だったらしく、私は『お兄ちゃん』が家に連れてきた藤黄さんと『偶然』知り合った。まだまだ関係はそれほど深くないように思う。

 考えてみると、私と藤黄さんは何もかもが反対に思える。自分で自分を分析したところ、私は活発でボーイッシュな子だと言われている健康体そのものの女子中学生。そして、誰にも誘われなければ家の外に全く出たがらない半インドア少女。

 対して藤黄さんは、活発に動けないくせに外へ出たがる人。すぐに治るらしいけど病気がちだと聞くし、本当なら家から出てはならないような病気の持ち主なのではないかと思うほど、体の線は細い。骨と皮だけとかなら今頃病院暮らしだろうけれども、この人は適度な運動だけは出来るようで、細身だが健康体の見た目は、事情を知っている人にとっては逆に痛々しい。

 言ってしまえば、私の体は良品だ。でもそれは見かけの話で、その見かけを大人や友人達は褒めてくる。逆に、藤黄さんの体は不良品。でも、しっかりと中身を見てくれる人がいるから、ある意味、私の方が不良品のように思える。

 ・・・・そんな事を考えている内に、先程まで不安だらけだった私の心は、明らかに落ち着いていた。絶対にこの人の近くにいたら不安が広がるはずなのに。

 この人は不良品だ。見た目じゃ全く判断出来ない、見た目だけ不良品な人だ。こういう人は本当、苦手。考えている事が分からないなんて、この人以外はありえないから、逆に落ち着くなんて。

「で、どうする? 僕はちょっとまち・・・・人探しの途中だけど」

 待ち合わせ、と言おうとしていたらしい。という事は。

「人捜し、ですか。という事は、私達以外にも人はこの世界にいるわけですね?」

「ん、まぁ、そうなるかなぁ」

 人捜しの部分を強調して言うと、藤黄さんはにへら、と笑い、さりげなく私の頭を撫でる。ちょっとした安堵の溜め息を、気付かれない程度に漏らしながら。私にはバレバレだけど。

 この人とは3年前からの付き合いだけれども、つまりは私が小学5年生の時からの付き合いで、2つしか違わないはずのこの人に、何回も撫でられた事がある。2歳しか、違わないのに。

 キッカケは、私の『お兄ちゃん』が『死んでしまった』事。藤黄さんはお兄ちゃん・・・・萩徒ハギト 紫音シオンの昔からの(それほど生きていないようにも思うけど)友人なのだそうだ。

 お兄ちゃんが死んだのは3年前の夏休み最後の日。藤黄さんはその年の冬休み中に引っ越してきて・・・・。藤黄さんと再会した時、私は「お兄ちゃんが本当に死んでしまったのか」と、理解した。その時に、初めて頭を撫でられた。

 あの時は心が不安定で、脆かった。顔がとても熱くて、藤黄さんを直視できなかったのを覚えている。

「やめてください。私、もう中学2年生ですよ」

「え~。こういうのはいつでも良いでしょ。特に――」

 藤黄さんはおもむろに私の耳へ顔を近付けて、とても小さな音量で囁く。

「――こういう『非常事態』の時は、いつもどおりの事をした方が安心できると思うよ、ほんの少しだけど泣きそうな彩芽ちゃん♪」

「―― ッ?!」

 私は思わず、熱くなった頬を隠したいが為に、傍にあった藤黄さんの顔を押しのける。手に残る痛みと、顔が真っ赤になっているのと、そして藤黄さんが攻撃を手で受けて自然に転ぶという面倒臭い小芝居までして『わざと』私を見ないようにしてくれた・・・と思ったのは、おそらく気のせい。

 何故か私の中では、藤黄さんは、少なくとも、そんな器用な事をしない人で通したかったから。


 異世界っていう響き、大好きです。

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