第23話 獣
「さあ、皆様! お待たせいたしました! 本日の――『メインイベント』でございます!!」
オークショニアの割れんばかりの叫び声が、会場の熱気を最高潮へと押し上げた。
同時に、舞台中央の床が重々しい駆動音を立ててせり上がってくる。頑丈な鉄格子の檻の中に囚われていたのは、二人の若い人間の女だった。
カッと天井のスポットライトが檻を照らし出す。
まばゆい光を浴びた瞬間、一人の少女の髪が、柔らかな亜麻色に爆ぜるように輝いた。背中まで緩やかに流れるその長髪は、まるで超高度なテクノロジーが産んだナノマシンの発光繊維めいて、一本一本が繊細で神秘的な光を放っている。
観客のどよめきに怯えるように、彼女がこちらを振り返った。
十代後半特有の、まだあどけなさを残した形の良い輪郭。しかし、オレの目を釘付けにしたのは、その奥に嵌め込まれた一対の瞳だった。
それは、底知れぬ宇宙の深淵を切り取ったかのように、どこまでも昏く、そして吸い込まれそうなほど鮮烈な蒼。
生気を失った他の奴隷とは明らかに違う。その瞳の奥には、絶望の鎖に縛られながらも、決して死んでいない強烈な「個」の輝きが宿っていた。
そして、もう一人。
彼女の隣で鎖に繋がれた少女は、短く切り揃えられた燃えるような赤い前髪の隙間から、周囲の貴族どもを鋭く睨みつける勝気な瞳を宿していた。整った顔立ちの随所に見え隠れする、容易には屈しない不屈の意志。
「ご覧ください! この極上の肌! そしてこの希少な魔力を秘めた瞳と、燃えるような美貌! 本日はなんと、この極上品を二体同時に出品いたします!」
オークショナーが二人の紹介を始める。
一人目――亜麻色の髪の少女。
本名は、セレスティア・ノヴァ・ルナール。すでに地図から消えた亡国「ルナール星系王国」の第一王女。愛称は『ティナ』。
他国との大戦に敗れ、忠義の家臣たちが命を賭して彼女を戦火から逃がした。しかし、落ち延びる途中で運悪くハイエナのような宇宙海賊ゴライアスに捕まり、商品としてこの闇オークションへ流されたのだ。
ゴライアス…どこかで聞いた名だな…オレがそう思った時、(アレス様、ゴライアスとはこの宙域を始め、あちこちで荒らしている海賊でございます。)頭の中にそう言葉が聞こえた。暗部の念話だ。あー…そう言えばいたな。懸賞金がかかっていたな…確か。
二人目――赤い前髪の少女。
本名はロゼ・マクシリミリアン・ヴァルハイト。
帝国の公爵令嬢であったが、宮廷工作にやぶれ落ちぶれ、奴隷になった。代々将軍や軍部に影響力を持った家であったがそれゆえに敵が多く最後は不名誉な罪を負わされお家とり潰しにあったという。
オークショニアが興奮を煽り、会場の豚どもが身を乗り出して尋常ではない額の声を上げ始める。
「亡国の王女と帝国公爵家の令嬢か」
栄枯盛衰とはいえこれはむごいな…。
「この二人には特殊な仕掛けがございます!ご覧ください!」
オークショナーが叫ぶと会場がさらに盛り上がる。
と同時に、檻の中の少女たちに異変が起こる。
「う、あ、あああああああ――ッ!?」
セレスティナの口から、可憐な少女のものとは思えない、地を這うような絶叫が上がった。その華奢な体が内側から膨れ上がるように大きく隆起し、衣服を引き裂いていく。美しかった肌はどす黒い緑へと変色し、岩のように硬質化していく。
わずか数秒の間。そこにいたはずの亜麻色の髪の少女の姿は消え失せ、筋骨隆々とした巨大になり醜いオークのような化物へと変貌を遂げてしまった。
「ギャアアアアオオオオオン――ッ!」
理性を失った怪物の咆哮が、天井のシャンデリアを激しく揺らす。人為的な「魔獣化」の呪い。
その悍ましい発露に、観客たちは恐怖と、それ以上の異常な興奮に狂ったような歓声を上げた。だが、彼らの狂宴はここまでだった。
変貌の直後、
「キャー!」「お、おい! なんとかしろ!」
悲鳴と怒号が、四方八方から鼓膜を刺す。会場は一瞬にして、逃げ惑う人々の狂乱に支配された。その混沌の渦中、音もなく現れた漆黒の衣を纏う者たちが、オレの周囲を隙なく固める。
主であるアレスの身に万が一の火の粉も飛ばさぬよう、暗部たちが張り詰めた殺気を放った。
「アレス様、お下がりを!」
守護の陣の中心で、オレは微動だにせず問いかける。
「ヴェロニカには伝えたか?」
「はっ、すでに念話にて」
報告を聞き、オレは静かに腕を組んだ。――ギチ、ギチチ……ッ!突如、鼓膜を不快な金属音が震わせた。
音の主は、舞台中央に鎮座する巨大な檻。魔力を帯びた強靭な特製鋼鉄で造られ、いかなる巨獣の猛攻をも防ぐはずの「絶対の牢獄」だ。
だが今、その頑丈な鉄格子が、内側から凄まじい力で歪められていく。魔力を込めた強固な接合部が耐えかねて悲鳴を上げ、火花を散らした。――ガギィィィィンッ!!爆音と共に、極太の鉄格子が呆気なく引き千切られ、吹き飛ぶ。強烈な衝撃波が周囲の観客席をなぎ払い、粉砕された鉄の破片が石床に突き刺さった。
魔法による防御など、圧倒的な「質量と運動エネルギー」の前には何の役にも立たない。それを証明するかのような、純粋な物理の破壊だった。
檻の奥から、怨嗟の炎を宿した無数の瞳がこちらを睨み据える。かつて虐げられ、踏みにじられた彼女たちが、今や猛り狂う獣となって牙を剥き、外の世界へと溢れ出していた。怯え、許しを乞う強者だった者たちの姿が、彼女たちの瞳にどう映っているかは分からない。
ただ分かっているのは、それが彼女たちの正当な権利だということだ。オレはただ、冷静にその状況を見ていた。檻を破壊し、自由と牙を取り戻した彼女たちが、積年の怨嗟を晴らすべく、その身を甘美な復讐に任せているのを――。
咆哮に重なるようにして、会場の天井が凄まじい爆音とともに吹き飛んだ。
「――突入ッ!抵抗する者は容赦なく排除せよ!」
爆煙と瓦礫の雨を割って、ヴェロニカ率いる憲兵隊が容赦なく場内へと降下してくる。
――オォォォォォォンッ!!!地響きのような咆哮が轟いた、まさにその瞬間だった。檻の破壊に重なるようにして、会場の天井が凄まじい爆音とともに吹き飛んだ。豪風が吹き荒れ、厚い石造りの天井が文字通り粉砕される。
「――突入ッ! 抵抗する者は容赦なく排除せよ!」
爆煙と瓦礫の雨を割って、鋭い怒号が響き渡る。先頭で白刃を煌めかせ、凄まじい速度で降下してきたのは、憲兵隊だ。
憲兵総監ヴェロニカが…彼女が率いる憲兵隊の精鋭たちが、ワイヤーと魔力推進を駆使して容赦なく場内へと躍り出てくる。
「な、なんだ、お前たちは!? ひっ、私は侯爵家のも――」
「問答無用! 捕縛しろ!」
逃げ惑っていた悪徳貴族や見物人たちは、突如現れた軍勢に次々と組み伏せられていく。抵抗を試みる警備員は、一撃のもとに叩き伏せられた。実に手際がいい。こうした修羅場には慣れきっている、冷徹なプロの仕事だった。
一瞬にして会場を制圧した憲兵隊は、次の瞬間、鋭い殺気の矛先を舞台へと向けた。狂乱し、完全に怪物と化した二人の女性の力を得て暴走する彼女たちの周囲を、瞬く間に銃の壁が取り囲む。アレスを守っていた暗部たちもまた、暴走する怪物にいつでもトドメを刺せるよう、刃を逆手に構え直した。
その包囲網の隙間を縫うようにして、オレは静かに、彼女たちの前へと歩み出た。
「アレス様! 危険です、お下がりを!」
鋭い金属音を響かせ、ヴェロニカが血相を変えて制止の声を上げる。だが、オレはそれを完全に無視した。暗部たちの制止の手も、視線だけで退ける。いま、この醜悪な見世物小屋の連中はどうでもいい。オレはこの二人――すべてを奪われ、それでも世界を呪って牙を剥いた、この二人に用がある。




