第1話 選定の儀、十七歳の誕生日
「──アレス・フォン・アストレア。お前に宿る属性は『なし』。よって、魔法適正ゼロ。我がアストレア家始まって以来の出来損ないめが」
厳かな拝殿に、実の父であるアストレア辺境伯の冷徹な声が響き渡った。
十七歳を迎える誕生日の当日。
帝国の辺境に位置するアストレア辺境伯領の首府惑星にて、俺──長子であるアレスの『選定の儀』が執り行われていた。
貴族とは、天から授かった魔力を属性魔法へと変換し、宇宙戦艦や魔導機動兵器を駆るからこそ尊い。それがこの星間帝国の絶対のルールだ。
俺の体内に流れる魔力の純度と量──『魔力値』の数値は、測定器の針が振り切れるほどの規格外だった。だからこそ、両親も、領民も、帝国さえもが俺に絶大な期待を寄せていた。将来は帝国の歴史に名を残す大魔導師になるはずだと。
しかし、結果は「適正属性なし」。
どれほど膨大な燃料を持っていても、それを炎や雷に変える「属性回路」が生まれつき欠落している。魔法が使えない貴族など、この帝国においては平民以下の価値しかない。
「そんな……。なぜ、あんなに高かった魔力値が……」
愕然と立ち尽くす俺の前に、一人の美少女が歩み寄ってきた。
美貌の婚約者、エレノア公爵令嬢だ。彼女は俺の十七歳の誕生日の祝いとして、さっき俺が贈ったばかりの純銀のペンダントを手元で弄んでいた。
「アレス様。いいえ、アレス。弱者に価値はありません。私のような優秀な水魔導師が、魔法一つ使えない貴族の面汚しの妻になるなど、あり得ませんわ」
エレノアは冷酷な笑みを浮かべると、手の中のペンダントを床へと投げ捨てた。
カラン、と高い音が響く。彼女はそれを、自身の高価なヒールで、これ見よがしにガリガリと踏みつけ、無残にへし折った。
「な、エレノア、お前……!」
「見苦しいですわね。汚らわしい無能の分際で、私を名前で呼ばないでくださる?」
エレノアが優雅に手をかざすと、術式が展開され、冷たい水が奔流となって放たれた。
ドシャッ、と凄まじい衝撃と共に水魔法をまともに浴びせられ、俺は拝殿の床へと無様に転がった。全身から水が滴り、惨めに濡れそぼる俺を、周囲の貴族たちはクスクスと嘲笑している。
「これだから『無属性』は。ああ、忌々しい。なぜ我が家から、こんな出来損ないが生まれてしまったのだ……!」
母は汚いものを見る目で俺を睨みつけ、扇子で顔を覆った。
「本当ですね、父上、母上。今まで散々天才ぶっておいて、まさか魔法の一つも使えないゴミだったとは。アストレア家の長男の座は、僕が正しく引き継いであげますよ」
傍らで、異母弟のジュリアスがにやにやと下卑た笑みを浮かべていた。
彼は兄である俺を引きずり下ろすため、裏で帝国に働きかけ、若くしてすでに「男爵位」まで手に入れていたのだ。全ては俺の後釜に座り、次の辺境伯になるための布石。
しかし、そのジュリアスが、両親に向かってボソリと冷酷な進言をした。
「父上。この出来損ない、いっそここで殺してしまっても構わないのでは? 生かしておいても我が家の恥になるだけです」
「……いや、殺せばかえって帝国の監査が入り、我が家の汚点として記録に残る。家の恥をこれ以上広げるわけにはいかん」
辺境伯は忌々しげに首を振ると、濡れそぼる俺を見下ろして冷徹な宣告を下した。
「アレス。お前をアストレア家から廃嫡とする。だが、アストレアの血を引く以上、平民に落とすのも外聞が悪い。よって、名目は『領主』のまま、我が領の最果てにある惑星『レガリア』へ追いやる。二度と本星へ戻ることは許さん」
惑星レガリア。
アストレア領の国境沿いに位置する、かつて資源惑星として登録されたものの、ろくな資源が採れずに今や完全に放置された不毛の赤茶けた岩石星だ。国境が近いため、アストレア家の見栄と海賊対策として、本家の素行不良な私兵どもが駐屯しているだけの、ゴミ溜めのような場所だった。
「素晴らしいご判断です、父上。あそこなら海賊の夜襲か魔獣の餌になって勝手に死ぬでしょう。そうとなれば、僕を正式な辺境伯の跡継ぎとするべく、早く手配をしなければなりませんね」
ジュリアスはすでに俺のことなど視界から消し去り、両親へと擦り寄っていた。
「ああ、そうだな。ジュリアスを次の辺境伯にするため、中央の有力貴族たちへの『工作金』の手配をすぐに始めよう」
「ですが父上、中央への工作金はいくらあっても足りませんよ?」
弟の言葉に、辺境伯は傲慢極まりない鼻笑いを漏らした。
「ふん、何を言うかと思えば。工作金など、領内の平民どもからさらに税を絞り上げて取り立てればいい。貴族にとって領民など、我らを生かすために金を差し出すだけの家畜、ただの消耗品に過ぎんのだ。少しばかり税率を上げ、生存限界まで搾り取ってやれば、いくらでも金は湧き出てくる」
「さすが父上、合理的ですね! では、さっそく全領地にさらなる重税を課すよう手配しましょう!」
両親と次男は、拝殿の床に這いつくばる俺を放置したまま、平民を犠牲にする裏工作の相談を楽しげに始め、エレノアもそれに嬉々として混ざっていく。
誰も俺を見ようとしない。
昨日まで俺を称えていた世界が、一瞬にして反転し、どす黒い悪意となって襲いかかってきた。
(─_なんだよ…なんなんだよこれは!アストレア家、ジュリアス、エレノア。お前たち全員、絶対に許さない……!)
俺は握りしめた拳から血を流しながら、心の底から復讐を誓った。
濡れた黒髪の隙間から覗く、俺の漆黒の瞳が、怒りで昏く燃え上がっていた。
これが、すべての始まりの日。十七歳の誕生日に、俺はすべてを失い、最果ての駐屯惑星『レガリア』へと追放された。
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