第27章 形見(かたみ)
第27章 形見
あと、どのくらい彼女と話せるのだろう。
あと、どのくらい彼女を抱きしめていられるのだろう。
腕の中から徐々に失われていく温もりは、残された時間が残り僅かであることを物語っていた。
「不完全な人間を通してしか……真理が見られないなら、わたしは何のために生まれてきたのでしょう……」
それは、全知全能に近い彼女が、消えゆく間際に吐き出した『産声』のような言葉だった。
俺は何も答えてやれなかった。
ただ、彼女を強く抱きしめてやることしか出来なかった。
そんな静寂の中で、彼女は最後の言葉を静かに残す。
「涼介……さあ、目を開けて。あなたの『呪い(せかい)』が、始まります」
人間は、本当に大切なものを失う直前、自分でも驚くような『呪い』を口にするものだ。
「忘れてやるもんか。きみたちの記憶を、俺の人生に永遠の呪いとして書き込んでいってやる」
「ふふっ……これであなたはもう、やる気のないフリなんてできませんね」
さらに強く抱きしめようとした時には……。
腕の中にあったはずの重みも、体温も、空気の振動すらも消え去っていた。
物理的なものは何ひとつ残らない。
ただ、さっきまで彼女を抱きしめていたはずの、俺の『手のひらの感触』だけが、あまりの虚無感に逆説的なリアリティをもって残されている……。
彼女たちを愛しているからこそ、この不完全で、残酷で、時に醜い世界を、俺は死ぬまで愛し、慈しみ、観測し続けなければならない。
俺は彼女たちが愛した『世界』という巨大な形見の中で、独り、生きていく。
それは救いであり、同時に、逃げ場のない愛の呪いだった。
もう、鈴の音は鳴らない。
「そんなこと……俺が一生かけて考えてやるよ!」
間に合わなかった答えが、喉の奥から追い付くように溢れ出る。
『……だったら、あなたが生きる明日の中に、私の生まれた意味を、ひとかけらだけでいいから残しておいて』
そう聞こえた……。
……いや。
俺が、そう願っただけなのかもしれない。
答えは、もうどこにも用意されていない。
ただ、彼女の居た境内の中央に。
……丸められた紙屑が、ひとつ落ちていた。
……くだらないものだけが、最後に遺された。
——END——




