Day 31.花宵
三枝メイサは、照りつける真夏の日差しの下、校庭を忙しなく走り回っていた。
サッカー部のマネージャー業はおおむね一、二年生へ引き継いでいたため、そのサポートをしながら、自分は細かな雑務を引き受けていた。
「柔軟サボりたがる男子多いけど、しっかりやらせてね。事故率下がるから」
メニューの組み方、選手の癖、コーチとのやり取り、他校の情報……。ほかのマネージャーとマニュアルに沿って引き継ぎは済ませたものの、それでも伝えておきたいことは山のようにあった。
そのうえ雑用も山ほどあり、バスケ部の助っ人でしばらく持ち場を離れていたメイサは、額に汗をにじませながら休む間もなく働いていた。
ボールを倉庫から運び出し、ドリンクを作り、汗を拭くタオルを配り……。
「さ、三枝先輩にそんな雑務させられないです!」
と一年生からは言われたが、他の三年生もやっているし、一年生には他にもやってもらうことが山ほどある。
「いいよ、いいよ。それより、ドリンク作りを教わっておいで」
そう言うと、メイサは照り返すグラウンドへ再び駆け出した。
コーンを並べ、白線を引き終えたところで、校舎沿いの花壇の脇を歩く藤也の姿が目に入った。眉間にしわを寄せ、手元の紙をじっと見つめている。
「藤也ー!」
メイサが大きく手を振ると、藤也はゆっくり顔を上げた。メイサに気付くと、表情をふっと緩め、同じように手を振り返した。
「メイサ-、おつかれー!」
「藤也、今日何時まで?」
「夕方! そっちは?」
「こっちも! 校門で待ってる!」
メイサは満面の笑みで大きく手を振ると、白く光るラインカーの待つグラウンドへ軽やかに駆け出した。
***
須藤藤也はメイサに手を振ったあと、中庭にやってきた。
ずらりと並ぶ花壇の周りでは、園芸部員たちが汗を流しながら作業を続けていた。虫を取り除き、脇芽を間引き、水やりの様子を確かめるなど、やるべきことはいくらでもある。
藤也はあちこちで指示を出して回っていたが、炎天下では歩くだけで額から汗が次々と流れ落ちた。
「柳-、校門の苗の様子どう?」
スコップとゴミ袋を持ってやってきた副部長の柳に、藤也は声をかけた。
「ものによる。マリーゴールドはいいけど、ヒャクニチソウが虫だらけになった」
「えー、見に行く?」
「隙間空けて薬撒いて様子見するから、大丈夫。他の場所は?」
藤也は手にしていたメモを柳に見せる。
「ま、他は大丈夫。中庭は草野先輩いるし、裏門は世菜がいるし」
「あー、裏門は一年が一人か……誰か回したいけど……無理だな、人が足りない。しかも世菜ならなんとかしてくれる気がする」
「そうなんだよ。ま、俺がたまに様子見に行くから、柳も気にかけてやって」
「はいよ。須藤は世菜に厳しいな」
「任せたら任せただけ働いてくれるから、つい」
藤也はそう言って苦笑したが、口にした言葉が父親からよく言われるものと同じだと気付いた。
「……パワハラになる前に止めるわ」
「そうしてやんな。世菜、溜め込むから」
柳は笑いながら、再び校門の花壇へ戻っていった。
藤也は照り返しの強い校庭へ戻ると、忙しく動き回る部員たちへ次々と声をかけに向かう。
***
体育館の舞台前で、青川海斗と茶野翔は並んでボールを磨いていた。
「いやいやいや……」
海斗が深く息を吐く。
「マジ、どうしようね、俺ら二人で」
翔は座ったまま、手にしたボールを床へ軽くついた。
てん、てん、とボールが跳ねる音の合間を縫うように、セミの大合唱が降り注いでいた。
校舎からはトランペットの音色が流れ、湿り気を帯びた風が体育館をゆっくり吹き抜けていく。
「んー止めてった連中に声かけと……あとマネージャー……」
「赤江先輩と三枝先輩が全てやってくれてたからな」
「他にいねえだろ。あんな、なんでもやってくれる人たち」
二人は顔を見合わせ、小さくため息をついた。
ふと翔が顔を上げると、目の前に制服姿の女子生徒が立っていた。
「……誰?」
「うわ、びっくりした。一年?」
海斗も気づいて顔を上げる。
そこに立っていた一年生の女子生徒は、ふわりと広がる長い茶髪を揺らし、猫のように丸い目で二人を見下ろしていた。
吹き込んだ風が、彼女の長い髪と制服のスカートをふわりと揺らした。
小柄な体格とは裏腹に、その笑みには揺るぎない自信があふれていた。
「愛香ちゃんと三枝先輩ほどではありませんが、なんでも出来るマネージャーが助けに来てあげました。感謝してください」
翔がきゅっと目を細める。
「なに?」
海斗は顔をしかめた。
「マネージャーって言ったけど、え、赤江先輩と三枝先輩と知り合い?」
「はい、愛香ちゃんは幼馴染みです」
女子生徒はにこりと微笑んだ。
「実は少し前からマネージャーのお手伝いしてたんですよ」
海斗はハッとして目を丸くした。
「赤江先輩たちが言ってた企業秘密って」
「そうでーす。この私、白石美琴です。愚兄がご迷惑をおかけしたぶん、この最強かわいい妹である私ができる範囲でなんとかします。辞めていった一年生には全員声をかけましたから、やる気があれば二学期には戻ってきますよ」
美琴がにかっと自信満々に笑うと、その笑顔に海斗は思わず耳を赤くし、翔はそんな二人を見比べた。
響いていたトランペットの音色に、他の楽器も乗っていた。
楽器に詳しくない海斗と翔には、何が奏でられているのかまでは分からない。それでも重なり合う華やかな音色は、目の前で胸を張って笑う少女に、不思議なほどよく似合っていた。
***
やがて、二学期が始まった。
朝、愛香が家を出ると、ちょうど一輝も自転車に跨がろうとしていた。
「一輝、おはよ」
「……はよ」
「なんでそんなに嫌そうなの?」
「嫌とかじゃなくて……ニヤけそうなのを堪えてる」
愛香は苦笑をこぼし、自転車に跨るとのんびり走り出した。
「ニヤければいいのに」
「やだ。かっこ悪い」
「もっとかっこ悪いところ、全部知ってる」
「本当だよ……あ、大雅」
「おはよー」
愛香と一輝は大雅の家の前で自転車を止めた。
大雅はあくびをして、自転車を引っ張り出す。
「はよ。つーか、先行ってくれていいけど」
「何言ってんだよ。お前も行くんだよ」
「今、一輝のかっこ悪かったところベストテン始まるところだった」
「マジかよ」
一輝がギョッとすると、大雅も顔をしかめた。
「止めろ、それ半分以上俺も含まれるだろうが」
三人は縦一列に並び、朝の住宅街を抜けて学校へ向かった。
学校の駐輪場に自転車を止めると、三人はゆっくりと校舎へ向かった。
「美琴ちゃん、楽しくやってるみたいだね」
「なんかな。海斗と翔が尻に敷かれてるっぽいけど、大丈夫かな……」
大雅は顔をしかめて体育館へと顔を向けた。
一輝は笑って少し前を歩く。
「大丈夫だろ。あの二人、俺にいびられても、三枝にしごかれても止めなかったんだから」
「自分で言うな。ま、あいつらが大丈夫なのは同意だけどさ」
愛香は二人の後ろをのんびりと歩いていった。
空は相変わらず青く澄んでいたが、その色は夏の頃よりもわずかに淡く見えた。
頬をなでる風は、少し前までとは違って乾いた心地よさを帯びていた。
白い雲がいくつも連なり、ゆっくりと青空を横切っていく。
体育館からは、規則正しくボールの跳ねる音が絶え間なく響いていた。
秋が始まろうとしていた。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
リアルでバスケの試合を観に行ったら楽しかったので「バスケの話書きたいなあ!!」という思い付きで始まった話でした。
今回はマネージャーとしてバリバリ活躍するメイサと、高校二年生男子の藤也が書けて楽しかったです。
群像劇にしたかったのですが、わたくしの力量不足で海斗と翔、そして大雅を書き切れず、悔しい限りです。
海斗と姉の話とか、翔と柳くんの話とか、もうちょっと書きたかったなあ……
美琴もぽっと出感が強くて、もうちょっと序盤で話を出しておけばよかったなあと、反省しきりです。
最初はモブだった顧問の灰田先生も、後半に活躍してくれて助かりました。
ともあれ、書ききれてよかったです。
一ヶ月、お付き合いいただきありがとうございました!
***
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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