Day 12.謂はぬ色
よく晴れた土曜日の朝。改札を抜けたメイサの目に、すでに全員そろって待っている部員たちの姿が飛び込んできた。
「おせーよ、マネージャー」
睨む大雅にメイサは手を振った。
「ごめんごめん……って、まだ約束の十分前じゃん」
メイサが辺りを見回すと、一輝と愛香は肩を寄せ合って緊張した面持ちで立ち、二年生三人は足元の地面に石でまるばつゲームを書いて時間をつぶしていた。
メイサに気づいた藤也が顔を上げて目を細める。
「おはよ、メイサ」
「おはよ。行こうか」
「……うん」
愛香が蚊の鳴くような声で答えた。
「緊張しすぎ。黒杉は大丈夫? 駄目ならポジション変えるけど」
「駄目じゃない」
一輝が唸るように言って歩き出した。
海斗と翔も立ち上がり、全員で大学に向かって歩き出す。
***
大学の体育館は広かった。天井も高く、コートの向こう側が遠く感じられるほどで、高校の体育館の倍近い広さがあった
海斗は「吐きそう」と呟き、翔も「体力保つかな」と呟く。
メイサは、
「吐くならあっちにトイレあったし、体力がなくなっても走るんだよ」
と笑って言うと、そのまま相手側のマネージャーへ挨拶に向かった。
挨拶を終えるとすぐに戻り、一行は控室へ移動した。
男子たちが黙々と着替えを始める中、少し遅れて愛香が控室へ入ってきた。
「おかえり、まなちゃん。どうだった?」
「メイちゃんの言うとおりだった」
「なに?」
靴ひもを結んでいた大雅が顔を上げた。
一輝も愛香とメイサに顔を向ける。
「まなちゃんに迷子のふりして、敵情視察してもらってきた」
「俺の愛香にそういう危ないことさせんな。せめてやらせるなら、先に言えよ」
「言ったらあんたが自分で行くって言いだすからダメ。あのね、ここのバスケサークル、そんなに真面目にやってるとこじゃないからさ、高校生相手なら遊び気分だと思ったんだよね」
「うん。そんな感じのことを話してたよ」
愛香は大学構内を歩いているときに耳にした、バスケサークルの大学生たちの様子をメイサへ報告した。
「終わったらマネージャーだけ呼んで合コンの予定だってさ」
「は?」「あ?」
藤也と一輝の声が重なった。
他の三人も顔を上げて愛香を見ている。
「そんなことだろうとは思ってたけどね」
メイサはにやっと笑って手にしていたノートをぱたんと閉じ、着替えを終えた部員たちをゆっくり見回した。
「あんたたち、やっておしまい」
「いや、だからなんで悪役ムーブなんだよ……」
藤也が呆れた顔で笑った。
***
「よろしくお願いします」
「そんな緊張しないでいいよ。気楽にやろうぜ」
一輝がサークルの代表に挨拶をすると、相手はへらっと笑った。
相手チームは終始笑顔だった。だが一輝には、その笑みが愛香とメイサを品定めするようなものにしか見えない。
それぞれが軽く頭を下げてから、試合が始まった。
愛香はスコアボードの隣へ立ち、メイサはコートの反対側で三脚に据えたビデオカメラを回しながら、ノートへ細かくメモを取っていた。
三脚もカメラもサッカー部から借りてきたものだという。強い部活は備品も充実していて、一輝には少しうらやましかった。
だが、バスケ部をここまで弱体化させたのは自分だ。そんなことを口にする資格はないと、一輝は胸の内で苦く笑った。
一輝は前を見た。
コートの中央では大雅が屈伸している。
メイサから「初手でぶん殴れ」と指示を受け、緊張しながらも「任せろい」と張り切っていた。
大雅の斜め後ろでは藤也がメイサに手を振り、その近くでは海斗が嫌そうな顔で手首を回していた。翔はコートの右側で膝に手をつき、周囲を見回している。
一輝は息を吸って吐いた。
審判役の大学生がボールを投げる。
大雅が跳んだ。
あいつ、ジャンプ高くなったな……。そんなことをぼんやり思いながら、一輝は走り出した四人の少し後ろを追った。
大学生たちが大雅を取り囲もうとしたが、藤也と海斗が間へ割って入った。
二人の間を抜けて大雅がゴールを決めた。
一瞬静まり返るが、すぐに試合は再開する。
「翔!」
「はい!」
一輝が怒鳴る。翔と海斗がボールを持つ大学生に追いつく。翔がボールに手を伸ばし、大学生がかわそうとしたところを海斗が奪って藤也に投げる。
「うりゃっ!」
藤也が投げたボールはリングに弾かれたが、大雅が拾ってゴールを決めた。
大学生がざわつく。
一輝は唾を飲んだ。
「そこで日和ったら刺す」
物騒すぎる声援が聞こえて振り向くと、メイサが笑顔で手を振っていた。
たぶん、一輝にしか聞こえていない。
聞こえていたら、藤也があんな笑顔でメイサに手を振っているはずがない。……たぶん。
「うっせー、見てろ、バカギャル」
「いてこましてきなさいよ、モラハラ」
一輝は走り出した。
その後も試合は、一輝たちが主導権を握ったまま進んだ。後半に入ると大学生側は明らかに力を抜き始めたが、一輝たちは最後まで気を緩めることなく勝ち切った。
「ありがとうございました」
試合後、一輝が頭を下げると、相手の主将はへらっと笑った。
「いやー、若いっていいねー。俺らなかなかそこまでガチでやれねーわ」
一輝は拳を握る。すぐ後ろにいたメイサが笑顔で顔を出した。
「胸をお借りできてありがたかったです。お世話になりました」
返事を待たず、メイサはくるりと踵を返した。
「さー、帰ろー。藤也、午後はバイトでしょ。私も学校に顔出してから行くからね」
「あ、俺も学校行く。部長に呼ばれてるんだ」
「メイちゃん、私も行くよ。ビデオ見せて」
一輝は一瞬きょとんとしてから、もう一度大学生たちを見上げた。
「ありがとうございました」
笑顔でもう一度頭を下げると、仲間たちとともに控室へ向かった。
***
控室に着くと、メイサがどかっとベンチに座った。
「あーすっきりした」
「三枝先輩、褒めて褒めて」
「藤也、一発目のシュート外したでしょ」
「うぐ」
「三枝さん、俺は初手、決めたよ」
藤也が言葉に詰まる横で、大雅がニヤニヤしながらメイサの前へ進み出た。
「よくできました。撫でてあげようか?」
「えっ、おねが……い、いらねえし!」
頭を下げかけた大雅を藤也がじろっと睨んで割って入った。
一輝はその様子を笑いながら眺め、制服に着替えた。
愛香はメイサから少し離れた席でノートに何かを書き込み、メイサは続けて海斗と翔を褒めていた。
「俺は?」
一輝が何の気なしにメイサに聞くと、「うん」とやる気のない返事が返ってきた。
「ポイントガード、初めてだったんでしょ? 途中ちょっと日和ってたけど、よかったんじゃない?」
「……『日和ったら刺す』は声援じゃねえと思うわけよ」
「発破をかけたんだよ。声援はまなちゃんにかけてもらって」
「……これ以上愛香に甘えたら見捨てられないかな」
「本人に聞け」
一輝は振り返ると、少しためらってから愛香の隣に腰を下ろした。
「……俺、ちょっとはマシになったかな」
「なった」
愛香は顔を上げずに答えた。
一輝は愛香の華奢な肩を見つめ、小さく目を細めた。
「そっか」
一輝は静かに立ち上がり、荷物をまとめ始めた。
「三枝ー、このビデオってさ」
「ちょっと、乱暴! それ、サッカー部のなんだからさあ」
「それは知ってるけど」
「丁寧に扱ってよね」
怒るメイサに大雅が笑った。
「むしろ三枝さんが俺らを丁寧に扱ってほしい」
「は?」
低い声に、大雅の笑顔が引きつる。
「白石、月曜からの朝練でランジ追加」
「らんじ?」
「こういうやつ」
メイサは片足を前に出して、膝を曲げ、腰を落とした。
「……スクワットの足を前後に開くやつ? なんだよ、余裕じゃん」
「そう? 余裕なら後ろの足は椅子に乗せてやってね。体幹強化が足りてなさそうだから」
「余裕余裕……んあ」
大雅は言われた通り、後ろに引いた足をベンチへ乗せて腰を落とし……そのまま見事にひっくり返った。
「え、なんこれ、難しくない?」
「余裕なんでしょ?」
「でも」
「余裕だよね、白石くん」
「……はい」
メイサは大雅に笑顔を向けると、そのままビデオを片付け始める。
「まなちゃん、忘れ物ない?」
「大丈夫、帰ろうか。一輝はどうする?」
「……俺も愛香と学校行く。試合のビデオ見るんだろ?」
「なら俺らも行きます!」
結局、全員で学校へ戻り、視聴覚室で昼食をとりながら練習試合のビデオを見返した。
途中でメイサと藤也は席を立ち、それぞれの部活へ顔を出しに向かう。
***
「須藤くん、元気だね」
藤也が中庭のベンチで草野と並んで部員名簿をめくっていると、柊莉子がじょうろを抱えてやってきた。
「愛する彼女が頑張ってるんで。まーそりゃきついっすけどね」
「メイサちゃん、体力あるからなあ。でも、メイサちゃんがいないとサッカー部の男子たちが元気ないって、颯くんが言ってたよ」
「それはそれで面白くないんですけどね……」
藤也は名簿を閉じて立ち上がった。
中庭を抜けて校庭へ向かうと、メイサが後輩マネージャーに何か話している姿が見える。
「メイサーあとどれくらいー?」
藤也が声を張ると、メイサが顔を上げて笑った。
「あと三十分!」
「りょーかい!」
藤也は満足そうに頷くと、足早に中庭へ戻る。
途中でふと顔を上げると、視聴覚室の窓が開いていて、風に揺れるカーテンが目に入った。
「あと三十分で終わる?」
莉子に聞かれて藤也は力強く頷いた。
「終わらせます」
藤也は莉子を見送り、副部長の柳に声をかけに向かった。
ちなみに「謂はぬ色」は「いわぬいろ」と読み、少し赤みのある黄色だそうです。
つまりバスケットボールみたいな色ですね。
そういうことにしておいてください。
***
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