歓迎の膳
歓迎の宴は、日が傾き始めた頃に始まった。
会場は鳳家屋敷の大広間だ。朱塗りの丸卓に白い卓布が掛けられ、銀の箸置きと青磁の食器が整然と並んでいる。卓の中央には秋の最後の菊が活けられ、黄と白の花弁が灯台の光に映えていた。壁には鳳凰紋の掛け軸が一幅。墨一色で描かれた鳳凰が、翼を広げて飛翔する図だ。
大広間に通された使節たちは、まず部屋の設えに目を奪われた。質素でありながら洗練されている。帝都の宴席のような金箔と紅花の過剰な華美はないが、一つ一つの調度に品がある。掛け軸の墨の濃淡、花器の形、卓布の織り——全てが統一された美意識の中にある。
麗華は上座に座り、春蘭が隣に控えた。使節は対面に並ぶ。周鶴齢が正面、張文遠がその隣。暁風は麗華の側——使節から見れば、鳳家の側に座っている。
暁風自身はそれに気づいていないようだった。
「本日は遠路お越しいただき、ありがとうございます。まずは旅の疲れを癒していただきたく、ささやかですが食事をご用意しました」
麗華が軽く手を打つと、厨房から給仕の者たちが料理を運び始めた。
一皿目。
鳳凰米の白飯。
炊きたての飯が蒸気を立てながら一人ずつの碗に盛られる。米粒が一つ一つ透き通るように白く、ふっくらと膨らみ、艶やかに光っている。甘い香りが大広間に広がった。
周鶴齢が碗を手に取り、一口食べた。
箸が——止まった。
「……これは」
白飯だ。おかずではない。何の味付けもない、ただの飯。なのに——甘い。噛むほどに甘みが舌に広がり、粒の一つ一つが弾力を持って口の中で踊る。
「普段のお米ですよ。鳳凰領では、毎日この米を炊いています」
麗華の言葉が、静かに刺さった。
帝都では、もうこの白飯は食べられない。皇帝ですら雑穀粥を啜っている。なのに——ここでは、領民が毎日これを食べている。
張文遠の箸も止まっていた。だが彼の表情は、感動ではない。苦い——何かを噛み潰すような顔だ。
二皿目。
蒸し鯉の葱姜ソース。
鳳凰領の清流で獲れた鯉を丸ごと蒸し上げ、白髪葱と千切り生姜を散らし、熱した胡麻油をジュッと回しかけたもの。皿の上で油が弾け、葱と生姜の香りが湯気とともに立ち昇る。鯉の身は箸で触れるだけでほぐれるほど柔らかく、白い身の中にほのかな甘みが閉じ込められている。
「おお——」
周鶴齢が感嘆の声を漏らした。鯉の身を口に運び、ゆっくりと咀嚼する。目が潤んでいる。
「帝都では、もう半年以上まともな魚を食べていません。冬場の干し魚ばかりで——」
老官吏の声が、わずかに震えた。
三皿目。
乳鴿の炙り焼き。若い鳩を醤油と蜂蜜の混合ダレに漬け込み、炭火でじっくりと炙ったもの。皮は飴色に輝き、一口噛めばパリッと音がして、中から肉汁が溢れる。
四皿目。
翡翠白菜の上湯煮。鶏と金華火腿で取った澄んだ上湯で白菜をとろとろに煮込んだ逸品。スープは琥珀色に澄み、白菜は口の中で溶ける。
五皿目。
蓮の実と棗の甘露煮。食後の甘味として出された素朴な品だが、棗の自然な甘みと蓮の実のほくほくとした食感が口の中で溶け合う。
料理が出るたびに、使節の表情が変わっていった。
周鶴齢は感嘆を隠さず、一品ごとに顔をほころばせた。書記官の若い男は箸を動かす手が止まらず、あっという間に碗を空にしている。
張文遠だけが、終始険しい顔をしていた。箸は動かしている——食べないわけにはいかない。だが一口ごとに、その表情が硬くなる。
(食べれば食べるほど、帝都との差を思い知らされる。それが分かっているのね、張侍郎)
麗華は心の中でそう呟き、穏やかに微笑んだ。
「いかがですか。お口に合いましたでしょうか」
「素晴らしい。いや、素晴らしい以外の言葉が見つかりません」
周鶴齢が目を細めた。
「鳳殿。この食卓は——帝都に見せてやりたい」
その一言に、張文遠がちらりと正使を見た。危ない発言だ。使節の正使が鳳家の食卓を褒めるなど、朝廷の立場からすれば敵の手柄を認めるに等しい。だが周鶴齢は気づいていない。食の感動に素直すぎるのだ。
(周大人は正直な方ね。正直すぎるくらいに。——だからこそ趙宰相は、この方を正使に選んだのでしょう。決定権のない温厚な人を表に立てて、裏で張侍郎を動かす。いつもの手口だわ)
暁風は黙々と食べていた。
麗華はそれを横目で見ていた。暁風の箸が止まったのは最初の白飯の一口目だけで、あとは淡々と食べ進めている。だが——食べ方が丁寧になっている。鳳凰領に来た初日は掻き込むように食べていたこの男が、今は一口ずつ、味わうように箸を運んでいる。乳鴿の骨から丁寧に身を外し、翡翠白菜のスープを碗に注ぎ、飯と交互に食べる。軍人らしい効率的な食べ方ではあるが、以前のような無頓着さはもうない。
(変わったわね、この人。食べることの意味が変わったのかしら)
宴が終わり、使節たちが客間に引き上げた後。
大広間には食後の余韻が残っていた。料理の香りがまだ微かに漂い、卓の上には空になった食器が並んでいる。給仕の者たちが片付けを始め、食器が触れ合う小さな音が響く。
春蘭が麗華の傍に来て、低い声で報告した。
「正使は大変感動されていました。部屋に戻る際、書記官に『今日の料理の品名を全て記録しておけ』と指示していたそうです」
「周大人は食に素直な方ね。いい反応だわ」
「副使は——宴の後、部屋に戻らず廊下で書記官と密談していました。おそらく今日の宴の情報を整理しているのでしょう」
「予想通り。張侍郎は鳳凰領の食糧事情を数字に換算しようとしているのね。料理の品数、食材の質——全てを帝都に報告する材料として」
麗華は使節の残した食器を見つめた。張文遠の皿は綺麗に食べ終えてあった。手をつけなかったわけではない。むしろ全て食べている。食べざるを得なかったのだ。
(意地でも残さなかったのね。食べて、悔しかったでしょう。この味が鳳凰領にあり、帝都にないことが)
片付けを見守りながら、暁風が麗華の横を通りかかった。
「——あの宴、うまかった」
ぼそりと、それだけ言って通り過ぎていく。
麗華は暁風の背を見送り、小さく笑った。
「あら。褒めてくださるの、珍しいですね」
暁風は足を止めず、背中だけで答えた。
「事実を言っただけだ」
その耳が赤くなっていることに、暁風自身は気づいていない。
大広間を秋の夕風が吹き抜け、卓布の端をひらりと揺らした。菊の花が風に揺れ、花弁が一枚、空の碗の中に落ちた。




