霊脈再生の設計図
翌日、麗華は霊脈再生の設計図を承乾に提出した。
大殿の一室に、承乾と暁風、学士院の長官が集まった。朝の光が窓から差し込み、卓の上の文書を照らしている。
卓の上に広げられた大きな地図。百年前の霊脈分布図と翠微の調査データを重ね合わせたもので、国土全体の霊脈ポイントが三十七ヶ所、赤い点で示されている。それぞれのポイントに番号と名称が書き込まれ、霊脈の流路が青い線で繋がれている——はずの線が、各所で途切れている。断裂箇所だ。
「これが霊脈再生計画の全体図です」
麗華が説明を始めた。声は落ち着いている。昨夜、暁風の粥を食べて眠り、今朝は自分で炊いた白粥に鳳凰領の漬物を添えて朝食を取った。身体も頭も冴えている。
「三十七の霊脈ポイント。それぞれに術者を配置し、中核ポイントからの信号に合わせて同時に術を行使します。全ポイントが接続されたとき、霊脈ネットワークが蘇ります」
承乾が地図を見つめた。若き皇帝の目は真剣だ。かつて側近に振り回されていた頃の弱さは消え、為政者としての聡明さが顔に表れている。
「三十七ヶ所か。広大な範囲だ」
「はい。国土全体にわたります。最北のポイントは遊牧国家との国境付近、最南は海峡の手前です。東は沿岸の島嶼部、西は砂漠との境界線。瑛朝の領土を包み込むように、霊脈のネットワークが張り巡らされています」
麗華は筆を取り、地図上の断裂箇所を指し示した。
「百年前の霊脈震で断裂した箇所は——この赤い×印のところです。全部で十二ヶ所。ここを繋ぎ直すことで、ネットワークが復活します」
「各ポイントに配置する術者は——何人必要だ」
「最低一名。ただし術の反動による消耗を考えると二名が望ましい。中核ポイントには私と翠微を含む五名を配置します。全体で、最低でも四十名の術者が必要になります」
「四十名……」
「そして、四十名の術者全員に地養術の基礎を教えなければなりません」
学士院の長官が口を開いた。恰幅の良い中年の文官で、額に汗を浮かべている。
「四十名の素質者を集めることは——可能なのですか。鳳家の秘伝は、限られた血筋にしか使えないのでは」
「いいえ。地養術の素質は鳳家の血筋に限りません。百人に一人程度の割合で、霊脈を感知できる素質者が存在します。鳳凰領で翠微を見出したのが、その証拠です」
「百人に一人……」
「瑛朝の人口を考えれば、潜在的な素質者は数千人規模で存在するはずです。問題は見つけ出す方法と、短期間で育成する方法」
麗華は帳面を開いた。昨夜、方法を見つけた後に書き上げた計画書だ。
「そのために——鳳家の秘伝を、天下に開かなければなりません」
室内が静まり返った。
秘伝の公開。百年間、鳳家が守り続けてきたもの。瑛朝の食糧を支え、鳳家の権力の源泉だった秘伝。麗華自身がそれを武器にして朝廷と戦った。その秘伝を——手放す。
窓から差し込む朝の光が、地図の上の赤い点を照らしていた。
「鳳殿。それは——鳳家の力の根源を手放すということでは」
学士院の長官の声に、驚きが混じっていた。
「はい。そうです」
麗華の声は穏やかだった。昨夜までの自分なら、この瞬間にわずかでも逡巡があったかもしれない。だが今朝、白粥を炊きながら考えた。鳳凰領の米で作った粥を暁風と翠微と三人で食べながら、答えは出ていた。
「鳳家の地養術は、百年間この国の食糧を独占する力でした。私自身、その力を武器にして朝廷と戦ってきました」
承乾の目が、一瞬だけ伏せられた。麗華の食糧戦略に帝都が屈した記憶は、皇帝にとっても重い。
「ですが、秘伝を抱え込んだまま滅ぶか、開いて国を救うか。——この選択しかないのなら、答えは一つです」
承乾が口を開いた。
「鳳麗華殿の決断を、朕は支持する。秘伝の公開は朝廷の正式な事業として行い、鳳殿には事業の主導者として全権を委ねる」
「ありがとうございます」
「必要な予算、人員、施設は朕が手配する。学士院は鳳殿の指示に従うこと」
学士院の長官が深く頭を下げた。
「承知いたしました」
暁風が麗華の隣に立っている。会議の間、一言も発さなかったが、麗華が秘伝の公開を宣言したとき、暁風の手が僅かに動いた。麗華の肘に触れるか触れないかの距離で、指が伸びかけて——止まった。公の場だ。だがその動きを、麗華は感じていた。
麗華は地図を見つめた。
三十七の赤い点。一つ一つが、霊脈の断裂箇所。百年前に鳳家が断ち切った命の流れ。いや——正確には、鳳家が集中させようとして失敗し、断ち切ってしまった流れだ。
(断ち切ったものを、繋ぎ直す。独占したものを、分け与える。——これが、鳳家の償いだ)
設計図が完成した。あとは——実行するだけだ。
「まず必要なのは、素質者の募集です。各地に布告を出し、霊脈を感じる力のある者を帝都に集めてください」
「すぐに手配する」
「併せて、各霊脈ポイントの現地調査隊を編成します。百年前の地図と現状を照合し、実際に術を行使できる環境かどうかを確認しなければなりません。翠微には最も難しい断裂箇所の調査を任せます」
翠微が背筋を伸ばした。
「はい、先生」
「それから——」
麗華は筆を取り、布告の文面を書き始めた。
筆の先から、墨が紙の上に広がっていく。一文字ずつ、丁寧に。鳳家の秘伝を天下に開くための、最初の一筆だった。
——「布告す。霊脈を感じ、大地の声を聞く力のある者は、帝都に参じよ。地養術の伝承を行い、この国の大地を蘇らせる事業に参加する者を募る。身分、性別、年齢を問わず——」
百年の秘伝が——天下に開かれようとしていた。
会議の後、麗華は廊下を歩きながら暁風に言った。
「秘伝を手放すということは、鳳家の最大の武器を捨てるということよ。分かっている?」
「ああ」
「もう二度と、食糧で国を揺さぶることはできなくなる」
「それでいいんだろう」
「……ええ。それでいい」
暁風が半歩、近づいた。
「あんたの決断を、俺は信じる。——いつもそうだ」
廊下の奥から、炊事場の匂いがした。宮城の御膳房が、昼の準備をしているのだろう。質素な匂いだ。かつての豪華な宮廷料理の名残はない。
だが——いつか、この廊下にも、豊かな食の匂いが戻る日が来る。
麗華はそう信じて、次の一歩を踏み出した。




