補給線の死闘
前線の食糧が、三日分を切った。
暁風は蔵の中を見回した。米俵が数えるほどしか残っていない。味噌壺は二つ。干し魚の束はあと三束。壁際に積まれていた塩壺も、底が見えている。蔵の中は暗く、松明の灯りが空の棚を照らすたびに、その空白が胸を抉った。蔵の隅に鼠の糞が落ちていたが、鼠すら食うものがないのか、最近は気配がない。
「将軍。配分をどうしますか」
副官が尋ねた。
「一日の量を半分にしろ。粥を薄くして回数を減らす。朝と夕の二食にする」
「兵の士気が——」
「飯がなくなるより、薄い粥のほうがましだ。そう伝えろ」
副官が去った後、暁風は蔵の隅に腰を下ろした。背中を冷たい壁に預け、息を吐く。白い息が闇に溶けた。石壁から染み出す冷気が背骨を伝い、体の芯まで凍えさせる。
懐から布の包みを出した。
麗華が出征の朝に持たせてくれた握り飯の包みだ。中身はとうに食べた。初日の夜に食べた。鳳凰領の米で握った、塩と梅の飯。一口ごとに、麗華の厨房の匂いがした。米の甘みに梅の酸味が重なり、塩が全体を引き締める——あの味を、暁風は一粒も残さず食べた。
包みは空だ。だが捨てなかった。
布を開く。米粒の一つも残っていない。だが——布にはまだ、微かに米の匂いが染みている。鳳凰領の匂い。麗華の手の匂い。日を追うごとに薄くなるが、消えてはいない。鼻を近づけると、梅の酸味の名残りがかすかに漂った。
(麗華)
暁風は布を畳み直し、懐に戻した。
誰にも見せない。将軍が空の握り飯の包みを懐に入れているなど、兵に知られるわけにはいかない。
だが——これがあるだけで、腹の減りが少しだけ遠くなる気がした。飢えの中にあっても、誰かが自分を案じている——その事実が、空腹を一瞬だけ忘れさせる。
夕刻、兵たちに薄い粥が配られた。米の量を半分にした粥は、ほとんど白湯に近い。椀の底が透けて見える。米粒を数えられるほどの、粥と呼ぶのも憚られる代物だ。だが湯気は立つ。温もりだけは、まだある。竈の薪が弾ける音が砦の石壁に反響し、粥の湯気と共に微かな木の香りが漂った。
暁風も同じ粥を受け取った。兵と同じ椀、同じ量。
若い兵が暁風の隣に座った。まだ十七、八だろう。頬が痩け始めている。目の周りに影が落ち、唇の色が薄い。
「将軍殿。補給はいつ来ますか」
「来る。鳳麗華が補給を止めるわけがない」
「どうしてそんなに確信を」
暁風は粥を啜った。薄い。だが温かい。温もりだけは健在だ。舌の上で米粒を転がすと、かすかに甘い。鳳凰領の米は、薄めてもまだ甘い。この甘みが消えない限り、まだ鳳凰領の力がここに届いている証だ。
「あの人は——食糧を途絶えさせない女だ。俺が知っている限り、最も食に真剣な人間だ」
若い兵が不思議そうな顔をしたが、暁風はそれ以上説明しなかった。説明しようがない。あの女がどれほど食を大切にしているか、その執念がどれほど深いか——言葉では伝えきれない。
暁風は残りの干し飯を数えた。一人分ずつ竹の皮に包んであるが、あと二日もすれば全て消える。味噌も底が見えている。壺の中に残った赤黒い味噌を匙で掬うと、発酵した大豆の匂いが鼻を突いた。この匂いが消える日が来れば、兵は水だけで戦うことになる。
夜、暁風は砦の櫓に登った。南の空を見る。星が冴えている。北辺の冬の空は澄みきっていて、星が地面に落ちてきそうなほど近い。澄んだ空気が肌を刺し、息を吸うと肺の奥が痛い。
麗華からの密書が午後に届いていた。囮作戦の指示だ。食材の暗号で書かれた文面を、暁風は正確に読み取った。
「山菜三束、河畔に届けます。鶏は谷に控えさせてください」
——囮の補給隊を出す。伏兵を谷に配置せよ。
「了解だ」
暁風は伏兵の配置を考えた。谷間に二百。別動隊が囮に食いつき、谷の入口を通過した瞬間に挟撃する。
蔵の隅には、開封済みの味噌壺が一つだけ残っていた。蓋を開けると、発酵した大豆の濃厚な匂いが鼻を突く。赤味噌の表面は乾いてひび割れかけている。暁風は匙で一掬い取り、粥に溶かした。味噌が湯に溶けていく様を見つめる。赤い塊が白い粥の中で渦を描き、やがて全体が茶褐色に変わる。この一匙が、兵の心に灯をつける。味のない粥と、味噌の粥では、同じ米の量でも腹の満たされ方が違う。
(麗華の策だ。あの女の頭には、戦場の地図がそのまま入っている。前線にいなくても、地形を読み、敵の心理を読み、最善の手を打つ。——見事だ)
だがその前に、三日を持たせなければならない。三日。たった三日だが、飢えた兵にとっては永遠のように長い。
暁風は櫓を降り、兵の間を歩いた。焚き火の周りで兵が身を寄せ合っている。炎の揺らめきが、痩けた頬に影を落としていた。毛布を共有し、肩を寄せ合って体温を分け合っている。一人の兵が懐から干し魚の切れ端を取り出し、隣の兵に半分差し出した。薄い切れ端を二つに折り、片方を黙って手渡す。自分の分を削ってでも仲間に分ける——飢えの中でこそ、人の情が試される。暁風は黙ってそれを見守った。この兵たちを飢えさせてはならない。
「明日で補給が来る。もう一日の辛抱だ」
「将軍殿……」
「食糧は来る。俺が保証する」
兵が頷いた。将軍の言葉を信じている。その信頼に応えなければならない。
暁風は自分の寝床に戻った。薄い毛布にくるまり、目を閉じる。
空腹が眠りを遠ざける。腹が鳴る。腸が絞られるような痛みが、波のように来ては去る。
懐の布を握りしめた。米の匂いはもうほとんど消えている。だが布の感触は残っている。麗華が結んだ結び目の形が、指先に馴染んでいる。
(……待っていろ。もう少しだ)
その言葉が、麗華に向けたものなのか、自分に向けたものなのか——暁風自身にもわからなかった。
砦の外で、風が強くなっていた。雪が横殴りに叩きつけ、石壁が震えるほどの突風だ。この風では補給隊も進めまい。遅延は覚悟しなければならない。だが麗華は遅延も計算に入れているはずだ。あの女は、常に最悪を想定して動く。信じる。あの女の算術を信じる。




