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4/暗中模索

「あの、その……ええと、えと……」


「なんだいアカリ?」


「は、はいっ。どういたしましてっ。アカリでしたあっ」


「……は?」


彼女の様子がおかしいのは誰が見ても明らか。なんだいよいよ怖くなったのだろうか。


だとしたら、今更……という感じだけれど。


目が覚めないのなら、覚めない内に全て終わらせてしまうのも悪くない、そう思ってもいた。


「さっきからなにをもじもじしているんだ。僕も気になってしょうがないんだけど、言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだい」


すると彼女は上目遣いで僕を見上げると。


「着替えたいん、だけど……」


なんだ、そんなことか。その程度のことで、何を迷っているのだろうか。この少女は。


「……着替えればいいじゃないか」


そういえば彼女はさっき会ったときに着ていたドレスをまだ身につけていた。


このホテルでは、この国の名高い富豪達が、財政界の有力者達が、国家権力者が大勢集まるパーティーが行われていた。


そしてそのパーティーを開催している大元が、つまり天童財閥というわけだ。


彼女の父親であるところの天童清。テンドウキヨシ、と読む。が現在の天童財閥の当主である。


数えきれない程の有力企業を傘下に持ち、数えきれない程の事業に手を出してはことごとく成功し、誰もが羨む富と名誉と名声を欲しいままにし、今もなおこの国に君臨し続けている天童財閥の頂点に座る人物だ。


彼の一人娘である天童アカリにも、このパーティーに出席する義務と責任があるわけだ。


何しろ天童財閥の跡取り娘。


彼女の心を射止めた者がいずれは天童財閥の全てを手に入れることができるとあっては、皆目の色を変えて我が息子を、いやいや我が息子を、となるのも無理はない。


天童財閥と繋がりを持つということは、天童財閥からの様々な計らいを受けるということに他ならないのだから。


その気になれば、自分達の好きなように世界を変えることだって、できるかもしれない。


「……だから、その……ええと、えと……」


「だからなんだよ」


「出ていってよ。着替えられない、から」


まあその問題に突き当たるよなあ。それはそうだ。確かにそうなんだけれど……。


「それはできない。二十四時間、年中無休、君を守るのが僕の仕事だ。だからそれはできない。僕が目を離した隙に君が殺されてしまったら僕はどんな顔をして先輩に報告すればいいんだ? だって彼女が着替えるっていうからって、そしたら殺られていました。いやいや敵もやりますねえ。なんて、通用すると思うか?」


彼女は自分の胸を押さえるようにして続ける。


「……じゃあどうすればいいの?」


「この場で着替えてくれればそれでいいじゃないか。全ては解決だ」


「この場で着替えろって……」


彼女は胸を押さえる手をいっそう強くし、警戒心をむき出しにして言う。


「それってあなたの目の前で着替えろっていうこと? そんなこと、できるわけないでしょ? あなたの前で下着になれって? そんなの恥ずかしくて死んじゃうっ///」


「じゃあどうするんだ。言っておくけど、君の父親から君に対するある程度のあれこれは認められているんだ。君の命を最優先にするように、くれぐれも頼むと言われている。そういうことなら僕も徹底的にやるさ。あらゆる穴を潰し、少しの芽も摘む。全ての可能性を考え、全ての危険性を排除する。勿論全ては君の為だ。……それは分かるだろ」


「でも……でも、そんなの……やっぱり恥ずかしい……よ」


「別に僕は何もしないさ。保護対象を襲ったりしないって。僕はこう見えて紳士なんだよ。信頼してくれていいよ」


「……本当?」


「ああ。大丈夫」


「それなら……」


彼女はその顔を赤く染めてながらも、渋々洋服ダンスの前に赴き引き出しを開けると、身に纏うドレスを脱ぎだした。


少しずつ、少しずつあらわになる彼女の女性らしい身体。


うん。やっぱりというかなんというか、……女、なんだな。


胸でかっ。ブラジャーに包まれたはち切れんばかりのそれが、僕の視線を釘付けにする。


それだけじゃない。女性らしい体つき。キュッとしたウエスト。……くびれが、凄い。


細い足。多分男ならまず目がいってしまうだろう生足。程よい太さ。


その全てが僕の目の前で恥ずかしがるように揃って並べてあるとくれば、それはもう見ないわけにはいかないだろう。


悲しい男の性ってやつだ。こればっかりは逆らえない。


……ていうか僕は何をやっているんだ。全く、目を覚ますのは僕の方じゃないか。


それにしても本当に高校生かよ。女子高生かよ。何を食って何を飲んで育てばそんなのができるんだ?


殆んど芸術だな。……だから、僕は何をやっているんだ。


「……じろじろ見ないでよ。恥ずかしい、から……///」


恥じらいは、彼女の魅力を引き立たせるスパイスにしかならない。


「……ああ、ごめんごめん。」


僕も気まずくなって目を逸らす。


ここで気のきいたことが言えるのが僕のアイデンティティーだった筈なのに、何も浮かんでこない。


それぐらい、動揺していた。やっぱり、女性なんだよなあ……こいつ。


ようやく彼女は着替えを終えた。さっきよりはどこにでもいそうな普通の女子高生という感じだ。


所々に英語の文字がプリントされたTシャツに、可愛らしいミニスカート。


そんなにラフな格好になって大丈夫なのだろうかという位、なんというか普通の女の子になってしまった。


「……いいのよ。堅苦しいのは嫌いだから」


ふうん。そういう物か。


「へえ。見違えたな。まるで別人だ。入れ替わったみたいだよ」


「……そうかな。そんなに変わる? そんなに変わるのかな? どう見える? どう変わった?」


さっきの恥じらいから一転して、彼氏に自分の服装を誉めて貰いたがっている彼女のような表情で僕に問い掛ける。


まあ実際そうなのかもしれないな。実際そうなのかもしれない。だって彼女は、やっぱり人間で、女の子なんだから。


彼女のことを超人かなにかと誤解していた僕は、天童財閥の人間だからって何もかもが人とは違うわけではないというのに。


彼女がどういう人間なのか、少しだけ見えた気がした。


「ああ、いいんじゃないか。可愛くて」


「そ、そうかな。普通に見える? 普通に可愛い?」


何かと普通にこだわるんだな。自分に無いものを求めてしまうのが、人間か。


一人っ子が兄弟を欲しがるみたいなもんか。


いや違うだろうけど。


だから僕は想像力がないんだってば。


「うん。普通で、今どきの女子高生って感じ」


「そっか~。えへへ~やった~」


何をそんなに喜んでいるんだろうか。そんなに嬉しいものなのか。


普通に憧れるとは、どういうことなんだろうか……。


僕にも少し分かるような気がしなくもない。


今の自分と違う未来が、もしかしたらあったのではないか、そういう風に考えたことがないわけではない。


ないわけでは、ない。


そんな物思いに耽りながら、両手をポケットの中に突っ込んでいると、ドンドンと部屋の扉を叩く音がする。


「お嬢様、失礼します。入ってもよろしいですか?」


それは、紛れもなく若い女性の声だった。


想像力に乏しい僕には、保証することはできないけれど。

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