3/一蓮托生
「というわけで、戻ってきました。本日から僕が君の命を守ることになります。危険が排除される迄は君の側からは絶対に離れません。いつ如何なることが起きようとも、例外はありません。それから僕は、取捨選択をしなければならない状況に直面した場合、迷いなく君の生命を最優先します。目の前で君の父親が人質にとられようが、君の母親が人質にとられようが、僕の仕事は君の安全の確保です。とはいえ心配はありません。君の両親にもボディーガードはついていますし、彼等の実力は保証します。まずそういう状況に陥ることはないでしょう。これはあくまで最悪の状況が起こったら、という話しです。……これでいいですか? 天童灯さん。依頼内容の確認は、これでよろしいですね」
「……う、う~ん、まあ、はい」
本当にちゃんときいていたか? こいつ、頭良いんだよな?
「あのな、こっちは命賭けてやってるんだけど、分かってるか? このことを。僕が少しでも間違ったら君も僕も死ぬんだよ。生きるか死ぬか、その境目に僕達は立っているんだ。……少しは怖がる振りでもしてみたら?」
あんまり実感がわかない、という感じで可愛らしく首を傾げる彼女。
「なんだか展開が速すぎて、そういう気分じゃないんだよね。怖がれって言ったって、目の前にない物に対して怯えるなんて無理だよ」
なんというか、嫌に落ち着いているな。まあ別段珍しいことでもないが。
たまにこういう人間がいる。脅威が眼前に迫る迄、自分の置かれている状況を把握できないのだ。
実際にその脅威と遭遇しなければ、肌身で感じなければ何が起こっているのか理解できない。
そして理解したとたんに狂いだす。暴れだす。
まるで麻酔が切れたみたいに。冷静ではいられなくなる。
そんな人間を、僕は腐る程見てきた。要するに平和ボケしてんだよ。
生きるか死ぬか、なんて漫画や小説の中だけで、現実には存在しない、そう勘違いしてるんだ。
全く。本当に呆れるしかない。生きるか死ぬかなんて、その辺に転がっているというのに。
お前達は、ただそれに気付いていないだけで、それはすぐそこにあるんだ。
彼女もそのタイプの人間だな。これで《切断魔》と相対したらどうなることやら。
その場で暴れられるのが一番困るんだが。
敵だって馬鹿じゃないんだし、ヒーローの変身シーンという絶好の攻撃機会を親切に手を出さずに待ってくれる悪役みたいに、愚かではないのだろうし。
彼女が狂いだしたときを狙われる恐れもある。まあそのときはそのときだが……。
「……もういいよ。いざとなったら君は僕の言うことをきいてくれればいい。精々、心の準備だけはしておいて、いつかは《死》がすぐそこ迄やってくるということを、納得しておいて」
彼女は僕を真っ直ぐに見つめて、真剣さを声に滲ませて言った。
「……わ、分かりました。よろしく、お願いします」
取り敢えずはこんなところだろうか。保護対象とはそれなりの信頼関係をきずかないといけない。
その点においては、まあ問題ないか。年も近いしな。
共通の話題も、少なくはないだろうし。
……そうだ。まず一番最初にきいておかなければならないことを忘れていた。
ここ迄は仕事の話し。ここからは、私情の話しだ。
「一つきいていいか?」
「は、はいなんでしょう?」
なんで敬語なのだろうか? さっき話したときはくだけた口調だったのに。いや知らないけどさ。
「君の好きな四文字熟語を教えてくれないか」
「は? 四文字? 熟語? なんで、なんでですか」
これは、僕が初めて会った人に必ずする質問だ。これでその人の人間性がわかる。
多分やっているのは僕だけだ。
「そう四文字熟語。なんでもいいよ。思い付いたのを一つ」
彼女は戸惑いながら、僕の質問に従う。
「……じゃあ、相思相愛、かな」
「ふ~ん。《相思相愛》ね。中々可愛いところあるね。僕からみたら君は《晴耕雨読》って感じかな」
「なんですか、それは? どういう意味、ですか」
お、食い付いてきた。少し見所があるぞこの娘。
僕は得意げに人差し指を立てて説明をする。
「《晴耕雨読》というのは、のんびり気ままに過ごすこと、という意味だ。今の君ののんびりした感じにぴったりだ。最も、早く目を覚ましてほしいところだけどね」
少し皮肉った。
ちなみに柳先輩にこの質問をしたときの答えは、《一石二鳥》だ。素人にありがちな答えだ。
あの人には全く才能がない。確かに《一石二鳥》という言葉は素晴らしいよ?
一つの石で二羽の鳥を仕留める、なんてそうそうできることじゃない。最初に言った人を尊敬する。
それに、一、ときて石、で二、の次に鳥だそ。それでイッセキニチョウなんだぜ。素晴らしい並びだと思わないか?
それから……。
「あの~戻ってきて~」
「ん、ああ。悪い悪い。自分の世界に入ってしまったようだ。それにしても君は見所があるよ。僕の先輩より才能がある」
「……なんの才能よ。それじゃあ私からも一つ質問していい?」
敬語が消えた。ある程度打ち解けたということだろうか。
「うん。別にいいよ。一つじゃなくてもいい。答えられる範囲で、質問に応じよう」
そして彼女はその綺麗な顔を朱に染めて、意外な質問をしてきたのだ。
「……彼女、とかいる?」
「は? 彼女? 彼女って、つまり、恋人とか、そういう?」
恥ずかしいそうに俯く彼女。そんなキャラだとは思わなかったけれど、やっぱり女の子だしな。
色恋沙汰に興味があるのは当然か。彼女はそれを許されない立場にいるのだし。
禁じられれば、それを破りたくなるのが人間だ。
「仕事柄、そういうのは未練になってしまうからな。いざというときに誰かの顔が思い浮かぶようじゃ、それは邪魔になる。死ぬ覚悟が簡単にできなくなるからな、それは戦闘において致命的だ。だから僕にはそういう人はいない。決してできないという訳じゃないよ」
僕の同僚達もそうだが、皆恋人を作りたがらない。
いたとしても、別れてからこの世界に入るのが普通だ。
「そう……なんだ。私と、同じなんだ。」
「ああ、まあそうだね」
違う意味で孤独だ。違う意味で、でも僕達は似た者同士なのかもしれない。
違う意味で似た者、か……。
「でも、憧れたり、しない?」
「……憧れ、ね。別にないな。そういうのは。もう忘れたよそんな感覚は」
遠い昔に置いてきた。僕のことを想ってくれた彼女と一緒に。
「……そっか。そうなんだ」
「うんそうだ」
《死》が己のすぐ側に迫ったとき、命を落とすことを恐れていたら、この仕事は務まらない。
だから仕方なかった。彼女は泣いていたけれど……。
「……ところで、その格好で大丈夫? ジーンズにパーカーで、私のことを守れるの? もっと武装とか、しなくて」
ああ、このことか。ん? 彼女はもしかしてきいていないのだろうか。だとしたら、柳先輩、またやってくれたな。
「僕、君の彼氏の振りすることになってるんだけど」
「え?」
彼女は一瞬で、顔を上げ、もう一瞬でその顔を真っ赤にして動揺しだした。
「えっ? 彼氏? 君が? 私の? 彼氏? えええっっっ? か、かかか彼氏?」
なにをそんなに狼狽えているのだろう。僕なんか変なこといったか? いやいってない。
「なんだ嫌なのか? 僕は、好みじゃないか? だとしたら少し落ち込むけど……」
「いやっ。いやっ。そうじゃなくてっっ。えと、えと……じゃあお願いします」
そういって彼女は頭を下げてくる。
「ああ。よろしく。アカリって、呼び捨てにすればいいかな」
「ええっっ? アカリ、ですか? 呼び捨て、呼び捨て……名前を呼び捨て……」
「嫌なら天童さん、でもいいけど」
彼女は熱い眼差しで期待を込めて言った。
「い、いやっ。アカリでいいっ。夢だった……あ、いや何でもないっ。アカリ……。アカリかあ……」
そんな彼女は、何処にでもいる普通の女の子に見えた。
少し見とれてしまったことは、この際伏せさせて貰おう。
前の彼女に失礼だからな。
勘違いしないでくれよ。僕はもう誰も愛さないさ。
そんなことを思いながら、天童灯、もとい天童アカリとの、仮恋人生活がスタートすることになる。
まあ精々楽しませて貰うとしよう。




