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鮮烈のジューフリス  作者: 相楽 二裕
第二話 躓死病の謎
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02 ハートン通り二十三番地

 ジューフリスが統括省から団船に戻ると厨房のほうが何やら騒々しい。マルケロと二人で様子を見に行くと、ちょうど戸口から出てきた団員のシアソンが、

「あっ、ジューフリス! ちょうどいい所へ!」

 と腕をつかまえ調理場へ引きずり込む。

「な、なにごと!?」

 調理場では料理人のフッカスが難しい顔で腕を組み、仁王立ちしていた。向かいあって睨み合っているのは、ユノーである。

 イスリーから戻るまでの間、魔装兵士であるユノーはジューフリスが面倒を見ることになったのだが、船内で起居を共にする団員たちにはさすがに隠し通せない。やむを得ず緋色の魔装兵士の存在は全団員の知るところとなった。

 当の彼女も主人たるジューフリスに従い、命令をよく聞いて団員たちと問題を起こすこともなかったので安心していたところへこの騒ぎである。

「どうしたの?」

 ユノーを前に、フッカスは困りはてていた。

「いや、ねえ……麦粉を袋ごとよこせとこの紅いのが……どうにかしてくれよ」

「麦粉を袋ごと?」

「ジュー!」

 紅い少女は主人に駆け寄って、縋る目をする。ジューフリスは困惑しフッカスの方を見つつ言った。

「麦粉なんか何に使うのよ?」

 むろん魔力のみで稼働する魔装兵士に食事は不要である。まさかと思いつつも高性能な魔装兵士ならひょっとしてそういうこともあるのだろうかと聞いた。

まぶすんですよ」

「塗す? 何に?」

「体にです」

「体に?」

「ほら、遺跡で……」

 と、ユノーは指を立てて説明する。

「遺跡……あれか!」


 ブラグニコが暴れて天井が崩れたとき、ボッツが埃まみれで頭から粉を被ったように真っ白になっていた姿をジューフリスは思い出した。


「ノヤックがこの紅い体をどうにかしろとうるさいので」

「なるほど」とジューフリスは手を叩いて、「わかったわかった。ちょっと来なさい」

「でも……」

「いいから来なさい」

「か……しこまりました」

 ユノーは不承不承ジューフリスに従った。


 ユノーを自分の部屋に連れて行き扉を閉めると、ジューフリスはクロノノ長官から渡されたいくつかの魔法具を出して卓上に並べた。

「これは耳飾り……ですか?」

「ほら、耳出して」

「えっ? わ、わたしですか」

「そうよ」とジューフリスは片方の耳飾りをユノーに着けた。「はい、もう片方出しなさい」

 命じられるがままにユノーはくるっと右回転する。

「ほら、似合ってる」

「そ、そうですか……」

 しばし何が起きているのか腑に落ちないユノーが、

「あの……これは?」

 と、半ば悟ったような、疑っているような声を出す。

「あんたによ」

「いただけるのですか?」

 ユノーの顔にパッと喜びが射した。

「あんたわりと喜怒哀楽あんのね」


 両耳の飾りをつけ終わると、ユノーは嬉しそうに、右に左に首を振ってみせた。

「照れてるの?」

 彼女が人の少女なら、きっと頬を紅く(・・)染めていたことだろう。

「装飾品を頂くのは初めてなので」

「あとこれ。首飾りと腕輪もよ」

 さらに彼女の表情はほころぶ。

「これをしていたら、皆にはちゃんと人に見えるからね」とこれもジューフリスが着けてやる。「はい終わり。どう?」

 ジューフリスは自分の手鏡をとり、彼女に向けてみせる。

「こ、これは……」

 鏡の中には愛らしい人間の少女が自分を興味深げにながめている姿が映っていた。

「ご主人様と同じ肌……か、可愛い……」

「気に入った?」

「はい! ありがとうございます! ジュー」

「あたしからじゃないのよ」

「では、どなたから?」

「統括省っていうところにいる、偉ーい人。あたしたちの親玉よ」


「い、行きましょう! お礼を言いに!」

「いや、今じゃなくていいから。こんど会ったときで」

「えー。わかりました……」

 心から残念がっている様子は、単に礼が言いたいというだけではなさそうだ。

「見せびらかしたいのね……キラキラな自分を」

 魔装兵士といえど、少女の姿をしていれば少女の心を持つものだろうかとジューフリスは何だか可笑しくなった。

「それから、休暇の間はあたしの家で一緒に暮らすの。これから迎えが来るから準備してちょうだい」

 ユノーはそれまで以上に、満面の笑みをたたえた。

「はい! わかりました!」

「嬉しそうね」

 ジューフリスは四人姉妹の末っ子である。妹とはこんなものだろうかと想像してジューフリスも少し嬉しくなった。


 それから間もなく、団長から団員たちに対して指示が出た。旅団の活動はしばらく休止とし、各自連絡を待ち待機すべしという旨であった。マルケロも船を降りて妻子の待つ自宅へいそいそと帰っていった。



「えっと、荷物はこれだけかい?」


 統括省職員ミースワン・サンダーンはこんもりとした癖毛で覆われた頭を掻き掻き、ジューフリスに問いかけた。彼女の荷物の少なさに物足りなさげな様子だった。彼は気のいい青年だった。ジューフリスの下船にあわせて荷車まで手配して、港まで迎えに来た。彼の案内でこれからユノーとともにハートン通りにある新居へと向かうことになっている。


「ええ。ありがとうございます!」


 誰に対してもこれ見よがしに耳飾りを自慢して見せるユノーを背後に押しとどめながらジューフリスはミースワンに礼をのべた。


 乗船したときがもともと、少しの衣類と生活必需品、そして数冊の本しか携えていなかったので私物としては大きめの旅行鞄と木箱ふたつ、そしてヴィーロしかなかった。しかしマルケロから押し付けられた前任者エラン・ルーボウの資料や魔法具がかなりの量だったので、正直ありがたかった。帰港中は盗難や災害の危険に備えて貴重品を船内に置かないというのが団の建前だからである。


 ミースワンが荷車を牽いて、ふたりが後ろから押す体でハートン通りまで向かう。本当は荷車程度、ユノーひとりの力で十分であり、ユノーも不満気であったが、傍から見てかよわい少女ひとりに荷車を牽かせるわけにはいかないと言うと渋々従った。


 ミースワンには彼女を遠縁の親類と紹介してある。彼は疑いもせずによろしく、と愛想を振りまいた。


 学生時代に使っていた調度は卒業して寮を出るときにほとんど売り払った。しかし書籍だけは手放せずに、大部分は親友のシャロー・セオドラの家で預かってもらっている。実はこれがジューフリスにとってかなりの財産で、そのほとんどは魔法関係の書籍である。


「シャローのところに預けてある本もいずれ取りに行かないとね」

 ミースワンは気を利かせて「僕、手伝おうか?」と言ってくれたが、断った。

「そっちの荷物はあたしとこの子で何とかするから、荷車だけしばらくお借りできるかしら?」

「それは構わないけど……本当に大丈夫かい?」

 ミースワンは何故かとても残念そうに呟く。


 ミースワンは内務局の職員であるが、実際のところ長官付き秘書ニジェー・パラスの専属雑用係である。人使いの荒い上司に対していつも不平不満をため込んでいる彼だが、辞職の決断まではできず激職に心身を擦り減らす日々であった。大手を振ってジューフリスやユノーのように可愛らしい女の子たちの面倒を見られるのは彼にとってかなりの喜びを伴う息抜きだったのである。



「うふわぁ~」


 目の前に展開された高級住宅街を一目見て、腑抜けた溜息をジューフリスが吐いた。

 統括省が用意した家は一等地というだけあって、どこの貴族の別棟かと思われるほど立派な邸だった。

 広大な敷地には南国原産の高木が疎らに植えられ、手入れの行き届いた青芝の中に曲がりくねった石畳が玄関まで続いている。

 石畳の先には大きな母屋があった。母屋はかなりの建坪をもつ一階建てで、その隣には来客が宿泊するための離れまである。


「区内の一等地に一戸建て、えへへ~」

「嬉しそうですね、ジュー」

「今日からここがあたしとあんたの家よ」

「はい。頑張ってお掃除しないとですね!」

「掃除? 僕も手伝おうか?」

 傍で聞いていたミースワンがすかさず割り込んでくる。

「結構よ」


 実のところ住人がなく空家だった間も管理は行き届いており、当面の清掃も必要ないほど完璧だった。ミースワンはがっくりと肩を落とした。ミースワンの心に気づかぬジューフリスは彼に早く立ち去ってもらいたくてわざと素っ気ない態度をとっている。


「荷物はこれで全部だよ……」

 彼は荷車から玄関ホールにすべての荷物を運びこんだ。

「そう。ありがとうミースワンさん。あとはあたしたちでやりますから」

「そう? じゃあ、何かあったら遠慮なく言ってね」

 彼は名残惜しそうに後ろを振り返りつつ、立ち去っていった。


「ジュー、これは何ですか?」

 ジューフリスの荷物を片付けながらユノーが持手のついた黒い箱を目にとめた。

「ああそれ、ヴィーロよ」

「ヴィーロ……」

「楽器」

「ジューが弾くのですか?」

「そうよ」

「聞きたいです」

 ユノーに尋ねられてはじめて気がついた。船の上で弾こうと思ってヴィーロを持ち込んだものの、触っている時間すらも無かった。もう腕は相当鈍っているだろう。

「あとでね。お隣に挨拶にもいかないと。せっかくだから、いまご挨拶しておきましょう」

「なら、わたしも行きます!」



 二人は揃って隣家を訪問した。隣宅もジューフリスの豪邸にはかなり劣るものの、これはこれで立派な造りの邸宅だった。

「うちより狭そうですね」

「こら。聞こえたらどうするのよ」

 植え込みの隙間から隣家の庭が見えた。

「うちもそうですが、敷地の境に低い植え込みしかないというのは物騒では?」

 ユノーの指摘にジューフリスは頷いたが、

「おかしなことを気にするのね。通りの向こうに警備員がいたでしょ。不審者はこのハートン通りには入れないから大丈夫よ」

「なるほど」

「それにあんたほど心強い警護役はいないでしょ。ユノー」

「は、はい! そうでした。ジューの身の安全は万事このわたしに、おまかせください!」

 ユノーは自慢げに胸を叩いた。

「お隣さんには丁寧にね。これからお世話になるんだから」

「わかっていますよ」


「ごめんくださーい」

 玄関から呼びかけても返事がない。

「誰かいると思ったんだけど、お留守かしら。出直しましょう」

 ジューフリスが諦めて戻りかけると、

「ちょっと待ってくださいジュー。誰かあちらに……」

「あ、こら! 勝手に……」

 ユノーが庭に回り込んでみると、庭の方から何やら人の声がする。


「二百五十三、二百五十四……」

「な……何?」

 恐る恐る覗き込むと、半裸の若い男が懸命になって腹筋運動をしていたのだった。

 男は二人の姿に気づくと、

「何者だ」

 と反射的に身を起こして誰何する。

「あ、怪しいものではございません! 勝手にお邪魔して申し訳ありません。このたび隣に入居してきました……」とまで言いかけてジューフリスは「ぁが……」と言ったきり硬直してしまった。


 

 数分後、ジューフリスは苦虫を噛み潰したような顔で嫌悪感を露わにした。

「むすー」

「あははは」

 笑ったのはこの邸の住人の男。筋骨隆々とした美丈夫である。露わになっている上半身の筋肉は鋼のようだ。相当に鍛えこんでいることがわかる。

 思わず見入ってしまい、ジューフリスはハッと気づいて目を逸らす。

 男は鍛錬を一時中断し、芝の上に胡坐をかいて座り込み、立ち尽くすジューフリスを見上げつつ気持ちの悪い愛想笑いを浮かべている。

「久しぶりだなあ、鮮烈の」

「なんでお隣があんたなのよ! 肉体バカ」

「さっきミースワンの姿が見えたんで、ずっと空家だった隣にやっと入居者が来たのかと思っていたら、お前だったかよ」


 庭で負荷運動していた隣家の住人は、国立最高等魔法士校(アカデメイア)同期の魔装師ファーラン・クレイグだった。ジューフリスと同じ『特別一級魔装師』の資格を在学中に取得し、文武に秀でた天才の呼び名をほしいままにしたファーランは、卒業後に国家魔装師として中央の国防省に勤務することになったと誰かから聞いた。趣味が肉体の鍛錬という彼は、学生時代から暇があればどこでも運動ばかりしている、性格も体格も、ひじょうに暑苦しい男である。


「どうしてあんたが統括省の職員を知っているの? あんた国防省でしょ?」

「兄貴が統括省所属だからだよ。ひょっとして知らなかったか?」

「知ってるわよ。まさか、あの嫌味な人もここに住んでるの?」

「もちろんだ。いまは東方へ出張中だがね。ここは兄貴が統括省から支給された家さ」


 ファーランの兄は、在学中にさんざん嫌味なことをされたり言われたりして辟易してきた二学年上の先輩で、チャオン・クレイグという。アカデメイア時代のジューフリスの天敵のひとりである。


 チャオンはアカデメイアを卒業してからなんと第一魔装旅団の魔装師になったと聞く。旅団所属の魔法士には統括省から住居があてがわれるということなので、隣り合っていても不思議はない。


 旅団の魔装師ということは、ただの天敵というより同業の商売敵にもなったわけで、統括省とは犬猿の間柄である国防省へ就職した弟とともに、面倒な隣人となりそうで、嫌な予感がするジューフリスだった。


 兄の方はたしか『特別』の付かない『一級魔装師』であったとジューフリスは記憶している。言うまでもなく『特別』の付くほうが上級資格であるから、弟は兄よりも優秀だと言うことになる。そんな兄弟が一緒に生活しているのだから、確執の一つや二つはありそうである。ひょっとすると案外面白いものが見られるかもしれない。


「よろしくな、お隣さん。ところでそちらのお嬢さんは?」

「付き人よ。あたしの」

「付き人? 随分可愛らしい付き人じゃないか。お嬢さんお名前は?」

 ジューフリスが反応して、

「は? この子に何かしたら痛い目を見ることになるわよ……」

「するか。俺は子供には興味がないんだよ」

 と、ジューフリスのことも意味ありげに見上げた。ジューフリスにも興味はないと言いたいのだろう。たしかに飛び級で卒業したジューフリスよりもファーランの方が数歳年上であるが。


 不承不承、紹介した。

「ユリスよ。ユリス・ノイヤー。遠縁の親戚の子よ」


 ジューフリスと同じ特別一級魔装師の資格を持つ天才ファーランにクロノノ長官の偽装魔法具が果たしてどの程度有効なのか判らないが、知る人ぞ知る『紅の四戦騎』の名は伏せておくに越したことはない、と咄嗟に判断してそう紹介したのだが、ファーランは特に気にする素振りもない。


「どうも……よろしくねユリスちゃん」

「よろしく……お願いいたします」

 とユノーが頭を下げて丁重に挨拶する。

「羨ましい限りだなぁ。こんなクソガキに付き人とか一戸建てとか。しかもウチよりだんぜん広えじゃねえか」

 兄に倣って弟のほうも相当口が悪い。

 ジューフリスも、咄嗟に口から雑言が出た。

「あんたいつか呪い殺してやろうかしら……」

 ファーランはジューフリスの悪態を微塵も気にせずに、

「あーそうそう呪い殺すと言えば、知ってるか? いま巷で噂の、例の……」



 隣家から戻ると、ジューフリスはどさっと乱暴に自分の身体を居間の長椅子に投げ出した。


「あ~もう苛々するぅ! あんたもよく我慢したわね」

「そうですか? あまり悪意は感じませんでしたよ」

「何言ってんの? 悪意しかなかったじゃん!」

「あれは子供が気になる異性に意地の悪いことをワザと言ったりやったりするアレです」

「へ? う、嘘でしょ? そんなアレなわけが……」

 ジューフリスは戸惑った。

「どちらかと言えば、彼、浮足立っていましたよ。嬉しくて、でしょうか」

「て、適当なこと言わないで。あんたに人の感情とかわかるの?」

「まあ、そういうのを計測する機能がついているといえばついてます」

「へぇ……そ、そうなんだ。ていうかどんな機能よそれ」

「ジュー、あなたがいま紅潮して心拍が上がっているのを客観的な数値で計測するといったような……」

「こ、これは違うから! そういうんじゃないから!」

「ええ、わかっています。ジューはファーラン・クレイグ氏に少なくとも今のところ好意は抱いていない。心拍の乱れはわたしに戸惑いを見透かされて誤魔化し難く、ばつの悪い思いによるものでしょう」

「い、いちいち分析するなっ!てか 『今のところ』ってなによっ。永遠にないわっ!」

「はい、ではこの辺にしておきます」

 ニヤリ、とユノーは笑った。

「あんた……」

「な、何ですかジュー」

「ひょっとしてわざとお馬鹿なフリをしているでしょ。本当は……」

「そういった質問には答えられないことになっています。うふ」

「……」


 ジューフリスは二の句が継げずしばらく固まっていた。長い沈黙の続いた後で、ユノーがジューフリスに要求した。


「暗くなってきたのでそろそろ魔法で灯をつけてください、ジュー」

「えーっ……嫌よ疲れたもん」

「じゃあ油を買いに行くので付き合ってください」

「もっと嫌……一人で行って来なさいよ」

「お店がわかりませんよ」

「あたしもだわよ。あんた体から光が出せるとかってないの?」

「なに言ってんですか……」

「しょうがないわね……たしかこの辺に……」

 ジューフリスは薄暗い中でまだ解ききっていない荷物を探り始めた。

「あったあった。これこれっ!」

「これは何ですか?」


 ジューフリスが喜々と取り出したのは卓上式の光源で、アカデメイアの学生だった頃に愛用していたものである。ライナライトという蓄光性の鉱物が嵌め込まれていて、昼に蓄えた光を夜に発することで手元を照らすものだ。


「ライナライトは昼間、日光に晒しておかないと使えませんよ。ジューってお利口なフリをして本当はお馬鹿なのでは?」

「な、何を言うかー!」

 と再び荷物をあさりはじめる。

「いい加減あきらめて魔法で……」

 主人の行動をしばらく黙って見ていたユノーが痺れを切らし言いかけるとジューフリスが思いついたように立ち上がった。

「そう言えばこの屋敷って地下室があったわよね」

「ええ……さっき一通り見てまわったときにありましたね」


 ジューフリスは一時的に魔法で灯りをともし、地下室を訪れた。


「ふふ。あるじゃない。地下室があるってことは当然、昼でも暗い部屋の中を照らすための油の備蓄があるはず。管理が行き届いていたこの屋敷に蓄えられていないわけがない」

 どう? とばかり得意気な視線を返す。

「はあ……」

 ユノーは油の缶とともに置かれていた油差しに油を満たして持ち帰り、居間に灯りをともしてまわった。ジューフリスはふたたび長椅子に身を横たえてその姿を楽しそうに眺めていた。

「ところで……」とジューフリスは半身を起こして、「あいつ、気になることを言っていたわね」

「『呪い』のことですね」


 ファーランによれば、いま中央のいたるところでおかしな病が流行しているのだそうだ。それまで健康で何でもなかった人が、ふとしたことで――例えば何かの拍子に躓いて倒れ、そのまま亡くなってしまう。『つまづき病』『躓死ちし病』などと呼ばれ、一部ではそれが魔法による『呪い』なのではないかと囁かれているのだという。その恐ろしい病で命を落とす人は分け隔てなく、市民もいれば貴族もいるという。


「躓死病ねぇ……ま、この話はいいわ。それより食事にしましょう」

 と、ジューフリスは起き上がった。

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