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12. 追放された天空人

 ティアムは自室の洗面台で顔を洗っていた。鏡に映るのは明るい空色の長髪と彫りの深い面長の顔だった。背中からは一対の真っ白な翼が生えている。


「こんなことになるとはな……。退屈な日々を変えるには、面白い余興になるか」


 ティアムはつぶやいた。

昨日、勇者シーラに仲間にならないかと問われたティアムは、その誘いを即座に断った。

しかしシーラは意に介さず、ティアムに模擬戦を挑んだのである。


「私が勝ったら、一度でいいから魔物退治につき合って。それで嫌になれば辞めてくれても構わない。至れり尽くせりの環境で、長い余生を送ればいいわ。ああ、負けるのが怖いならそう言って? 臆病者に用はないから」

「……お前が負けたら、なにをしてくれるんだ?」

「そうねぇ。私が勇者だってことは知っているわね? 国王陛下に頼んで、あなたと天空人との関係を改善してあげるわ。追放の期間は二十年だったかしら? その期間の短縮ぐらいはできるかもね」

「ほう。随分といい条件ではないか。それでお前に得はあるのか?」

「それを決めるのは私よ。模擬戦を受けるの? 受けないの?」


 燃えるような瞳で自分を見つめるシーラの言葉に押されるように、ティアムは模擬戦を受けた。

 すでに外は暗くなり始めていたため、シーラとの模擬戦は翌日に持ち越しとなり、今日これから行われる。


(このティアムという男には目的がないのだ。人間たちにかしずかれて、衣食住には困っていないが、そんな日々に心底退屈している)


 それがロナウドの見たティアムの評価だった。


☆☆☆


 模擬戦は町の外、緑の草が一面に広がる草原で行われた。

 ティアムを乗せた馬車が草原にたどり着くと、勇者シーラはすでに準備が整っている様子だった。

 彼女の近くには、大盾を背負った騎士を始めとして、何人かのパーティーメンバーが集まっている。


(あれは話に聞く盾術の達人トール・ボーカスではないか! あちらは双剣士ムーランとおそらくは魔道士ゴーサム・マイヤーだろう。ウルフ系の魔物を従えているのは、テイマーのソリトに違いない。物語の中に登場する人物たちを、このような間近で見られるとは!)


 勇者パーティーのメンバーとして伝説となっている者たちを前に、ロナウドは興奮を隠せなかった。

 トール、ムーラン、ソリトは天魔王との戦いで命を落としているが、ゴーサムは重症を受けながらも助かり、王国の魔道士育成に多大な貢献をしたと伝えられている。


「やっと来たわね。尻込みして来ないのかと思ったわ」

 シーラはティアムを挑発するように言った。

「ふん! そちらこそ、自信がないならお仲間と一緒でも構わないぞ」

「自信だけはあるようね。それじゃ、早速始めましょうか」

「いつでもかかってこい」


 勇者シーラは剣を抜き放った。鞘こそ違ったが、その剣は自らが所持している聖剣と同じものだとロナウドには分かった。模擬戦は真剣で行われるようだ。


 シーラには迷いがない。まっすぐに距離を詰めると、両手で持った聖剣を振り下ろした。

 ティアムは魔力を流したミスリルソードで聖剣を受け止めたが、大きく体が押し込まれる。


「くっ!」

「どうしたの? この程度かしら?」

「この馬鹿力め!」


 ティアムは吐き捨てるようにそう言ったが、シーラの圧力を押し返すことができない。

 シーラは力まかせにティアムを押しきると、開いた距離を詰めるようにして鋭い突きを放った。


「ぐっ!」


 ティアムは防御がぎりぎりで間に合い、シーラの突きを弾いて軌道をそらすことに成功した。

 だが、シーラは一瞬だけくずれた体勢をすぐさま立て直し、ティアムを見据えている。


(聖剣が相手では、剣技での勝負にはならない。エトウほどのエンチャントの使い手ならばまだしも、ティアム程度の魔力操作では聖剣の斬撃を防ぎきれないだろう)


 ティアムの目線で戦いを見つめているロナウドは、二人の力の差を感じていた。聖剣による攻撃を真正面から受けているうちは、ティアムに勝ち目などなかった。


 戦いの様相は一方的なものになっていく。攻めるシーラと、防戦一方のティアムという構図である。


「どうした、どうした! あなたの力はこんなものなの!」

 シーラは斬撃の回転を上げていく。

「くっ、くそ!」


 ついに対応ができなくなったティアムに斬撃が入るかと思った瞬間、シーラに向かって激しい風が吹き荒れた。

 たまらずシーラが距離をとった隙に、ティアムは白い翼をはためかせて上空へと舞い上がる。


「やっと翼を使う気になったのね?」

 シーラはにやりと笑った。

「愚か者め。もはやお前に勝機はない」


 ティアムは円を描くように上空を回り始めた。そして勢いのついたまま地上に急降下し、シーラに斬りつけたのである。

 シーラは攻撃を受けるので精一杯だった。反撃しようにも、すでにティアムは手の届かない上空にもどっているのだ。


(保管庫の記憶のかけらで見たような、上空からの魔法攻撃は行わないつもりだな。あくまで剣での勝負にこだわるか)


 二度、三度と空からの斬撃を受ける度に、シーラの体は傷ついていく。今度はシーラがティアムに追い込まれていた。


「いつでも降参していいぞ。弱者をいたぶる趣味はないのでな!」

「まだまだ!」


(勇者シーラはなにかをねらっているな。聖剣に魔力を流している)


 それはティアムの油断ではなかった。シーラが聖剣に魔力を溜めているのは、同じ聖剣を使っているロナウドだからこそ気がつけたことだ。


「聖剣よ、今こそ力を示せ!」


 ティアムが急降下しながら斬撃を放ってくる直前、シーラは聖剣の力を開放した。

 聖剣からは溜め込んでいた魔力が一気にあふれ出し、辺り一帯は嵐のように吹き荒れる魔力の渦に包まれる。


「なんだ、この力は! ぐっ、うわぁー!」


 ティアムの体は自由を奪われ、飛行の軌道から大きく弾かれる。そしてそのまま体勢をくずして地面に墜落した。

 上空から急降下してきた勢いは墜落しても止まらず、ティアムは地面をはねるように転がっていく。

 シーラはそれを追いかけ、ティアムが起き上がる前に剣の切っ先を顔の前に突きつけた。


「ま、まいった……」


 全身傷だらけになったティアムはそれだけを言うと意識を失ったのだった。

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