5. ソーマの罪
広い会議室には、ミルコとその母親マドラ、ロナウドが部屋の奥に並んで座り、それと対をなす形で扉の近くにソーマが着席している。
ソーマの右手には、ミレイ、ラナ、ティーダ、グラシオラが座り、会議の進行をまかされたロブが書類片手に立ち上がっていた。
ロブは鋭い眼差しをソーマに向けて、用意してきた質問をしていく。
「ソーマ様には借金がおありですね?」
「はっ? いや……なんの話だ」
「一つ一つは小さな金額だったようですが、総額はかなりのものですね。そこでソーマ様が頼ったのが、ドナテロ商会の会頭であるドナテロ氏です」
「……」
ソーマは憮然とした表情で腕を組み、目をつぶっている。ロブの質問には答える気がないようだった。
「ドナテロ氏は、ここノバクの町を拠点に手広く商売をしていますが、やり手の商人の顔だけでなく、高利貸しとしても名を知られています。ソーマ様、ドナテロ氏に借りたお金の返済が、次第に滞るようになったのではありませんか?」
「……」
「ソーマ様、このまま黙っているのは得策ではないと思います。すべてお認めになったと判断されますよ。きちんと説明してください」
ソーマはロブをにらみつけると、その重たい口をやっと開いた。
「……借金はある。返済の方は……金利が高すぎたのだ」
ロブはその言葉にうなずいて、一枚の書類を出席者に見せるように高くかかげた。
「借金の返済に困ったソーマ様は、この書類をドナテロ氏に渡しました」
ロブが片手で持つ一枚の紙に出席者の視線が集まる。
反応が早かったのはソーマだった。その書類を見た瞬間に表情を変え、機敏な動作でイスを蹴るとロブの手から書類を奪おうとした。
ロブは距離を詰めてきたソーマを空いている片手で受け止め、反動を利用するようにその体をドンッと押した。
それだけのことでソーマは後ろに数歩下がってしまい、そのまま自分のイスに座らされたのである。
かなり膂力の差がなければできない芸当だった。
「そのまま着席していてください。この書類を私から奪っても、ソーマ様の状況がよくなるとは思えません」
ソーマはなにも返答しなかった。血の気の引いた青白い顔でうなだれている。
「これはベールの土地利用許可書で、ソーマ様のサインが入っています。ご存知のように、ベールの土地はすべて辺境伯様に所有権があります。貴族はもちろん、ベールの住民は土地の利用許可をとって、家を建てたり商会を開いたりしています。そのときに必要になるのが、土地の利用許可書です」
「ソーマ様は、ベールの土地を利用されていたのですか?」
マドラが怪訝な表情で尋ねた。
「母上、あの書類は偽造されたものです。しかも該当する土地は、ウィンザーズ本家が利用許可を得ている場所なんです」
ロナウドたちから事情を聞いていたミルコが答えた。
「な、それは……?!」
行政のことにはふれたことがないマドラであっても、土地の利用許可書を偽造するのが重罪であることは知っていた。
場合によっては本人の罪だけに留まらず、一族全体に処罰が下るほどの大罪なのだ。
「ソーマ様は書類を偽造して、ドナテロ氏が土地を利用するのを認めようとしました。その代わり、借金の棒引きや返済猶予を求めたのです」
ロブは淡々とした口調で事情説明を行った。
「叔父上、なぜそのようなことをしたのですか?」
ミルコは訊いた。
「……」
なにも答えようとしないソーマに対してミルコは強い口調で迫る。
「叔父上! お答えください!」
ソーマは深々とため息をつくと、観念したように話し始めた。
「……事業に失敗し、その借金で首が回らなくなったのだ。まとまった金が手に入るまでの一時しのぎに、土地の利用許可書をドナテロにちらつかせて、返済を待ってもらおうと……」
「そんなことをしても、いずれ嘘は明らかになったのではありませんか?」
ロブが計画の不備を指摘する。
「他の方法を思いつかなかった……。借金を返せれば利用許可書を取りもどせて、すべてが元通りになる。それまでバレなければ大丈夫だと思ったのだ」
「叔父上、なぜ父上に相談しなかったのです?」
「兄は、誘拐事件が明らかになって以降、それどころではなかっただろう? 今もベールに詰めて、ノバクにはもどってこないではないか」
「それでも、こんな――」
「商人に一時的に土地を貸すようなことは、どこの貴族家でもやっている。土地の又貸しになるから違反といえば違反だが、目端のきくものはそれで利益を出しているのだ。兄はそこのところは妙に潔癖で、随分前に話を持ちかけたがまったく取り合おうとはしなかった。利益が出る仕組みが目の前に転がっているのに、お前たちが放ったらかしにしているから、それを少し利用させてもらっただけだ!」
ソーマは開き直ったように自分の罪を正当化し始めた。
ミルコとマドラは悲しそうな表情でその姿を見つめている。
ロブはソーマの言葉に眉を釣り上げると、反論を述べていった。
「土地の貸与ですが、『どこの貴族家でもやっている』とは言えないと思います。彼らは自家の事業として、その敷地内で商館を開いていると届け出をしているはずです」
「そんなもの方便に過ぎないだろうが! 商館は商人にまかせきりで、毎月一定額を収めさせているのだから、土地代を取っているのと変わらない。そんなことも知らぬのか!」
「存じ上げていますよ。しかし、それでも法律に違反しないように、手続きを済ませてから商館を開いているのです。ソーマ様のおっしゃるとおり、実際は土地の貸与と同じような形だとしても、届け出さえすれば違法ではありません」
「……」
「ソーマ様は領主様に隠れて、自分の利益のためにウィンザーズ家の土地を利用しようとしたのです。だからこそ利用許可書を偽造しなければならなかった。そうですよね? ご自分の罪をごまかさないで頂きたい」
ソーマはなにも言い返すことができなかった。テーブルの上にロブが置いた利用許可書の偽物を険しい表情でにらんでいる。
「ロブ殿、その利用許可書は使用されたのでしょうか?」
ミルコは訊いた。
「いえ、ドナテロ氏の手元にあっただけで使用されていません。偽造されたことを知るのは、今、この部屋にいる者だけです。ドナテロ氏はこの許可書が本物だと思っています」
「土地の利用許可書を偽造するのは大罪だが、まだ使用されていない。事実を知っている人間もかぎられており、今ならば内々に処理することも可能だ」
それまで黙って話を聞いていたロナウドが口を開いた。
本来であれば、こんな事案は領主や騎士団にまかせてしまうのが最善の選択である。
勇者一行の使命は魔物の討伐を行い、民の安寧を守ることであって、世直しの旅ではないのだ。
しかし身内がからむ今回の事案はミルコには荷が重すぎる。
ロナウドは自分が前面に出ることをあらかじめ決めていた。
「ソーマよ、今回のことで厳格に罪を問うならば、貴様は死刑、それと家族の処刑はまぬがれたとしても、家の取り潰しは避けられまい。本家もなんらかの形で責任を取らされるはずだ。それだけの罪を犯した自覚はあるか?」
「……はい」
ソーマは消え入りそうな声で答えた。自分の罪を正当化していたときの興奮はすでに冷めている。
部外者であるロナウドにはっきり告げられると、自分が置かれた状況の現実味が増したようだった。
「ミルコ殿、私に一つ提案があるのだが、聞いてもらえるか?」
「はい、是非聞かせてください」
ロナウドの提案は、ひとまずウィンザーズ本家がソーマの借金を肩代わりして、土地の利用許可書をドナテロから取りもどすことだった。
ただし、ソーマをこのまま解放する訳にはいかない。
貴族が罪を犯した場合に選択肢の一つとなる、教会預かりの慣習を利用することにした。牢獄ほどの監視体勢ではないが、教会施設での体のいい軟禁である。
ソーマはそこで教会の仕事を手伝いながら、貴族として教育を受けてきた者ができる仕事もやってもらう。当然ながら、その報酬は借金の返済にあてられる。
ソーマの子息には事情を話して家を継いでもらうことになるだろう。家族ぐるみで借金の返済をしてもらうのだ。
「ソーマよ。借金額はお前が一番よく知っているはずだ。返済までに何年、いや何十年かかるか分からない。お前の子供にまで借金を支払わせることになるだろう。だが、教会で働いて借金を返していけば、処刑や家の断絶はまぬがれる。お前に選択肢はないと思うが、どうするか決まったか?」
「……はい、教会で働かせください」
「そうか。ティーダ、あとは頼めるか?」
「はっ、おまかせください」
ソーマの教会での処遇については、教会所属の聖騎士であるティーダに命じて話をまとめてある。
ティーダは立ち上がると、ソーマを連れて部屋を出ていった。
「ミルコ殿、先程は言わなかったが、商人のドナテロと話し合った結果、金利については常識的な範囲にしてくれるそうだ。借金の総額も大分下がるため心配はいらない」
「ロナウド様……」
「これがその金額と、ドナテロのサインつきの書類だ」
「これならばすぐに返済できます。ロナウド様、なにからなにまでありがとうございました」
ミルコとマドラはイスから立ち上がり、ロナウドたちに深々と頭を下げた。
「叔父さんには、ちゃんと働いてもらったらいい。借金の総額が減ったことを教えずに、しばらく教会で反省してもらうのもいいかもしれないな」
「ははは。それはいい考えですね」
「ミルコ殿はまっすぐで素直な御仁だ。それは人としての美点だが、騙しやすいと見て近づいてくる悪人もいる。ソーマがミルコ殿に近づいたのは、本物の許可書を得るためか、他の儲け話を嗅ぎつけるためだろう。マドラ殿も協力して、あの男にはきちんと反省を促した方がいい」
「はい、主人とも相談して、このようなことが二度と起こらないようにいたします」
マドラは答えた。
ソーマによって偽造された土地の利用許可書は、その場で燃やされることになった。
そんなものが誰かの手に渡れば、ウィンザーズ家は窮地に陥ることになる。
灰皿の中で燃え落ちていくその書類を、ミルコとマドラはじっと見つめていた。




