14. エトウの思い
ラボルトの瞳には強い意思の力が感じられ、いい加減な説明では納得しないという気持ちが伝わってきた。
どうやらこちらがラボルトの本題だったようだ。
「失礼ですが、ラボルト様は私たちの支援計画に意義を見出すことはできませんでしたか?」
ラボルトの真意が分からないまま、不用意に質問に答えるのは危険だった。
言質を取られてしまい、あちらの要求を断れない状況に追い込まれるかもしれない。
多少探りを入れるためにも、支援計画についてのラボルトの意見を訊いておきたかった。
「うん? いや、お前の提示した被害者支援計画には賛成だ。ステインボルト辺境伯も了承しているというしな。それに我が一族のしでかした愚行は償わなければならん。私が聞きたいのは、エトウ、お前の真意だ。お前はベールの出身でもなければ、ここに骨を埋めるつもりもないのだろう? それなのに、なぜここまでする? それが私には分からんのだ」
エトウはラボルトの目を見つめた。
どうやら言葉どおりの意味しかないようだった。
たとえ言葉の罠があってもエトウには気がつけそうにない。
それならば、ラボルトが知りたいことを正直に答えてやればいいのだ。
エトウは少し長い話になりますがと前置きして、自分があるパーティーで虐げられていたことを話した。
勇者パーティーの名前は伏せておく。
報酬もなく、宿や食事の提供もなかったと言うと、ラボルトはどうやって生きていたのかを尋ねてきた。
パーティーメンバーが宿で休んでいる間、一人で魔物討伐や薬草採取をしてギルドでお金に換えていたと話した。
すると今度はマイヤーが、どうしてそんなパーティーから抜け出さなかったのかと尋ねるので、そういえばなぜだったのだろうとエトウも考えてしまった。
「パーティーを辞められない事情はありました。しかし、結局は自分の気持ちと周囲からの期待ですかね。私はなんとかパーティーの役に立ちたかったですし、自分に期待してくれた人たちを裏切りたくなかったんです。それでも、これ以上はパーティーを続けられないというきっかけがありまして。あまり詳しく話すつもりはありませんが、とにかく最後にはそのパーティーを離脱した訳です。今では本当によかったと思っています」
ラボルトはうなずくと、無言でエトウに話の先を促した。
マイヤーも黙ってエトウを見つめている。
「そのパーティーをやめる前、ひどい扱いが半年ほど続いた頃ですかね。生活費のためにやっていたギルドの依頼が朝方近くまでかかってしまいました。他の冒険者たちも参加してゴブリンの集落を壊滅させたのですが、途中で抜けることができなかったのです」
エトウは昔を思い出すように遠い目をするとため息をついた。
「討伐の仕事がやっと終わって、急いで宿の馬小屋にもどってきました。ああ、安い値段で馬小屋の一角を借りていたのです。少しでも寝ておこうと思って横になったのですが、疲れと興奮で一睡もできませんでした」
エトウの顔には自嘲するような笑みが浮かぶ。
「出発の時間、重い体を引きずってパーティーメンバーの後をついていくと、朝の喧噪でにぎわう商店街に出ましてね。子供の甲高い声に顔を上げたら、物を売り買いする人たちや、きちんとした格好をして道を歩く人たち、冒険者もいましたが、そのときの私のように歪んだ防具を無理やり縛りつけているような装備の者はいなくて。朝の空気のせいもあったのですかね。なんだかみんなピカピカと光って見えました。自分よりもはるかに上等で、周りからも敬意を持たれ、とても余裕があるように見えたのです」
少しうつむきながらそう語るエトウの瞳は、当時の光景を幻視しているようだった。
「誰か助けてほしいと思ったのですよ。このパーティーにいるのはあまりに息苦しく、私のやることはなにも評価されない。自分のプライドも信念も打ち砕かれて、お金もない、今さら帰れる場所もない、心から誰かに助けてほしいと願いました。目の前をピカピカな姿で歩くあなたたちならば、大した苦労もなく自分を救えるのではないかとね。しかし、そんな人があらわれるはずもありません……。その日は体が全然動かずに、パーティーメンバーからいつも以上に怒られました」
エトウの表情はいつもの冷静なものにもどっていた。
そして気持ちを入れ替えるように深呼吸をした。
「そのときの心細さや無力感は、なかなか言葉では説明できないものです。その後もパーティー内での状況は変わらなかったのですが、一人でギルドの依頼を受け続けたことからランクが上がりましてね。それまでよりもギルドからの報酬が少しだけよくなりました。それだけのことで、ずいぶん楽になったのです」
意外にもラボルトとマイヤーは、一介の冒険者の話を時折うなずきながら熱心に聞いていた。
「私は運良くひどい状況から抜けられて、今はずいぶんと恵まれていると思います。心強いパーティーメンバーがいて、冒険者ランクも上がりましたから十分に食べていけるだけの報酬が得られます。それならば、自分と縁のあった人だけでも助けたいと思ったのです。あのときの自分と同じように、誰かの助けを心から求めている人たちを」
エトウはラボルトをまっすぐに見つめた。
「ほんのちょっとの手助けで、人はかなりの部分救われるのだと私は思っています。そもそも私が行った調査依頼によって、この事件は公になりましたからね。切りのいいところまではおつき合いしたいと思っています」
そう言ってエトウは長い話を終えたのだった。




