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10. ルーリー女史

 フランチェスコ司祭との面会を終えたエトウは、テイヤール牧師と連れだって町を歩いていた。

 ベールを南北に走る大通りを南へ進むと、立派な商館が軒を連ねる区画に入る。


「エトウさんはベールに来て間もないのでしたね。この辺りから南門までは、大きな商館から露天商まで、大小さまざまな店がありますので、たいていのものはそろいますよ」

「お店が集まっているのは便利ですね。まぁ、今のところは、騎士団施設にご厄介になっているので、特に入り用のものはないのですが」

「ああ、そうでしたね。次の角を曲がってすぐのところに協力者のお店があります」


 これから自助グループに協力しているルーリーという女性を紹介してもらうことになっていた。

 牧師の説明によると、彼女は四十代の落ち着いた女性で、被害者たちからの信頼も厚く、自助グループでは中心的な役割を果たしているという。


 自助グループの活動を被害者支援の柱にしようと考えているエトウにとって、彼女の協力を得られれば大きな前進となるだろう。


 テイヤール牧師に案内されたのは、通り沿いに店を構える商店だった。

 なかなか大きな店構えで、ベールにおいては中規模以上の店だろう。

 店内にはベッド、マットレス、布団、枕などの寝具や、質の良さそうなソファセットが置かれていた。


 テイヤール牧師に気づいた年配の店員が近づいてきて、丁寧なあいさつの後に今日の用向きを尋ねた。


「今日はルーリー女史にお話があって参りました。少しの時間だけでもお会いできませんか?」

「ええ。奥様ならばいらっしゃいます……。失礼ですが、そちらの方は?」

 店員はエトウの姿を注意深く眺めている。


 どうやらエトウはその店員から警戒されているようだった。

 冒険者の出で立ちをした男などめずらしくないだろうに、なぜこれほど警戒されるのだろうと居心地の悪さを感じた。


 その店員とどこかで会った記憶もない。

 テイヤール牧師が彼にエトウの紹介をしたが、それでも態度は変わらなかった。


 テイヤール牧師とエトウが応接室に通されると、穏やかな微笑みを顔に浮かべた女性が二人を迎えた。


「テイヤール牧師様、いらっしゃいませ。お連れの方は、はじめまして。私はルーリーと申します」


 彼女は頭を下げる。

 その髪には白髪が目立った。

 これだけの店を切り盛りしているのだから、気苦労もあるのだろう。

 焦げ茶色の髪と白髪が混じり合って、紅茶にミルクを垂らしたような色合いになっていた。


 ルーリーに勧められるままにソファに腰かけ、店員が紅茶をいれてくれるのを待った。

 エトウは彼女の髪色につられるように、目の前に出された紅茶にミルクを流し込んだ。

 スプーンで軽くかき混ぜると、ミルクが渦を巻いて紅茶に絡んでいく。

 ますます彼女の髪色に似てきた。


「私に会いに来るお客様は、紅茶にミルクを入れられる方が多いのですよ」


 牧師と会話をしていたはずのルーリーが言った。

 エトウは考えていることを見破られたようでドキリとする。

 紅茶をかき回していたスプーンを置いて、そっとルーリーの顔色を伺った。

 するとルーリーはやわらかな笑みを向けている。

 すべて見透かしたようなルーリーの態度に、エトウは役者の違いを感じさせられた。


「すいません。私の視線がご不快でしたか?」

「いえ。ふふふ。年寄りと思われるよりは、紅茶にミルクと思われた方が嬉しいです」


 ルーリーは朗らかに笑った。


 彼女はエトウたちの取り組みについて熱心に話を聞いてくれた。

 騎士団と教会には協力してもらえることになっており、あとは行政にも話を通すつもりだとエトウは語った。


「私たちの取り組みが順調に進んでいけば、犯罪被害にあった方を積極的に受け入れていく方針です。そしてこれまで以上に、被害者たちの助けになればと思っています。ルーリーさんは、教会の自助グループで中心的な役割を果たしていると伺いました。私たちの取り組みにも是非協力して頂きたいです」


 現在保護している誘拐被害者は、キリルや南の砦に残っている者も加えると七十五人だった。

 その中には、自分の生活をすぐに始められる人もいるかもしれないが、それが困難である人のために、自助グループの受け入れ態勢を作っておく必要がある。


 牧師や護衛騎士、そしてエトウたちのみで、自助グループを運営していくのは難しい。

 この先、行方不明者が見つかり、被害者の数がさらに増えていくことも考えられる。

 せめて自助グループが軌道に乗るまでは、ルーリーのように経験を持った者に協力してもらいたかった。


「ええ、もちろん協力させてもらいます。でも、行政の協力を取り付けるのは大変だと思いますよ。財源が必要になりますから。その辺りはこれからなのですね?」

「はい。ルーリーさんによいご報告ができるように、努力したいと思います」


 そのとき、壁際にいた男性店員の警戒心がなくなっていることに気づいた。


「彼は私に過保護なの」

 ルーリーはエトウを申し訳なさそうに見た。

「私は若い頃に誘拐被害にあってね。そのことがあるから、初対面の武装した男性を私に会わせることに抵抗があるみたいなの。冒険者の方ならば、装備を整えているのは当たり前なのにね。ご不快にさせていたのなら私から謝ります。ごめんなさいね」


 彼女は頭を下げた。

 エトウは本当にちらりと店員を見ただけなのだが、彼女は心が読めるような反応をする。

 もう一度店員を見ると、そちらも申し訳なさそうな顔でエトウに一礼した。


「構いませんよ。ちょっと気になっていただけで、不快というほどではありませんでしたから」


 エトウの言葉でその場の雰囲気はやわらいだ。

 先程、ルーリーは自分が犯罪被害にあったことを自然に話した。

 被害者たちにこれができるようになることが、支援活動における大きな目標だとエトウは思っていた。

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