6. サリーナ・アッシュベルト
その翌日、エトウたち四人は、騎士団の施設内に用意された誘拐被害者の宿泊所へ足を向けた。
これから被害者支援を進めていく上で、本人たちの要望を聞いておきたかったからだ。
エトウたちが被害者のいる施設に入ると、警備をしていた女性騎士の一人が近づいて来て用向きを尋ねた。
南の砦からベールにもどって来た二十八人のうち、ベールに家がある者は昨日までに帰宅したという。
被害者を順次帰宅させていく方針は聞かされていたが、そのペースの早さにエトウは驚かされた。
「これはあくまで一時帰宅です。被害者に後遺症などの兆候が見られた場合には、この五号棟に入ってもらうことになります」
女性騎士はエトウに説明した。
被害者たちが帰るときには騎士が付き添い、事件や賠償のことなどを家族に説明したそうだ。
誘拐事件を止められなかった騎士に怒り出す家族もいたようだが、ほとんどの者は再会を喜びあい、被害者を救出した騎士に感謝を示したという。
「それではここに残っているのは、ベール近郊の町村に家がある人たちなのですね?」
「はい、そうです。全部で六人になります」
その六人はすべて女性で、ベールの北にある町や辺境にぽつぽつと点在する小村の出身者だった。
彼女たちは用事でベールに来る道中やベールの街中で誘拐されていた。
騎士団によって家族への連絡は済んでいるが、すぐに会いに来られるような距離ではない。
彼女たち一人一人に護衛をつけて家まで送り届けるのは、もうしばらく騎士団内の状況が収まってからでないと難しいということだった。
ベールに常駐している騎士団は、前領主代理の逃走から、南の砦における戦い、そして被害者の治療や支援と目まぐるしい展開にさらされていた。
いまだに南の砦に多くの人員を残していることもあり、人手も足りていないのだろう。
十分な護衛の人員が確保できないというのもうなずけた。
それに被害者が辺境の村に帰ってから後遺症などが出た場合、すぐにベールにもどってくることはできないだろう。
それならば、もう少し心身ともに落ち着くまでは、騎士団施設で医師の診断を受けていた方がいいかもしれない。
「本当であれば、一刻も早くご家族の元に向かわせてあげたいのですが、騎士団の都合で先延ばしになっています」
その女性騎士は心苦しそうに話した。
彼女はこれまで犯罪被害に苦しむ女性を多く見てきたという。
「あなたの責任ではありませんよ。ここにあなたがいるだけで、彼女たちに安心感を与えていると思います」
エトウはそう言って彼女に笑いかけた。
あまり根を詰めると、この女性騎士も精神的にまいってしまうかもしれない。
王都から辺境伯領までの旅路の中で、女性の相談に乗っていた男性被害者が精神的に落ち込んでしまったことがあったのだ。
「これまで犯罪に巻き込まれた女性を多く見てきましたが、なにも責任のない彼女たちが苦しむのはあまりに理不尽です……。私たち女性騎士の起用もそうですが、医師や薬師、牧師様との連携をエトウ殿は考えておられるとか。この取り組みが実現すれば救われる者も多かろうと思います」
「失礼ですがあなたのお名前を伺っても?」
「はい。私はサリーナ・アッシュベルトと申します」
被害者支援を本格化させるには、犯罪を取り締まる役割を担っている騎士団、医師や薬師といった医療従事者、信者の言葉に耳を傾け導くことのできる司祭や牧師、そして予算を組んで適切な支援方法を決める領主や官僚の連携は不可欠だった。
被害者に寄り添う気持ちを持っているサリーナには、なんらかの手助けをしてもらえるかもしれない。
エトウたちが施設に残る女性たちと昼食をとっていると、昨日帰宅した被害者の母親が守衛に案内されてやって来た。
その母親は娘のことで相談があるというので、エトウたちとサリーナは別室に移動して話を聞くことになった。
部屋に落ち着くと、母親は被害者の女性が深夜遅くに突然叫び声を上げてベッドから飛び起きたと語り始めた。
その後、一旦は落ち着きを取りもどしたが、それから朝まで何度も同様のことが起きたという。
「犯罪被害者の中には、精神的な傷を負ってしまい、そういった行動をとる者もめずらしくありません」
サリーナは言った。
「そんな……。あの子を治す方法はないのですか? このままでは嫁のもらい手もありません。どうか、どうか、あの子を助けてください」
その母親はサリーナに祈るようにして救いを求めた。
「娘さんは大変な事件に巻き込まれました。娘さんが救出されてからそれほど時間もたっていません。人によっては次第に事件の記憶がうすれて、そうした発作も治まっていきます。今なにかをするよりも、しばらく様子を見てあげた方が娘さんのためになると思いますよ」
「それでは……それではなにもしてくれないのですか……。あの子は苦しんでるんですよ! どうしてなにもしてくれないのですか!」
母親はサリーナの話を聞いてしばらくうつむいていたが、気持ちが高ぶったのか、強い調子で助けを求め始めた。
彼女の目からは涙があふれ、顔は悲痛に歪められている。
興奮してしまって、呼吸もうまくできないようだった。
サリーナはすぐに母親のもとに歩み寄ると、その震える手を両手で優しく握った。
「娘さんのその状態が続くようならば騎士団施設に連れて来てください。医師に娘さんの状態を見てもらって薬も出してもらいましょう。それでも、まずはあなたがしっかりしなければいけませんよ。娘さんを一番近くで支えているのは、母親のあなたなのですから」
母親の呼吸が落ち着いて体の震えが収まるまで、サリーナは母親の手を握って声をかけ続けた。
落ち着きを取り戻した母親は非礼を詫び、頭を下げて帰っていった。
その後ろ姿をサリーナはずっと見つめていた。




