少女、捕まる。
遅くなりました。
よくわからない、校舎というより監獄らしい場所で、黒いコートを着た同年代くらいの少年が話し始めました。
校舎の外側は大荒野になっています。
そうです、荒野のど真ん中にポツンと校舎らしきものが建っているんです。
「さて、柊みやこ。お前が魔法を使えるということは知っている。お前の魔法について教えろ」
「…………」
なんでしょう、この人は?
いきなり誘拐して、拘束したままわけのわからないことを言っています。
ねーさまが魔法使い? そんなはずはありません、ねーさまは天使なのです。
「どうした? なにか言えよ」
「まず、そちらが名乗……」
ドガッ!!
お腹に鈍い痛みが響きました。
「ゴホッ! ゴホッ!」
「オラ! 質問に答えろよ!! 掲示板に書いてたやつから聞いたんだぞ!!」
イタタタ……すごい乱暴な人です。
その上、掲示板の情報とやらでこちらを尋問してるみたいです。
わけがわかりません。まったくこまったモンです。
「ま、魔法なんてしりま……ゲフッ」
ドガッ!!
「嘘つくんじゃねぇ!!」
痛い!! 知らないものは知らないよぉ……
「三角たちを何処へやったんだよ!! 探知の魔法にも引っかからないんだぞっ!?」
誰ですか? 知らないですよ。
魔法ってなんですか?
「し、しらな……ギャア!」
ドガッ!! ドガッ!! ドガッ!!
「うるせえ!! 答えろ!! 早く答えろよ!!」
ドガッ!! ドガッ!! ドガッ!!
ドガッ!! ドガッ!! ドガッ!!
そういいながら、容赦なく蹴ってきます。
しばらく悲鳴と私を蹴る音以外聞こえませんでした。
全身の激痛に意識が遠のいていきました。
……………………
どのくらい時間が経ったのかわかりません。
「ハァハァハァ」
私に暴行を加えていた人が息を切らせて椅子に座ってます。
私は縛られたまま床に横たわってます。
気絶してからそれほど時間が経ってないようです。
あちこちが痛いです。
誰かが来て彼と話しを始めていました。
「炎の神殿を本拠地にしてた書き込みの連中、全員は捕まえられなかったのが失敗だったな」
「捕まえたやつらに、また尋問するか?」
「まだ気絶してる。明日まで目を覚まさないだろうな。お前のせいだぞ?」
「名前しか知らねぇとか、しぶとすぎるだろ! あいつら!!」
「これからどうする?」
「こいつが偽物だとしても、本物が夢の世界に来るはずだ。寝ないやつなんて居ないだろ」
「だが、炎の神殿の階段を抑えてるが、そんな気配は無いぜ? どうする?」
「一匹逃がしたのは失敗だったな」
「やつのアカウントは止めないで泳がせばよかったかもな」
「だが、そのままだと魔法を使われちまう」
「残りはあと二匹しか居ないんだ。さっきみてぇに聞き出す前に殺すなよ?」
「わかった」
なにやらよからぬ話のようでしたが、断片的過ぎてわかりません。
倒れている私に誰かが近づいてきます。
「お前は牢屋送りだ」
短くそう言うと私を引きずっていきました。
校舎という割には殺風景な廊下を強引に引きずられて、地下まで下ろされました。
何で地下室があるんでしょう?
黴臭いです。
そこは直径二メートルくらいの丸い狭い部屋で、周囲は壁ではなく牢屋のようです。
ほんとにここは学校なのでしょうか?
監獄って言っても間違いじゃないと思います。
「ここに入ってろ!」
「あうっ!」
薄暗い牢屋の中に蹴り入れられました。
狭いです。二畳くらいの広さしかないです。
隅っこに排水口があるだけで、他には何もありません。
床はかなり湿っていて、気持ち悪いです。
ううう、服に水が染み込んできます。
痛いです。全身が痛いです。
後ろ手で縛られているので何も出来ません。
「ううっ、ぐすっ……」
あまりの痛みと惨めさに、すすり泣いてます。
ひどいです。
しかも、ねーさまに危機が迫っているかもしれないのです。
何も出来ない自分が恨めしい。
「ねぇ? 君、大丈夫?」
不意に声がかけられました。
「ウチの学園の制服着てるって事は、中等部の子かな? 随分ぼろぼろだね、大丈夫かい?」
向かいの牢屋から声がしてきました。
どうやら捕まっている人のようです。
薄暗くて全体は把握できませんが、顔がつぶれたカエルみたいでした。
魚人らしきものが居ます。
ええ、魚人です。魚人が喋ってます。
たぶん着ぐるみでしょう。
「全身痛いですけど大丈夫です。私は柊修道院にお世話になっている。古馬楓です」
礼節は大事だと教わりましたので、とりあえず挨拶です。
縛られていますが何とかお辞儀をします。
うう、動くと痛い。
「そういうお魚さんはどなたですか?」
「ええと、セントホリィ学園中等部一年、吉原徹です」
向こうも後ろ手で縛られているらしくモゾモゾ動いてるだけです。
「お魚さんなのに? 着ぐるみなんですか?」
「あ、いや。この姿は自前の本物です。話すと長くなりますが」
なんだか困惑しながら言ってます。
本物とはどういうことでしょう?
よくはわかりませんが、なにやら複雑な事情がありそうです。
魚人に変えられてしまったのでしょうか?
あいつらならやりそうです。
本当に魔法があるとして、ですが。
「ところでここは何処だかわかりますか? ねーさまが危険なんです」
「お姉さんが誰なのかわからないけど、ここはたぶん夢の世界じゃないかな?」
魚人が言いました。
……やはり夢を見ているんですね、私は。
「そっか、リアルな夢ですね。そうですよね喋る魚人なんていませんもんね」
「いや、夢だけど夢じゃないから」
魚人さんがわけがわからないことを言ってます。
「幻夢境っていう世界で、地球の見る夢の世界なんだよ」
「じゃ夢の世界ですね。目が覚めればすっきりです」
「いや、そうじゃなくてね……」
ええと魚人の吉原さんが言うには、夢の世界というのは現実の世界につながっているそうです。
吉原さんはゲームをしていたら、この世界に突然迷い込んだそうです。
魚人がゲームをする姿を想像すると、とても滑稽に思えて思わず笑っちゃいました。
「笑わないでくれよ」
「ごめんなさい。でも、小説とかでよくある話ですね」
「まあね。伝承を基にしたゲームかと思ったけど、実際に夢の世界にいけるとは思わなかったよ」
二人とも少し笑いました。
それから私はもっとも聞きたいことを聞きます。
「それで質問なんですが、夢から覚めることは出来るんですか?」
「僕も一族の伝承とかそういうので知ってるだけだし、確実といわれると自信は無いけど」
そう前置きしてから、はぁ、とため息をついて吉原さんは言います。
「目覚めの世界に続く階段を上れば帰れるはずだけど……」
さらに言いにくそうにしてます。
「ぶっちゃけ、かなり難しいと思う。ここから出るのも含めてね」
「ふへ? どういうことですか?」
私は聞き返します。
ここは物語的にいって魚人さんの秘められた能力とか、私が能力に覚醒して力を合わせて脱出するところでしょう?
「手足を縛られて転がされるんじゃ、何も出来ないじゃないか。能力なんて都合よく覚醒しないし」
うっ、確かに。というか心の声が表に出ていたようです。恥ずかしい……
「さらに言えば、ここで何かあると死んでしまうからね。ここがどこかもわからないし」
「……えっ?」
どうゆうことですか? 夢の中じゃなかったのですか?
「君の場合はさらに深刻で、死んだらそのまま行方不明だろうね」
「……えっ?」
「生身でこちらに来てるようだから、死体もこちらに残るから。僕の場合は現実世界に死体があるから、わかりやすいだろうけど」
「…………」
夢の世界で死ぬと魂が死んじゃうってやつですか?
死んで行方不明……何という誘拐犯でしょう。
「さらに言うと、現実世界へ帰る階段が何処にあるのか、何処に繋がってるのかも知らないし……」
……帰る手段はあいつらから聞いたほうが早そうです。
私は吉原さんに尋ねます。
「あいつらは何者ですか?」
悩んでいるようでしばらく沈黙が続きました。
「う~ん。なんだろうね? 使ってる魔法は混沌魔術っぽいから術理まではわからないし……」
むむむ、混沌とは厄介な……
私の中のファンタジー知識が唸りを上げます。
混沌……世界を混乱に陥れる悪の魔術ですね。
つまり、あいつらは悪い魔法使いというやつですね。
「つまり、お魚さんは実験材料として連れてこられたんですね」
「なんで!? どうしてそんな結論になるんだよ!?」
「え? あいつらは混沌を操る悪い魔法使いでしょう? もしかしてお魚さんは裏切り者なんですか? もしや秘密結社同士の抗争とか、世界征服を企む悪の組織とかですか? 邪悪な魔術師対禁忌の科学者たちの戦いで、魚人さんはマッドな科学者に作られた怪人なんですか?」
「何処から突っ込めばいいかわからないよ……魔法使いではあるだろうけど……」
吉原さんは力なく言いました。
私のファンタジー知識ではこれが限界です。
魔法使いであることは間違いないんですね。
流石、夢です。なんでもありなんですね。
私は聞き返します。
「では彼らは何者でしょうか?」
「さあ? でも、夢世界の住人ではないんじゃないかな?」
「そうなんですか?」
夢の世界の住人というとファンタジーな感じがしますね。
「うん、たぶん現実世界の魔術師だと思うけど随分若いね」
なるほど、現実世界にも魔法があるんですね。
いい事聞きました、帰れたら魔法を探してみましょう。
帰れたらですが。
「そういえば、ねーさまと勘違いされて魔法を教えろって言われました。あと誰か、仲間の人が居なくなったみたいです。ねーさまがやったって思ってるみたいです」
その言葉に吉原さんは何か考え込んでます。
「魔術闘争にでも巻き込まれたかな?」
出した答えは物騒で、突拍子も無いものでした。
「魔術闘争?」
「そう、シギルやレイヤーを破壊したり。とにかくアストラルサイドの制圧が目的なんじゃないのかな? 相手の魔術をつぶすために、術を知ろうとしてるのかもしれない」
な、なんか、そのうち世界の闇とかそんなことをいいそうです。
よ、よくできた夢ですよね?
ホントとか言わないですよね?
「現実だよ」
こともなげに言い放ちやがりました。
「たぶん、君のねーさまとやらも関わってるだろうね。彼らも根拠があるから君を捕まえたんだろうし」
それには反論したいところです。
あいつらきっと絶対行き当たりばったりですよ。
「ところで、君の姉ってのは誰だい? 縁者なら君にも魔術師の素養はあるかもしれない」
ふむふむ、魔法というのは素質が必要なのですか、残念。
私はおねーさまと血が繋がってません。
「みやこおねーさまです。おねーさまは天使なのです。邪悪な魔法使いではありません」
自信満々にいいます、事実ですから。
「お散歩しようと修道院を出たところで、たぶんねーさまと間違われて襲われたんです」
「そ、そうなんだ。妹なんていたんだ。苗字が違うのは養子なのかな? だとしたら……」
ブツブツと何かつぶやいてますが、微妙に怖いです。
「しっかしあそこに手を出すってどれだけ無謀なんだよ……」
何か心当たりがあるご様子。
「知っているのですか?」
「う、うん。まあ、あの学園が抗神組織なのはわりと有名だし」
なんと!!
神に祈りながら裏では神と抗うとは!!
「闇組織なのですね!! なんということでしょう!! ねーさまを救い出さなければ!!」
「ああ、違う違う。神って君が思うようなものじゃないよ」
「ふへ?」
「僕らの信奉するクトウルフ様が御目覚めになられれば、人間なんてあっという間に滅ぶだろうね」
「どういうことですか?」
嫌な感じがします。聞いてはいけないような。
「ぼくは深きものなんだ」
この言葉を皮切りに彼の口から出た悍ましい言葉は、到底信じられるものではありませんでした。
私が耳を塞げたならきっとそうしたことでしょう。
人間が如何にちっぽけな存在であるかを雄弁に語ります。
悍ましき神々の姿の詳細と、その力の全て。
それらの力を借りる神官クトゥルフなる者の眠りと、来るべき目覚めのときを待つモノ達。
この世界が!! 人間の文明が綿埃より頼りない存在だったなんて!!
この世界は!! 私の取るに足らない妄想なんかよりも、ずっと恐ろしいものが潜んでいるなんて!!
この世界に!! そんなものが存在しているなんて!!
聞きたくない!! 知りたくない!!
そんな化け物のホンの気まぐれで私達が生きているなんて!!
「ああううう……」
「脅かしすぎたかな? でも本当のことだよ。我が神に誓ってね」
ギョロついた目が私を見てる……
それはまるで私のことを哀れな虫か何かを見ているような目です。
私は耐え切れずに口から音を吐き出しました。
「うぅぅああぁぁあああぁあああ!!」
自分で出しているとは思えないほど獣に似た声が聞こえます。
「まあ、それが普通の反応だよね」
叫び声の合間に、彼の声が聞こえます。
「でも拷問されるんだから、遅いか早いかの違いしかないし」
ごうもん? 痛いの嫌だ。 たすけて。
「あいつら手加減とか全く出来てないからね。死ぬほどの激痛を正気のまま受けるよりは、ちょっとはましかな?」
痛いの嫌だ。何も考えたくない。
「今、君が居る牢の前の住人はね、全身の骨を折られて、そのまま放置されてたんだよ」
死にたくない。死にたくない。
「ヒューヒュー、浅い呼吸をしながら次第にそれが弱くなって」
ああ、聞きたくない、知りたくない、お家に帰して。
「そのまま死んじゃったんだよ」
ねーさまのところにかえして。しにたくない。
おねがいたすけて。
「あいつらは拷問するくせに話を全然聞かないし、ホント何考えてるのかわかんないな」
たすけて。
ねーさま。
……………………
朝が来た。
結局私は一睡も出来ず朝を迎えた。
出来るはずもなかろう。
二週間足らずとはいえ、己の妹分が誘拐されたのだ。
「楓ぇ……どこにいっちゃったのぉ……」
独り言をつぶやくが、それで何が変わるわけでもない。
ああ、私に力があればすぐにでも彼女を見つけ出すというのに!!
なぜ、彼女を一人にしてしまったのか。
なぜもっと早く、魔術を知ることが出来なかったのか。
後悔は尽きない、己が無力であることを思い知った。
カチャリという音が不意に聞こえた。
振り返ると柏原院長が居る。ああ、もうそんな時間だったか。
私室のドアを開けた柏原院長は、私が寝ていないことに気が付くと彼女は私を抱き寄せて言った。
「みやこさん、貴女が体調を崩してしまっては古馬さんも悲しみますよ」
「…………はい」
力なく言った。
それにため息をついて柏原院長は言った。
「今日は休校になりました。門も今日は閉じます。貴女は学生寮で待機です。寮母さんには話を通してあります」
「はい、わかりました」
私はシャワーを浴びるため部屋を出て一階の浴室へ行く。
いつもなら、ここで楓が来るのだが今日は来ない。
当然だ、行方不明なのだから。
浴室には私一人しか居ない。
幾度流したかわからない涙が流れ頬を伝い、私はシャワーでそれを流す。
なぜ、彼女が誘拐されねばならなかったのか?
まず考えられるのは、いじめの延長線の可能性である。
黒衣の集団は若い印象があった。
動機は報復なのだろうか?
しかし、規模が大きすぎる。
取り留めの無い思考は迷路のように渦巻き、うねり私を縛り苦しめる。
明確なのは悪意唯一つであり、その悪意に我が妹が囚われたことだけである。
もしや私自身と間違われたのか?
いや、そのようなはずは無い。
私と彼女ではあまりにも姿が違うし、誘拐をするならそれなりに情報は集めているだろう。
私は外出しないわけではない。
楓を見つけたときのように、奉仕活動をそれなりの頻度で行っているから姿を知らないわけがない。
姿を知らぬものを捕まえるというのは、いささか滑稽だ。
そこでふと、一つの可能性に思い当たる。
幻夢境で出会った者たちのことだ。
彼らから情報が漏れた可能性が高い。
私は浴室から出ると手早く修道服に着替えて、柏原に今思いついたことを報告した。
私自身と間違われたこと、幻夢境で出会ったもの達から情報が悪意ある者にもれた可能性があることを伝えた。
「なるほど、そうなると寮にいると寮生を巻き込む可能性もありますか……」
柏原は少し思案したが、淵田の姪を寮に行かせて護衛とすることになった。
そして北越の妄言についても話したが、こちらは困惑した様子だった。
「金山先生からも報告がありました。恐らくは獣憑きだと思われますが、体を乗っ取られた可能性もありますので十分注意してください」
「はい、院長先生」
確かにその可能性は高い。
吉原モドキの言った、一週間の準備期間が嘘である可能性もあるし、そうでなくとも例のゲームにはそれを利用し競合する複数の共同体が居るのである。
そのうちのどれかに属している可能性も方が高い。
十分注意しなければ。
そう思いながら修道院を出て寮に向かった。
……………………
寮のリビングに寮生たちのほとんどが集まっている。
その視線は、寮長とその傍らに居る私に注がれている。
「しばらくの間ですが、よろしくお願いします」
私の挨拶に、寮の学生たちは好奇心に満ちた目で話しかけてきた。
「うわ~かわいい!! よろしくね柊さん」
「へ~。 一年生なんだ、あんまり他の学年の子は知らないよね」
「ウチって学年ごとの交流って、そんなにないよね~」
「噂は聞いてるよ。人形姫ってあだ名の子がいるのはね」
女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、絶え間ないおしゃべりが続いている。
「にゃ! にゃにゃにゃっ!!」
ドタドタと廊下をかける音とともに、北越が猫の鳴きまねをしながらリビングに入ってきた。
「にゃ~~!! 姫様にゃ!! 新しいみぃちゃんにゃ!!」
そういって北越は私に飛びつき、抱きかかえた。
……新しいみぃちゃん? なんだそれは?
「みぃちゃん?」
「にゃ! 古いみぃちゃんは悪い子だっかから食べちゃったにゃ。もう会えないにゃ」
答えになってない答えを返しながら、私に頬ずりをする北越。
私も食べる気なのか? もはや獣と同義である。
人ではなく獣と入れ替わったといっても可笑しくは無い。
「うわ~。百合ですか? ないわ~」
「いや、いいかも」
「どんな辱めをしたの……会えないって……」
寮の生徒達がさらにキャッキャ、キャッキャとはやし立てた。
なるほど性的に食べたのか。
思考が獣じみてしまったのは、私も同じだった様だ。
その方面でも食べれる気は無いが、命の危険がない分安心する。
獣の如く咬みつかれるのはごめんである。
「お部屋にお持ち帰りにゃ~」
「あっ!!」
言うが否や、抱きかかえられてしまった。
今度は抵抗むなしく、彼女の部屋にお持ち帰りされてしまった。
……………………
「にゃ~」
「…………」
先ほどから抱き枕のように抱きしめられている。
振りほどこうにも絶妙な力加減でそれを許さず、ただひたすらに抱きしめられ、臭いを嗅がれ、体を擦り付けられている。
部屋はきれいに整頓されてはいるが、ベットの上だけは例外でクッションが大量に埋め尽くしていた。
フカフカのクッションの上で一緒に転がっているような状態である。
北越の腕が胸のピアスに当たり、擦れて痛むが抗議の声を上げられないのがつらいところだ。
痛みに耐えていると不意にドアがノックされ、誰とも言う前に北越は許可を出した。
コンコン
「入っていいにゃよ」
カチャリとドアが開き岩下が現れた。
「う~ん、柊さん居る?」
「どうしました?」
猫女に代わり私が訪ねた。
彼女は制服姿である。
そして傍らには見覚えのある少女がいた。
その少女は新緑のセーラー服を身につけていて、顔は涙と鼻水に濡れ、ぐしゃぐしゃになっている。
「貴女は……」
そう言いかけたとき、セーラー服姿の少女はさらに大泣きをした。
「たっ、たずげでっ!!」
助命嘆願しながら私に擦り寄ってくるその少女は、紛れも無く夢の世界へ続く炎の神殿にいた者たちの一人だった。
……………………
狭い北越の私室には、北越と彼女に抱きかかえられた私、岩下に新緑のセーラー服の少女が居た。
北越は二人に興味が無いようで、私を弄るのに夢中である。
そんな北越を警戒するような目つきで岩下が見ている。
奇妙な空気の中、新緑の彼女が泣きながら事の顛末を語る。
彼女達はあの後ログアウト……つまり現実世界にもどり、裏ユーザーだけが使える掲示板に今日の出来事を書き込んだそうだ。
私の名は伏せ、本物の魔術師が拠点に現れ、交流を持った程度に軽く書いたそうだ。
そうするとすぐに書き込みは消され、チクタクマンからの呼び出しがかかったそうだ。
何事かとログインしてみれば、そこは見たことも無い場所で、黒尽くめの同年代と思われる少年少女に囲まれて捕まったそうだ。
仲間も居たが皆、困惑した様子であったという。
黒尽くめの彼らに携帯端末をとりあげられ彼女を尋問されたそうだ、『その魔術師とは何者か?』と。
最初は答えることを拒否したが暴行され、その恐怖からしゃべったが、それだけでは満足できず詳しく聞いてきたようだ。
だが、知らないものは答えられない。
暴力は激しくなり、ついには拷問まで至ったという。
彼女は隙を見て携帯端末を取り戻し、現実世界に逃げかえったそうだ。
だが、アカウントが消され魔法が使えなくなった。
恐怖から急いでアプリを消し、仲間に連絡を取ったが誰も応答しなかった。
一睡も出来ず学校に行くと、仲間の一人は行方不明になったとホームルームで聞き、どうしていいかわからなくなった。
結局その日も眠れず、このままだと殺されてしまうかもしれないと、学校をサボり私が居るはずの修道院に向かったということだ。
修道院の前で岩下と会い、ここまでつれてきてもらったとのことだ。
「にゃぁ。大体わかったにゃあ」
「ぐすっ……たすけて……」
ようするに彼女達が情報を漏らしたが、犯人は碌に調べもせず楓を捕まえたということか。
これで楓が私のせいで巻き込まれてしまったということが明確になった。
「楓……」
私のつぶやきに北越が反応した。
「にゃるほど、新しい女は姫様と間違えられたのかにゃ?」
その言葉に泣声が大きくなる。
ごめんなさい、ごめんなさいと謝る新緑の彼女を岩下は背中をさすり慰めていた。
……どうしたらいい?
悩んでいると頭の上から声がした。
「犯人に心当たりがあるにゃ」
それは北越の意外な一言であった。
「まさかゲームの管理者とか言わないわよね?」
岩下が詰問口調で言うがそれに飄々と北越は答えた。
「そうだにゃ、ゲームの開発者兼管理者の高橋幸助とそのクラスメイトどもが犯人にゃ」
身元が割れているとは好都合であるが疑問が一つある。
「根拠は?」
岩下が端的に聞いてくれた。
「にゃあ? 一週間もベットの上に居たのに、何もしてないわけないにゃ」
そういって北越は、数字の羅列の書かれたプリント用紙を私の前に差し出した。
目の前の猫曰く、IPアドレスとその所有者を表すものだそうだ。
「ゲームサーバーの管理者が同級生だった高橋にゃ。金の受け取りも高橋で、これで関係がないなんて言えるわけないにゃ」
そう言うと岩下を見て、にゃあと一泣きするとこういった。
「だからあの日、みぃちゃんに会いに行ったにゃ」
なるほど、彼女は彼女なりの推論に基づいて動いているというわけなのか。
「そして、みぃちゃんがヤツラの仲間で、クラスメイト全員がそうだと言ったにゃ」
そして満面の笑みを浮かべ目の前の猫憑きは恐ろしいことを言い放った。
「だから、皆と一緒に食べちゃったにゃ。おいしかったにゃ」
その顔にはなんら後悔も怒りも無い。
「……ひぃ」
短い悲鳴を漏らしたのは新緑のセーラー服の少女だ。
私も悲鳴を漏らしたいが、どうにか我慢をした。
彼女は食人そのものに対しての恐怖だろうが、私の場合はもっと深刻だ。
ヤツの次のターゲットは、この私なのだ。
猫女の気に入らぬことがあれば、親友だろうとなんら気負いせず喰らう。
そう宣言したもどうぜんである。
その恐怖たるや、生半に言い表せぬものである。
「大丈夫にゃ、姫様は食べたりしないにゃ~」
こちらの考えてることが解ったのか、耳元で囁く様に言った。
だが、私の体を抱きしめる腕の力が増した。
恐怖からくる体の震えは止まらない。
岩下は問いかけた。
岩下の表情は困惑しているような、警戒しているような、なんともいえない険しいものだ。
「皆って誰なの? 仲間がほかに居るの?」
「ウルタールの知恵ある猫達にゃ!!」
彼らの名が挙がることは、想像の範疇であるが彼奴らもまた、このゲームを探っていたはずだ。
なれば北越は、ゲームのユーザーではなく、知恵ある猫の尖兵であると言える。
後で院長に報告をし、指示を仰がなければならない。
「あの子はどうするの?」
岩下は、先ほどから泣きはらしている彼女を示し北越に聞いた。
新緑のセーラー服の袖は既に涙と鼻水でグズグズに汚れている。
泣きはらした目の下には隈が出来ていて憔悴しきっているようだ。
彼女に近づく北越の表情は、柔らかい笑みを浮かべていたが、私には獲物を前にして舌なめずりをする猛獣に見えた。
「大丈夫だにゃぁ。私にまかせるにゃ」
その腕がすばやく動き、彼女の首筋に触れたように見えた。
「痛っ!?」
「お前は今から我等が神、バテスト神の信徒にゃ」
「えっ?」
彼女の首筋に北越は、爪で三日月の傷をつけた。
不可思議なことにその傷跡は、あたかも長年そこに存在した古傷のように、皮膚に皺をつくり干からびていた。
「これで汝を害するものには、猫の神罰が下るにゃ」
「……へ?」
きょとんとしている彼女を尻目に、北越は己の首筋を見せつけながら言う。
その首輪の巻かれた首筋にも同様の痕があった。
「……なにそれ?」
岩下が聞き返すと猫女は厳かな口調で言った。
「猫を崇拝せよ。汝の魂はすでにバテスト神のものにゃ」
加護というより呪いの一種ではなかろうか?
どこか誇らしげに猫目の少女は言う。
「汝は死後、その魂は審判を経ることなくバテスト神の御許に送られるにゃ。にゃんという幸福にゃ!!」
「……」
やはり呪いか。
悪魔に魂を売り渡したようなものである。
もはや彼女は人ではなく猫の眷属に成り代わった。
何を言われているのか解からない彼女は、ただ黙って北越を見つめている。
北越も見つめ返し、猛獣にも似た笑みを浮かべる。
「にゃああ、これで安心して眠れるにゃよ? もう何人もお前を害することはできにゃいにゃ」
そういってさらに彼女に顔を近づけ、言った。
「猫に奉仕している限りは、にゃ」
その言葉で彼女は気を失ったようだ。
それが安堵か恐怖かはわからないが。
糸の切れた操り人形のように、ぐったりとして動かなくなった。
「さて、これからどうするかにゃ? コイツのにゃかまを助けるかにゃ?」
「はい、楓も一緒に捕まっている可能性が高いので救出に向かいます」
「相手は二、三十人いるのよ?」
這い寄る混沌より下賜された呪具を使えば造作も無い。
そう言おうとしたとき、不意にこの場の誰の者でもない声が響いた。
「その必要は無いわ」
何処からか声がした。
この声には聞き覚えがある。
学園長の姪、淵田光のものだ。
これからも不定期更新となります。
次話は未定です。




